第66話 優衣、仕掛ける

文字数 3,563文字

【ハーモニー社・社長室】
   
真彩、PCに向かって真剣な顔で作業している。
優衣、心配顔で真彩を見ている。

優衣「あのー、ホントに大丈夫?」

真彩、PC画面を見ながら、
真彩「うん。大丈夫」
と、即答する。

優衣「あのー、死にかけたんだからね?! もうちょっと入院してても良いと思うよ?」

真彩「うん。でも、元気だから。肺の方も大丈夫だったし……」
と言うと、優衣に微笑む。

優衣「それにしても、また悠ちゃんに命、救けて貰った訳だ。これで何回目?」

真彩「あぁ……うーんと、三回目? 四回目? 分かんない」

優衣「そんなに命救って貰って……こんな奇跡みたいな事、無いよ? 悠ちゃんいなかったら、マーちゃんはもうとっくにこの世に居ないんだよ?!」

真彩「はーい。解ってまーす」

優衣「だからさぁ、もう悠ちゃんと仲直りしたら?」

真彩「あぁ、それとこれとは別だから……」

優衣「はぁ? ホント、ゴンタだなぁー。何でそんなに頑なで強情なの?!」

真彩のスマホに受信音が鳴る。

直ぐにスマホを手に取り、応答する真彩。

真彩「もしもし……あぁ、先輩お久しぶりです。あ、はい、元気です……はい……はい……そうなんだ……えっ? 今晩ですか?……あぁー、じゃーはい。七時(夜)に改札前ですね。はい、分かりました。じゃー、後程……」

真彩が電話の相手と話している間に、優衣、真彩に分からない様にこっそり自分のスマホをいじっている。
   
優衣「先輩って、ひょっとして、大学時代の元カレ?」

真彩、PC操作しながら、
真彩「うん。ドイツから帰って来て東京勤務になったって。で、今、休暇で京都にいるんだって……」
と、包み隠さず優衣に言う真彩。

優衣「えっ、まさか復縁迫って来るとか?」

真彩「あぁ、そうかもね。そう感じた。お持ち帰りされちゃうかもね」
と言って、冗談を言う真彩。

優衣「あの、悠ちゃんの事は? 悠ちゃん、本当にマーちゃんのこと愛してるよ?!」

真彩「私のこと本当に愛してたら、取っ替え引っ替え色んな人と付き合わないでしょ?! それに、悠斗の結婚相手は、やっぱり紗季さんがベストだと思うし……」

優衣「あの、取っ替え引っ替えって……悠ちゃん優しいしハンサムだから、周りが放っておかないんよ。紗季さんとの結婚も、悠ちゃんは断ったはずだよ?」

真彩「うん……でもねー……紗季さんと悠斗の相性、めちゃ良いんだよね……」
   
優衣「悠ちゃん、前に、マーちゃんと結婚するって言ってたじゃない?!」

真彩「それは、何年も前の事でしょ? もうとっくに別れたんだから……それに、兄妹なんだから結婚なんて有り得ない事だし……」

優衣「もう、何でそんなに強情なの? もっと素直になんなさいよ!」
と、優衣、怒った様な口調で言う。

真彩「えぇ?……私が強情???」

真彩と優衣、ちょっと気まずい空気となり、しばらく沈黙が続く。

     ×  ×  ×

真彩、PC入力の手を止め、優衣を見る。

真彩「あの、じゃー、優衣ちゃんには本当のこと言うよ」

優衣「えっ???」

真彩「悠斗の女性関係がどうのって、そんな事で悠斗を嫌ってる訳じゃないから。この前の『ストーカー美紀』の件も、池もっちゃんが教えてくれたんだけど、別に何にも思わなかったから……」

優衣「えぇ?」

真彩「勿論、兄妹だからっていうのがネックなんだけど、それ以前に、私、捨て子だからさぁー、何処の馬の骨か知れない奴だから、上流階級の血筋の良いお坊ちゃまとは不釣り合いなんだよね……」

優衣「はぁ? 何言ってんの?!」

真彩「だって、自分の本当の親が、例えば、恐ろしい殺人者だとしたら、子どもはそのDNA受け継いでる訳だよ? もう、想像しただけで怖くなって……考えたくないけど、頭によぎるから……」

優衣「でも、ちょっと考え過ぎじゃない?」

真彩「それにね、子どもを捨てる様な、薄情な親のDNA受け継いでるんだよ? 自分もその内、そうなるんじゃないかって思っちゃって……」

優衣「いやいや、考え過ぎだってば!」

真彩「それにさぁー、前に言った様に、前世では私、悠斗の正室だったけど、悠斗には側室が何人もいて、私は寂しい惟いで死んだから。だから、現世で、もし悠斗と結婚したら、浮気ばっかりされて、悠斗の愛人に悩まされる様になるんだよ?……嫌だよ、そんなの」

優衣「でも、前世と現世は違うでしょ?!」

真彩「輪廻転生だよ? 前世での因縁、引き継いでるから……」

優衣「えぇー……」
優衣、不服そうな顔をする。

真彩「優衣ちゃんは、何不自由なく幸せな環境で育ったから、私の気持ち、分からないよ……」

優衣「……」
優衣、真彩の言葉に、黙り込んでしまう。

真彩「あっ、ゴメン……嫌な言い方したね……ゴメン……」

優衣「ううん……」
優衣、首を左右に振る。

真彩「まぁ、メルヘンで例えると、童話に出て来る哀れな乞食の女と、王子様なんだよね。悠斗の結婚相手は良い所のお嬢さんって決まってるんだよ。それに紗季さん、悠斗の許嫁だし」

優衣「えっ?……許嫁?」

真彩「うん。だから、私が悠斗の近くに居たら邪魔なの」

優衣「えぇー?」

真彩「だから、悠斗のこと拒絶してるのに、あのバカ、面白がって私に近付いて来るから、ホント、困ったもんだよ」
と言うと、真彩、またPC画面を見ながら入力し始める。

優衣「面白がって……って……」
   
優衣、真彩をじっと見る。

優衣「今の時代に許嫁って……昭和初期の時代か?」

真彩「あぁ、小さい頃、悠斗と私がいっつもくっついてたから、世間体気にする親戚は良く無いって思ったみたい」

優衣「いや、それは全然知らなかった……」

真彩「あぁ、パパの方の親戚だから、優衣ちゃんは知らないよね。ママの方は誰もそんなこと言わなくて、むしろ冗談で結婚させてあげたいって言ってくれてた」 

優衣「あぁ、そう言えば、叔父さんの方、世間体気にする、うるさいおばちゃんとかいたんだったね……」

真彩「うん。だから、私にも許嫁がいて、和くんなんだよね……」

すると優衣、驚いた表情になり、
優衣「えええええっ?! MZC社の、叔父さんの秘書してる尾形さん?」
と言って、開いた口が塞がらなくなる。

真彩「うん。和くん、父の親友の子だから、昔から家族ぐるみの付き合いしてて、気心知れてるし……」

優衣「マジか……」

真彩「和くん、私の生い立ち知ってて結婚して欲しいって言ってくれて……親族が決めた相手だし、しょうがないかな?……って。年貢の納め時は、最終的に和くんのお嫁さんになるかも?」

優衣「そうだったんだ……」

真彩「もうどうでも良いんだよね、私の人生なんて。川に落ちた葉っぱみたいにゆらゆら流されて、川の流れに身を任すって感じかな? もし誰かが拾ってくれたら、その人が伴侶って事なのかも?」

優衣「川の流れに身を任せて、自分の意志ってものはないの?!」

真彩「意志か……無いかも? 兎に角、自然の流れに任せるって感じ? ケセラセラですわ。悠斗には赤ちゃんの時から沢山の愛を貰ったから、もうその思い出だけで生きて行けるし……」

優衣「思い出だけで生きて行くなんて、そんなの辛いよ……」

真彩「所詮、人間は一人で生まれて一人で死んで行くんだよ? 修行する為に生まれて来たんだから、どんな試練も、頑張って乗り越えないとね!」
と、真彩、自分に言い聞かす様に言っている。

真彩「私は、生まれた時からそういう運命の人間なの。幸せを求めちゃいけないの。こうやって生かされてる事だけで感謝なんだもん……」

優衣「……」
淡々と言う真彩に、優衣、何も言えず。
   
真彩、優衣の顔を見て、
真彩「さてさて、巡回に行って来ますわ。頑張らないとね!」
と、微笑む。

優衣「……はーい、行ってらっしゃい」 

真彩、椅子から立ち上がり、タブレットPCを持つ。
そして、一人、社長室を出て行く。

真彩が社長室から出て行ったのを確認してから、
優衣「ふぅ……」
と、溜め息をつく優衣。

優衣(心の声)「悠ちゃんに送りますか‥‥‥」

優衣、スマホのボイスメモに録音した真彩との会話を、悠斗に送信する。

すると、悠斗から直ぐに電話が掛かって来る。

優衣「はい……うん……うん、七時に高槻駅改札前。悠ちゃん、頑張ってよ! 大チャンスだからね! マーちゃん、強引に奪って、やっちゃいなよ! 今日を逃すと、また中々チャンスやって来ないから。んん?……あぁ、いえいえ、どう致しまして! グッドラック!」

電話を切ると、優衣、不敵な笑みを浮かべる。

優衣(心の声)「あっ、『強引に奪ってやっちゃいなよ!』って……私、犯罪に加担してる?……まっ、良いか。こうでもしないとマーちゃんを囲ってる頑丈な壁、壊せないから……あっ、鍵を開ける前に壁、壊しちゃうか……強硬手段だ。仕方ない。マーちゃんの為だし……」
   
優衣、満足気な顔をする。
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