第130話 生きる気力

文字数 4,513文字

【カフェバー「Route72」】

夜、カウンター越しに、松本と楽しそうに喋っている優衣。

優衣がそろそろ家に帰ろうと思っていると、悠斗が店に入って来る。

優衣「あれ? マーちゃんは?」

悠斗「出て行った……」
と言って、悲壮な顔をしている悠斗。

優衣「はぁ?」

悠斗、カウンター席に座り、項垂れ、おでこをテーブルにつける。

松本「どういう事?」

優衣「何があったの?」

優衣、悠斗に分からない様に、スマホの録音アプリを操作する。

     ×  ×  ×

悠斗、事の成り行きを、優衣と松本に話し終わり、頭を抱える。

優衣「ふーん。マーちゃん、悲しかっただろうね。だって、何で悠ちゃんが怒ってるのか分からなかったんだもんね。怒らずにちゃんと話し合ったら、こんな事にならなかったのに。あぁ、だからマーちゃん、ここんとこずっと元気なかったんだ……」

松本「そうなの?」

優衣「うん。時々、ボーッと遠く見て、悲しそうな顔してたから、ちょっと心配してたんだよね。マーちゃん、超敏感、超繊細だから、悠ちゃんの態度が冷たいと、かなり脳が傷付いたんじゃないかな?」

松本「で、離婚、言われたんだ……」

悠斗「いや、言われたっていうか、離婚する時ってこんな感じなのかな?……って言ってた。俺、自覚無かったんだけど、モラハラ男だったみたい」

優衣「あらっ、今頃気が付いたの?」

悠斗「えっ?……」

優衣「なーんて、冗談! まぁ、マーちゃんへの執着は、そういう気質あるけどね」
と言って、笑う優衣。

松本「マーちゃん、離婚の文字が頭にあるんだ……」

優衣「でも、確かに、私も前の彼氏と別れる前って、会話が無くなって、目も合わせなくなって、食事も別々で、話し掛けたら嫌そうな顔するし、勿論、セックスレスだし、家の中の空気悪くて耐えられなかったわ。ああなると、一緒に居る意味ないもんね。別れて正解だったわ」

悠斗「……」

優衣「マーちゃん、いつも人前では気丈にふるまって、平常心保つ様に頑張ってるけどさー、超繊細さんは、かなりしんどいと思う」

松本「昔から天真爛漫に振舞ってるけど、時々、寂しそうな顔するからなぁ。大体、人に気を使い過ぎてしんどくなってさぁー。頑張り過ぎなんだよな、マーちゃんは」

優衣「やっぱり、他人と暮らすって大変だよね。マーちゃん、一人が良いって、よく言ってたもんね。短期間だったけど、よく頑張ったと思うわ」

悠斗「?……」

優衣「まぁ、ちょっとの間だったけど、二人で暮らせて良かったんじゃない? 二人共、モテるから、また直ぐに良い人、見付かるよ」

松本「でも、マーちゃん、どこ行っちゃったんだろう? どっかのホテルにでも泊まるのかなぁ? でも、友達多いから、友達の所かなぁー?」

優衣「親に心配掛けたくないって子だから、実家には絶対に帰らないと思うし……」

悠斗「てっきり、ここに来てるんだと思ったのに……」

松本「そうなんだ……」

優衣「浮気を疑われた訳だから、腹立って本当に浮気しようと思ってるかも? なーんて」

松本「あぁ、マーちゃんってさー、昔から、ヤケになると何するか分からなかったからね。大丈夫かなぁー?」
  
優衣と松本、顔を見合わす。

優衣、悠斗を見る。

優衣「でも、もう良いじゃん。どっちみちお互い戸籍汚れてない訳だし。一度、新婚生活味わって、良い経験出来たしね。別々に暮らした方がお互い楽だって分かったでしょ? これって、丁度良い機会じゃないの?」

松本「あぁ、世間でも、離婚した方が関係が上手く行くってよく聞くし、親友みたいな関係になるケースが多いからね」

優衣「悠ちゃんも、あんな面倒なマーちゃんに付き合ってるの、しんどいでしょ?!」

松本「一人が楽で良いよ」

優衣「悠ちゃん、もてるから、また直ぐに女の子が寄って来るよ」

松本「うん、うん」
と、首を縦に振る松本。

悠斗「あのさー、二人は何でそんなにドライに考えられる?」

優衣「えっ?」

悠斗「俺は、真彩が居ないとダメなんだよ。二人には分からないだろうけど、真彩は、小さい頃から俺の生き甲斐だから。真彩が傍に居ない人生なんて、全然楽しくないし、俺、生きる気力が……」
と言うと、悠斗、神妙な顔つきで、黙ってしまう。

優衣「あらら。あっ、ねぇ、前にさー、高槻駅で綺麗な白人女性とハグしてたでしょ? たまたま通りかかってマーちゃんと見ちゃったんだけど、あの人は?」

悠斗「あれは、元カノだけど、もう別れてるから。京都に観光に来たついでに俺に会いに来てくれたんだよ。もう、単なる友達だよ」

優衣「付き合ってたんだ。ねぇ、何で別れたの? あんな綺麗な人、勿体無い」

松本「えぇ? そんなに綺麗な人なの?」

優衣「うん。芸能人で言うと、アメリカの女優さんなんだけど、若い頃の Jodie Foster さんに似てた。すっごい cute だった」

松本「えぇー、勿体無いなぁー。何で別れたの?」

悠斗「俺と結婚したいって言って来たから。俺は結婚する気ないって言ったら、別れる事になって……」

松本「えぇー? 結婚すれば良かったのに……そんな綺麗な人がお嫁さんなんて、世の男性達は羨むよ?!」

悠斗「彼女から俺にアプローチ掛けて来て付き合う事になったから、俺、心が伴ってなくて。一緒に居て楽しかったんだけど、彼女の事を心から愛する事が出来なくて、彼女に悪い事した」

松本「そうなんだ……」

優衣「心から愛する事が出来なかった原因は? 彼女さんの性格悪かったとか?」

悠斗「いや、性格良いよ。カトリックの信者で、愛に満ち溢れてる感じ」

松本「えぇー、性格良くて顔も良くて……ってなると、後、何がある?」

優衣「あっ、その彼女さん、男癖が悪いとか?」

悠斗「彼女はそんな人じゃないよ」

優衣「えぇ? じゃーその彼女、あぁ、元カノさんは完璧じゃない!」

悠斗「あぁ、そう言われると、そうだな」

優衣「意味分かんない。何でそんな素敵な人を手放すかなぁ? あんなじゃじゃ馬のマーちゃんより、よっぽど良いと思うけど」

悠斗「真彩は、じゃじゃ馬かもしれないけど、俺にとったらそういうところも可愛くて……真彩の全てが可愛いんだよ」

優衣「ふーん。よく分からないなー」

悠斗「元カノは素敵な人だけど、でも、俺には真彩がナンバーワンであって、真彩は俺にとって特別な存在だから……」

優衣「えぇー」

悠斗「俺はずっと真彩を愛してるのに、真彩がアメリカで彼氏作ったから、仕方ないから真彩の事、忘れようとして彼女と付き合ったんだけど、でも、ダメだった。俺の脳は、常に真彩が支配してて……」

優衣「あらっ、どっかで聞いた様な?……マーちゃんも、悠ちゃんに支配されてるって言ってたなぁー」

松本「えっ?……そうなの?」

優衣「うん」

悠斗「俺は、絶対、真彩と別れたくない! 折角、結婚まで漕ぎ着けたというのに、俺は何やってんだろう。もう、離れて暮らすのは嫌だ」

優衣「じゃーさぁー、何でマーちゃんに冷たい態度取ったの?」

悠斗「それは……只、腹立っただけだよ。俺を見て、俺の知らない男の名前呼んで、俺が聞いた事ない色気ある声で、大好きって言うから……只の嫉妬、ジェラシーだよ」

優衣と松本、顔を見合わす。

悠斗「俺、真彩の事が好き過ぎて、真彩が知らない男と、その……セックスしてるのを想像しただけでめちゃめちゃ腹が立って……」

優衣「あらら……勝手に妄想しちゃったんだ」

悠斗「ああ。妄想が止まらなくなって、俺、頭がおかしくなって……」

優衣「まぁ、気持ち、分からんでもないけど……でも、マーちゃん、自分の心は常に平安、平穏、平常心でいたい人だからねー。このワード、よく使ってるの、知ってるでしょ?!」

悠斗「あぁ、知ってる……」

優衣「唯一、そういう場所が家だった訳で、その家が冷たい空気だと、そりゃー、誰だって出て行くんじゃない?」

悠斗「反省してる。俺、強情で自己中なところあるから。真彩にデリカシー無いって言われたし」

松本「マーちゃん、空気に敏感だからね。悪い気の流れとか、耐えられなかったんだ……」

優衣「でも、マーちゃんがホントに浮気してなくて良かったね」

悠斗「それは……良かったけど、俺、真彩に嫌われたし、離婚ってワードも出たし、家出されたし……あぁもう終わりかも。俺、真彩が居ないと生きて行けない……」
と言って、悠斗、また項垂れる。

優衣「あっ……マーちゃん、妬けになって本当に浮気したら大変! 探さないと」

松本「あぁ、電話してみるよ」
と、悠斗を見ながら言う松本。

すると悠斗、
悠斗「ダメだと思う。さっき、何回も電話したけど、出てくれなかったから」
と言って、松本の顔を見る。

松本、自分のスマホで、真彩に電話を掛ける。
すると、直ぐに真彩が電話に出る。

松本「あっ、マーちゃん、大丈夫? 今、どこ?」

悠斗「?……」
   
悠斗、松本をじっと見ている。

松本「友達の所? えっ? あぁ、うん……そうそう。えっ? 家に帰らないの? 帰る気ないって……あぁそうなんだ。うん分かった。じゃーね」

松本、スマホの電源ボタンをオフにする。
  
悠斗、松本の顔をじっと見ている。

松本「友達の所にいるみたい。帰る気ないって」

悠斗「えっ?……で? 他、何か言ってなかった?」

松本「あぁ、心配しないでって。でも、何か、いつもと違う感じだった。精神状態、大丈夫かな?……って感じ」

悠斗「?……」

優衣「悠ちゃん、大丈夫?……じゃないか」

悠斗「はぁ……俺、帰る」
と言って、しょげた感じで、席を立つ悠斗。

優衣「あぁ、気を付けて!」

松本「マーちゃん、その内、帰って来るよ、きっと……」

悠斗、店の出口に向かう。

松本「悠さん、気を付けて!」

悠斗、肩を落として、店を出て行く。

優衣と松本、顔を見合わせる。

松本「何か、悠さん、可哀想。愛するが故の嫉妬で、墓穴掘るなんて……」

優衣「まぁ、良いんじゃない? こんな位のお仕置きしないと。今後の為にもね」

松本「マーちゃん、友達の所って、どの友達の所だろう? ウチに来れば良かったのに」

優衣「タッくんの家なら、家出の意味ないジャン。どこに行ってるのか心配さす為でもあるんだから」

松本「えぇ? そういう事?」

優衣「うん。ノンちゃんの家に、一週間泊まるって言ってた。悠ちゃんが一週間冷たかったから、目には目を……ってとこかな?」

松本「でも、悠さん、大丈夫かなぁ? 凄い落ち込んでたけど……」

優衣「あぁ、様子見て帰る様にするって言ってたから、大丈夫でしょう」

松本「マーちゃん、離婚っていうワード出したって事は、そういう気持ち、あるのかなぁ?」

優衣「無い無い。悠ちゃんを懲らしめる為にわざと言ったんだってさー」

松本「なーんだ、良かった。でも、マーちゃん、優衣ちゃんには何でも言うんだね」

優衣「本当の姉みたいに思ってくれてるからね。私も、本当の妹みたいに思ってるから。信頼関係あるから」

松本「それにしても、悠さんがここに探しに来るって事も、想定内だったんだ。流石、マーちゃん」

優衣「マーちゃん、小悪魔だからね。ちゃんと計算ずくですわ」

優衣と松本、微笑み合う。

松本「でも悠さんの、マーちゃん愛、尋常じゃないね」

優衣「うん。マーちゃん命って感じだね」
   
優衣と松本、頷き合う。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み