第120話 地蔵和讃

文字数 4,017文字

【ハーモニー社・社長室】

朝から、パソコンと睨めっこしている真彩と優衣。

真彩「えぇー、これを皆んなで踊れと?」

優衣「何か、勇也の大学の友達がダンスの振付師みたいで、考えてくれたそうですよ?!」

真彩「うーん、そこまで難しくはないけど……果たして、店の従業員さん達が覚えられるか?」

優衣「だから、先ず、社長に覚えて貰って、それを YouTube 番組にアップして、皆んなに覚えて貰う様にするって言ってました」

真彩「ふーん。それにしても、勇也は次から次へと、よく思いつくよね。ホント、アイディアマンだわ」

優衣「まぁ、小さい時から遊び心満載だったからね。それに芸大出身だから、周りも面白い友達が多かったから、その影響だね」

真彩「優衣ちゃんの弟とは思えない位、破天荒だもんね」

優衣「私とは性格、真逆だから。誰に似たんだろう?」

真彩「そりゃー、伯父さんでしょ! で? 勿論、秘書さんも一緒に踊るよね?!」
と言って、優衣をじっと見て圧をかける真彩。

優衣「はぁ……しょうがないよね……また、恥をかくか……」

真彩「そうそう、プライド、捨てないとね!」

優衣「結構、捨ててるつもりだけどなぁー。マーちゃんが社長になってから、色んなこと遣らされてるから……」

真彩「でも、優衣ちゃんの眠ってた才能が開花された感じだわ」

優衣「眠ったままで良かったのに……」

真彩「皆んなに注目される様になったもんね!」

優衣「えっ?」

真彩「えっ?……って、感じて無いの? 視線」

優衣「誰の視線?」

真彩「皆んなの視線」

優衣「はぁ?」

真彩「仕事が出来る秘書であり、踊れる秘書でもあり、ドジって恥ずかしがってる処が可愛くて魅力あるって、営業部の連中が言ってたよ?!」

優衣「営業部の連中?」

真彩「ふふっ、杉山、前田、秋元、あの辺り」
と言って笑う真彩。

優衣「ホント、友達ですよね、営業部1課の人達とは」

真彩「そうね、信頼出来る友達になっちゃったね、いつの間にか。私の為なら『火の中、水の中』って言ってくれるから有難いよ」

優衣「それは有難いですね」

真彩「お昼ご飯、さっさと食べて覚えよっか……」

優衣「はい。宜しくお願いします」



【カフェバー「Route72」】

いつも真彩が座っているカウンター席に、母親の亜希が座っている。

グラスに入っているカシスオレンジを、ちょっとずつ飲む亜希。

そこに、店主の松本がやって来る。

松本「はい、おばさんが好きなスモークチーズとワサビちくわとチーズ鱈」

亜希「えっ? メニューにないの、用意してくれたの?」

松本「うん」
と言って、亜希に微笑む松本。

亜希「有難う、タッくん」

松本「へへっ。あぁ、パエリアは、マーちゃん達が来てから持って来るね」

亜希「うん。もう直ぐ来ると思う」

松本「飲み物、お代わりは?」

亜希「あぁ、じゃー、今度はソルティードッグにしようかな?」

松本「はい。かしこまりました」
と言うと、松本、厨房に戻る。

亜希、ふと、二人席に一人で座っている、若い女性に目が行く。

背を向けて座っているので顔は分からないが、女性の肩が小刻みに揺れている。
女性は、声を抑え、一人で泣いている。

亜希、じっとその女性を見ている。
その女性を透視しているかの様に。

すると、カウンター席の端に座っていた、きちんとした身なりの中年男性が、自分の飲み物を持ち、亜希の所にやって来る。

中年男性「お一人ですか?」
と、笑顔で亜希に訊ねる。

亜希「えっ? あぁ、もう直ぐ連れが来ます」

中年男性「そっか、それは残念。一緒に飲みたかったなぁー。あぁ、でも、お連れの方が来られるまで、横に座って良いですか?」
と言って微笑む男性。

亜希「……あぁ、はい……」
と言って微笑み返す亜希。

中年男性、微笑みながら亜希の横の席に座ろうとする。

そこに、真彩と智之が店に入って来る。

亜希、二人に気付き、
亜希「あぁ、来たので……ごめんなさい」
と、その中年男性に言う。

中年男性、真彩と智之を見て、直ぐに亜希の所から離れ、元に居た席に戻る。

真彩と智之、当然、中年男性が視界に入っている。

智之(心の声)「誰だ? あいつ」

亜希に、テーブル席の方に行く様に、指を使ったハンドサインで指示する真彩。

亜希、直ぐに松本が持って来てくれたつまみと飲み物と鞄を持って、テーブル席に移動する。

テーブル席の上には、『予約席』と書かれたプレートが置かれてある。

智之の横に亜希が座り、向かい側の席に真彩が座る。

真彩「ママ、お待たせ! もう直ぐ悠斗も来ると思う。ねぇ、ママと話してた人って、知り合い?」

亜希「ううん。知らない人。一緒に飲みたかったみたい」

真彩「ナンパかい!」

智之、平静を保っている様に見えて、心がざわついている。

そこに松本が注文取りにやって来る。

松本「いらっしゃいませ!」
と言って微笑む松本。

智之「おぉ、タッくん、久しぶりだな。元気だった?」

松本「はい、何とか。おじさん、ぎっくり腰、もう大丈夫なんですか?」

智之「あぁ、お蔭様でね。整体行ったり、腹筋、背筋、鍛えてるから、もう大丈夫」

松本「でも、もう、無理しないで下さいよ」

智之「無理はしてないんだけどな……」

真彩「ゴルフボール取ろうとしただけでなっちゃったからねー」
と、笑う真彩。

智之も松本も笑う。

そこに、悠斗が店に入って来る。

真彩、悠斗を見て、
真彩「あぁ、来た来た」
と言って、笑顔で悠斗に手を振る。

     ×  ×  ×

松本、真彩達の所に料理を運ぶ。

そして、パート店員も、続いて料理を持って来る。

真彩「タッくんが作るパエリア、ホント美味しいから!」
と、智之に言う真彩。

智之、亜希、悠斗の為に、取り皿に取って渡す真彩。

パエリアの他にも、特別にイタリア料理が用意されている。

智之「わぁ、豪華だな。皆んな美味しそうだな」

「乾杯ー」と言って、グラスを合わせる智之、亜希、悠斗、真彩。
皆、笑顔。

真彩「あぁー、美味しい」
と言って、グラスを置く真彩。

真彩「ちゃんと断った?」
と、悠斗に向かって言う真彩。

悠斗「あぁ、ちゃんと断ったよ。安心して?!」

亜希「んん? 何かあったの?」

真彩「悠斗の大学の先輩がさぁー、悠斗との子どもが欲しいんだって」

真彩の言葉に、
智之「はぁ?」
と言って、ビックリしている智之。

亜希「えぇ?」
亜希も驚いた顔をしている。

悠斗「急に呼び出されたからどうしようかって思ったんだけど、でも、ずっと想われたり期待されるの嫌だから、直接会って断った。池本から前もって聴いてたから、話は五分で終わった……って言うか、終わらせた」

智之「でも、子どもが欲しいって言う位だから、本気だなぁ。簡単に諦めてくれるのか?」

悠斗「あぁ、俺は妻しか愛せないし、性行為も妻しか無理だからって、はっきり言って断ったから大丈夫だと思う」

智之「そうか?」

真彩「でも、その先輩、配偶者は要らないけど、子どもが欲しくて堪らないらしいよ。一人で子ども育てるんだってさっ」

亜希「えぇ? 一人で? 敢えてシングルマザーになるの?」

真彩「うん。何か、小さい頃からご両親が喧嘩ばっかりしてて、離婚したんだって。だから、その影響らしいよ。トラウマになっちゃったんだね」

智之「あぁ、親のせいでか……気の毒だな」

亜希「親の喧嘩見てたから、それが嫌でシングルマザーになるなんて……因縁だね……」
と言うと、亜希、さっきの若い女性を見る。

若い女性の背中が、とても辛く、寂しく感じている亜希。

亜希の視線の先を、真彩が見る。

真彩、じっと若い女性の後ろ姿を見詰める。

真彩「あぁ……」
と言って、悲しい顔をする真彩。

すると、悠斗、真彩の目線の先を見る。

悠斗も、若い女性の後ろ姿をじっと見詰める。

悠斗「あぁ……」
と言って、溜め息をつく。

亜希、悠斗、真彩が急に黙り、一人の若い女性の後ろ姿を見ているので、訳が分からない状態の智之。

智之「んん? 何か、あったのか?」
と、亜希に訊ねる智之。

亜希「あぁ……あの子ね、お店に来て、ずっと泣いてるの。子どもをおろしたところみたい」

智之「えっ? 中絶か?」

亜希「うん。可哀想に……産めない事情があったんでしょうね」

真彩「水子ちゃんは、お葬式して貰えず、戒名も貰えず、闇から闇へ葬られて、可哀想だね」

亜希「母親に抱かれる事もなく、お乳を飲む事もなく、可哀想だね」
と、しみじみ言う亜希。

智之「?……」
智之、思わず亜希の顔を見る。

真彩「不倫相手の子だね……」

亜希「この世に無事に産まれた子と、闇に葬られた子とでは、えらい違いがあるよね」

亜希、悲しそうな顔をする。
そんな亜希を心配気な顔で見ている智之。

悠斗「ホント。えらい違いだよな。天国と地獄レベルだわ」

真彩「何か、地蔵和讃の物語、思い出しちゃった」

智之「何だ、それ?」

真彩「親よりも先に子が亡くなるって、逆縁でしょ? だから、親を悲しませるっていう罪を背負った子ども達は、三途の川を渡る事が出来なくて、その川原で『一つ積んでは父のため』『一つ積んでは母のため』って、残された親兄弟の幸せを願って石を積んで供養するの」

智之「へーぇ……」

真彩「でも、鬼が現れて、折角、積んだ石を崩されちゃうの。でも、また次の日も石を積んで、親兄弟の幸せと願うんだけどまた、また鬼が来て崩されちゃって、それが繰り返されてたんだけど、お地蔵様が現れて、その子達を鬼から護って、お浄土に連れてってくれるっていう物語」

智之「へーぇ」
と言うと、智之、隣に座っている亜希の手を握る。

亜希、ちらっと智之を見る。

真彩「でも、不倫の代償は大きいよね。やっぱり不倫は不幸を招くね」

悠斗「だな……」

真彩「私も気を付けよっと……」
と、ぼそっと言う真彩。

悠斗、素早く真彩の顔を見て、
悠斗「おいっ!」
と言って、ムスッとした顔をする。

すると、真彩、悠斗の顔を見て微笑み、悠斗の手を握る。

真彩「さっ、食べよ、食べよ!」
と言って、笑顔の真彩。

親子水入らずで楽しいひと時を過ごせている事に、智之、亜希、悠斗、真彩は幸せを味わっている。


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