第9話 会いたくない人

文字数 6,158文字

JR大阪駅は、多くの人で賑わっている。
海外からの観光客も多い。    
大阪駅構内を歩く真彩と優衣。
挨拶回りの為、関西圏の取引先を訪問している真彩と優衣。

真彩「ふぅ……足、パンパン。疲れた……」

優衣「疲れましたね。でも、あとはMZC社だけです」

真彩「はい。頑張ります。あぁ、ちょっと鎮痛剤飲みたいんで、待って貰えます?」

優衣「えっ? 頭痛ですか?」

真彩「あぁ、頭痛と生理痛。腰も痛だるくて……」

優衣「わぁ、知らなかった、ごめんなさい……」

真彩「えっ? 何で謝るんですか?」

優衣「辛いのに、あちこち引っ張り回しちゃって……スケジュール、ハードでしたね……」

真彩「いやいや、そんなの、こっちの都合だから……」

優衣「だって、社長、頭痛持ちだし、生理痛、キツイから……」

真彩「はい、よくご存知で……」

優衣「また倒れたら大変ですから、もっと早めに薬、飲んで下さいね!」
と言って、真彩の顔を覗き込む優衣。

大阪駅連絡橋口・改札付近の椅子に座る真彩。
優衣も真彩の横に座る。

真彩、鞄の中からパッチワークポーチを取り出す。

優衣「わぁ、可愛いポーチ……」

すると、
真彩「ママ、忙しいのに私の為に作ってくれたの」
と、嬉しそうな顔をして言う真彩。

優衣「良いなぁー……見るからに愛情籠ってますもん」

真彩、ポーチの中から鎮痛剤を取り出し、口に入れる。
そして、常備しているペットボトルに入っている水を飲む。

優衣「もし辛くなったら、私、おんぶでも何でもしますから、言って下さいよ!」

真彩「有難うございます、秘書様。でも、おんぶは無理でしょ?」
真彩、優衣に微笑む。

優衣「いや、頑張ります。社長の為なら!」

真彩「(笑)有難うございます。お気持ちだけ頂きます。さぁ、頑張りますか……」
真彩、重い腰を上げて、改札に向かって歩き出す。

真彩、自分の腰を、握りこぶしでポンポンと叩きながら歩く。
真彩の背中を見ながら、心配顔で歩く優衣。

優衣「あと一社です。頑張って下さい……」

真彩「はい」


【MZC社】

挨拶回り、最後はMZC社だ。
この企業は、いくつかの有料介護施設を運営し、ホテル、飲食店も全国展開している。
真彩の父、智之が社長になる前は、智之の父親が社長だった。
真彩にとっては、父方の祖父にあたる。
その祖父の親族が一致団結して、今のMZC社を立ち上げ、大きくしたのだった。

重厚感ある、立派な建物を見上げる真彩と優衣。

真彩「ふぅ……ここで最後か……嫌だな。会いたくない人に会うかも?」

優衣「まぁ気持ちはお察ししますが、仕事です。社長としての任務を果たしましょう」

真彩「はーい……」   


【エントランス】

MZC社・受付ロビーに行くと、受付の林律子(27歳)が、真彩の姿が見えるや否や、ニコニコしながら真彩の所に駆け寄って来た。
   
律子「お待ちしておりました! 社長!」

真彩と優衣を笑顔で出迎え、会釈する律子。
すると、真彩の緊張していた顔がほころぶ。

真彩「律ちゃん、久しぶりー! 何か、また一段と綺麗になったね!」

律子「もう、マーちゃん、リップサービスは要らないから! 大人をからかっちゃーダメですよ! あっ、マーちゃんも大人か……(笑)」 

すると真彩、笑顔で、
真彩「そうだよ、律ちゃん、私、もうとっくに大人だよ?!」
と、ちょっと甘えた感じで言う真彩。

談笑しながら、エレベータがある方に歩く真彩と優衣と律子。

律子「でも、まさかマーちゃんがハーモニー社の社長になるなんてねー。マーちゃんの事を知るMZC社の社員達に激震走ったよ!」

真彩「そう……だろうね……」

律子「でも、マーちゃんの事、口外しちゃーダメだから、皆んな口には出さないけど、アイコンタクトで驚いた顔するから、あの時は可笑しかったよ」

真彩「そうなんだ……想像しただけで面白いわ……」

律子「若いし、それに、もし社長になるのなら、こっちでしょ?!……って、皆んな思ったんじゃないかな?」

真彩「あぁ……伯父さんに懇願されてさぁー……仕方なくですわ‥‥‥」 
    
真彩の事を知るMZC社の社員達は、すれ違いざまに真彩に微笑み、こそっと手を振る。
真彩もこそっと手を振り、笑顔で応える。

真彩「あぁ……何か、恥ずかしいなぁ……でも、古巣に帰った気分」

律子「応援するからね、ハーモニー社。カフェ、どんどん宣伝して、利用するね!」

真彩「あぁ、有難う。宜しくお願いします。あぁ、カフェ、利用してくれるんだったら、何か改善点とか不備な点とかあったら、教えてくれる? クレームって大事だから……」

律子「分かった。じゃー、行ったらお店チェックするね!」

真彩「うん。助かるわー。外部のミステリーショッパー、雇いたくないから……」

律子「覆面調査か……じゃー、北摂だったら、高槻、茨木、豊中のお店行けるなぁー。梅田もよく出るから、梅田店も行ってチェックするよ」

真彩「律ちゃん、お店の場所、よく知ってるね?!」

律子「そりゃーもう、マーちゃんが社長就任決まったって聞いて、直ぐにどんな会社か調べたもん」

真彩「そう……じゃー、何か気付いたら直ぐにアドバイス、頂戴?」

律子「分かった。マーちゃんの為なら何でもしまっせー! LINEで情報、送るから!」
と言って、律子、真彩に微笑む。

真彩「嬉しいー……有難う……」

真彩、律子に満面の笑みを浮かべる。
真彩と律子の会話を黙って聞いていた優衣も、律子を見て微笑む。


【MZC社・社長室】
 
社長室のドアをノックする律子。

智之「はい、どうぞ!」

MZC社・社長であり、真彩の父親でもある中村智之(56歳)が、待ち構えていたかの様
に直ぐにドアを開け、真彩と優衣を迎え入れる。

智之「ようこそ、MZC社へ! さぁ、入って、入って!」
智之、笑顔で言う。

律子、真彩と優衣に会釈して、受付に戻ろうとする。
律子に手を振る真彩。

真彩と優衣「失礼します」

智之、真彩と優衣に、応接セットのソファーに座る様に促す。

しかし真彩、立ったまま智之に向かって、
真彩「この度、ハーモニー社の社長に就任しました、中村真彩と申します……」  
と、智之にきちんと挨拶しようとすると、
  
智之「真彩、堅苦しい挨拶は要らんよ」
と、真彩の言葉を遮る。

真彩、智之の言葉で、即、リラックスモードに入る。

真彩「そお? ねぇ……パパも『私が社長?』って思ったでしょ?!」

智之「えっ?……」

ソファーに座る真彩と優衣。

真彩「だあって、挨拶回りしたら、皆んなそんな感じで見るからさぁー……心の中、見透かしたよ」
頬っぺたを膨らます真彩。

智之「でも、そりゃ、誰だって思うだろ?(笑)」

真彩「……まあね……」
真彩、ひょうきんな顔をする。

智之「社会に出たての若い女性が、三年連続赤字の会社の社長になるなんて、有り得ないしな。実績積んだ優秀なマーケター呼ぶのなら分かるけど……」

真彩「えぇー、ねぇ、じゃー、パパもそう思ってるの?」

智之「うーん……真彩なら出来る!……って言いたい処だけど、正直、半信半疑」
と言って笑う智之。

真彩(心の声)「パパ、正直だな……(笑)」

智之「まぁ、真正寺のお祖父ちゃんとママが、『真彩なら大丈夫』って言うから、信じてはいるけど……でも、そんな夢みたいな、非現実的な事が起こるのかどうか、正直、疑問……」

真彩「(笑)ふっ……パパはホント、正直者だよね。そういう処、大好き」

智之「透さんも、よく決断したもんだよ。話があった時、耳、疑ったもんな」

真彩「パパ、反対してくれたんだって?」

智之「当たり前だ。真彩にそんな重荷を背負わせるなんて、絶対、ダメだって言ったんだけどな……」

真彩「でも、透伯父さんが強硬手段とって、シカゴまで来ちゃったからねぇー……あの人、こうだと思ったら猪突猛進だからねぇー」

智之「ああ。それに、ママも、真正寺のお祖父ちゃんも『真彩は救世主だから大丈夫』って言うし……だから、仕方なく承諾したけど……でも、パパは今でも反対だよ。体壊さない内に早く辞任して欲しいと思ってる」

真彩「ふーん……そうなんだ……」

智之「実はな、この前、社長連中の懇親会で、社会に出て間もない女の子が、三年連続赤字で負債抱えて倒産寸前の会社を、一年で立て直す為に社長になったって話題が出てな……」

真彩「ほぅ……」
優衣「?……」

智之「隣に座ってた奴が、『未だ社会に出たての小娘が、そんな簡単に黒字に転換出来る訳ないだろ?! 企業経営をバカにすんなよ! アホか……』って罵倒したもんで……パパ、はらわた煮えくりかえったよ」

真彩「そうなんだ……」

智之「でも、その小娘が自分の娘だって言えなかった……かばってあげれなくて、ゴメン……」

真彩「ふーん……」

智之「今でも、真彩の事、馬鹿にした連中に腹立ってる。でも、あの時、言い返せなかった自分にも腹が立ってる。やっぱり心の中は半信半疑だから言い返せなかったんだって気付いて……真彩の事、信じてないパパが情けないやら、真彩に申し訳ないやらで……」

真彩「そうだったんだ……ごめんね、嫌な想いさせちゃって……」

智之「いやいや、本当なら、パパが盾になって真彩の事、守ってあげないとダメなのに……悪かったと思ってる。自分の娘を守ってあげれなくて、ホント、情けないパパだよ」

真彩「そんな事ないよ。だって、皆さんの仰る事の方が世間では正しいんだから。普通、有り得ないもん……自分でも本当に黒字に出来るか不安だもん……」

智之「えっ? そうなのか?」

真彩「うん」
と、笑顔で言う真彩。

智之「なぁ……もう限界だと思ったら、早めにパパに言うんだぞ?!」

真彩「えっ?……」

真彩と優衣、智之を見る。

智之「いざとなったら吸収合併するから! パパが絶対、助けるから!」 

すると真彩、微笑む。

真彩「うん。その時は宜しくって言いたいけど、でも、黒字に立て直せると思ったから引き受けたんだよね。だから、最後の最後まで、諦めないで頑張る」

智之、真彩をじっと見る。

智之「でも……また無理して倒れるなよ! パパは、真彩の身体が心配だよ。真彩も猪突猛進だからなぁ……無茶ばっかりするから……」

真彩「あぁ……大丈夫だよ。私には、しっかりした秘書さんが付いててくれてるし……」
と言うと、真彩、優衣を見て微笑む。

優衣、ドキッとして、思わず背筋が伸びる。
そして、真彩の顔を見る。

智之「それは心強いな。信頼おける最強の秘書さんだもんな」
と言って、智之も優衣を見て微笑む。

優衣、首を左右に振り、謙虚な態度をとる。
優衣、智之に見詰められ、より頑張らねば!……という惟いになる。


『トントン』
ドアをノックする音。

智之の秘書、尾形和博(30歳)が入って来る。

尾形「失礼します」

尾形、真彩の顔を見て、
尾形「あぁ、マーちゃん、この度は社長就任、おめでとうございます!」  
と、微笑みながら言う。  

真彩「いや、和くん、全然めでたくないよ……」
真彩、首を左右に振る。

尾形「あぁ……まぁそうだね。大変だね……」    
真彩と尾形、微笑む。

     ×  ×  ×

談笑している智之、真彩、優衣、尾形。

真彩、腕時計を見る。

真彩「あぁ、そろそろ行かなくちゃ‥‥‥」

智之、真彩の腕時計を見る。

智之「あれっ?……誕生日の時に買ってあげた時計はしないのか?」

真彩「あぁ、あれは、高級品だから、パーティーとか、正装の時とか、特別な時しか着けないの。勿体無くって‥‥‥」

智之「でも、社長になったんだから、良い物身に着けたらどうだ?」

真彩「えぇー、そう? G-SHOCKの安いのじゃダメかな?」

智之「んん? もう一個してるのか???」

真彩「これは、ヘルスウォッチ。Bluetooth をONにしといて、後でスマホのアプリに連携させて記録するの」

智之「はぁー、もう、最近はそんなのばっかりだな。俺は付いて行けんわ」

優衣と尾形、智之の表情を見て微笑み、頷く。

真彩「ダメだよ、パパ、世の中の流れに付いて行かないと! どんどん進化してるんだから」

智之「進化が早過ぎるわ。パソコン、携帯が普及し出してから急にスピードが速くなったからなぁー」

真彩「伯母さんの家の近くの、結構大きな回転ずしのお店なんて、店に出てる従業員さんは、たった一人だよ?!」

智之「えぇ? そうなのか?」

真彩「店に入るでしょ? 先ず、器械で、自分でカウンター席かテーブル席かを選ぶの。そしたらバーコード付きの紙が出て来て、席の番号に行くの。で、注文は全てタブレットでして、注文した品はミニチュアの電車で運ばれて来るの。そんでもって、お会計も勿論、自分でするんだよ?! バーコード付きの紙をスキャンして、私はスマホ決済だから、二次元バーコードでスキャンしたら終わり。人件費削減で合理的だわ」

真彩が言う事を理解するのに必死の智之。
智之「そ……そうかー……そんな時代かー‥‥‥」

真彩「まぁ、パパは高級なお寿司屋さんしか行かないか‥‥‥やっさんの店があるからね」

智之「あぁ‥‥‥でも、一度、連れてってくれるか? 向学の為に‥‥‥」

真彩「うん。行こ行こ!」
真彩と智之、微笑み合う。

真彩「あっ、パパ、そろそろおいとまします」

智之「えぇー、もう???」

真彩「だぁってー……仕事、山ほど溜まってるんだもん……」
甘ったれた感じで智之に言う真彩。

智之「そうか、そうか。まぁ、無理しない程度に頑張れよ!」

真彩「はーい」

尾形「あぁ、下までお送りします」


【エントランス】
    
MZC社の一階エントランスに、営業部の中村悠斗(29歳)が、広いエントランスの隅っこでスマホを操作をしている。

悠斗(心の声)「そろそろ降りて来るかなぁー?……」

そこに、真彩、優衣、尾形がエレベータから降りて来て、出口に向かって話をしながら歩いている。

悠斗、顔を上げ、真彩達を見る。

悠斗、真彩の所に行こうとした時、MZC社の女子社員三人が、悠斗の所に、嬉しそうに駆け寄る。

女子社員達「中村さーん!」

悠斗、三人に囲まれ、困惑顔。

悠斗(心の声)「あぁ……邪魔された……」


真彩と優衣、尾形に会釈する。

真彩「和くん有難う。じゃあ、失礼します」

尾形「あぁ、マーちゃん……」

尾形、何か言いたげな表情。

尾形「あー……あの、身体、気を付けてね」

真彩「有難う! 和くんもね!」

尾形と真彩、笑顔で手を振り合う。

優衣、尾形に会釈する。

尾形も優衣に会釈する。


【ハーモニー社・高槻店カフェ】

夜、ハーモニー社・高槻店カフェに来ている真彩と優衣。
高槻店は、洒落た感じのカフェで、夜だというのに客は途絶えない。
儲かっているカフェだ。

本を読んだり、PCやスマホをしている一人席の若者が目立つ。
真彩と優衣は、店内をチェックしながら会話している。   
 
真彩「やっぱり遇った。引き寄せの法則?」

優衣「ホントですね。でも、あの人も特殊能力あるから、しょうがないですね……」

真彩「プラスとマイナスの磁石で引き寄せられてる感じなんだよね。何でここで会う? って所で遇っちゃうんだよね……いつも……」

優衣「不思議ですね。どっちがN極でどっちがS極なのかな?」

真彩「さぁね? 地球が磁石そのものだから、違う極同士なら引き合う力が働く訳で、地球に住んでる限り、死ぬまで引き合うから腐れ縁かな???」

優衣「腐れ縁ねー。良縁と思いますけど?……」  

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