34・ 一人っきりでの静かな日々

文字数 4,841文字

それから、1週間後。


「さーて、と」

人里離れた、寂しい荒野。
大工の経験を活かし、自分で建てた簡単な木の小屋が完成し
俺は出来を確かめるためさっそくそこに入ってみた。

「うん。まぁまぁ…か」

部屋の隅のベッド、煮炊き用のかまど、
水を溜めておくための水がめ。
必要最低限のものしかないけど、ま、こんなもんで十分。

「さーて…」

それから俺は、外に積み上げてある麦粉の袋や魚の干物、
干した果物などの食料を小屋の中に運び入れた。

小冊子に、イエスキリストは荒野で40日間断食したとあるけれど
さすがに40日何も飲まず食わずでは死んでしまう。
まぁ、何か食べてるところを誰かに見られてはますいけど
弟子達にも俺の居場所は教えてないし、こんな場所には誰も来ないだろ…。

よし、これで準備は整った。
さあ、今日から40日。
張り切って乗り切ってやろう、このエピソードを…!


そして、それから5日後。




「…はぁ」







「ヒマだ…」





俺は今、
何をするでもなくボーッとベッドに寝転がり天井を見あげていた。

ネットもテレビも、マンガもないこの環境。
最初のうちは何か悪い気がして修行者を気取り、
瞑想の真似ごとなんてしてみたがすぐに飽きてしまった。

2・3日は周りを散歩したり、その辺にいる虫やらを観察したりして過ごしたけれど
そんなヒマ潰しのネタはもう尽きた。

も、目論見が甘かった。
思ったより、キツい試練だ、これは。

こうしてボーッとしてると、何だか弟子達の事が頭に浮かんでくる。
今ごろ、みんなどうしてるかな…。

きっとみんな、家の手伝いとかしたり、診療所で病人の看病の手伝いをしたり。
あと、人に施しなんかもして…。そして、たまに俺の真似をして説法なんかしてみたり。
そうやって、みんなで仲良く過ごしてるかもな…。

はぁ、残り、あと35日か。
見られなければ、こっそり町に行って1週間ぐらい過ごしても大丈夫かな。
そうだ、そうしようか…。







「はぁ、イエス様が帰ってくるまで、あと30日ですかー…」
「そーだねー…」
「時間って、過ぎるのが遅いよなー…」
「早く、イエスさまに会いたいねー」

「イェース様、今頃、どうしてますかネー…」
「きっと、心静かに瞑想されてますよ」
「いや、イエスさんの事だからもしかすると今ごろ小さな女の子に声をかけて…」
「えー?そんなのやだー!」

「な、何を言ってるんですかヤコブー。イエス様がそんな…」
「だってほら、この前も5才くらいの子が1番好きだって」

「…」
「や、ヤコブ殿。ペテロ殿が何か思いつめた表情になって」
「あ、ペ、ペテロ、冗談だから!」

「まったく、ヤコブも。そんな事あるわけないじゃないですかー」
「ヤコブ、冗談も選ばないとイエスの身が…」
「そ、そうだな…」
「イエッさんは、そんな人じゃないぞー?」

「まぁまぁ。きっと今ごろ、イエスはんもみんなに会いたいと思うとるで?」
「…うん。今、荒野にたった一人だから…」
「ええ、きっと、イエス先生は特に1番わたしに…」
「そうなのだ。イエスしゃんも、きっと今ごろみんなの事を想ってるのだー」





5日後。
その間ちょっと抜け出して、町で過ごしたりして。
しかし、そうしている内に小心者の俺は、誰かにたまたま見つかるんじゃないか?
なんてつい考えてしまって、結局戻ってきてしまった。もっと、のんびりもできたのに…。

はぁ、それにしてもヒマだ。
何か、ヒマ潰しになるようなネタは…

…そうだ。
もし弟子達が、アニメマンガによくあるお兄ちゃんお兄ちゃんと妹みたいに慕ってきて
家に押しかけて来たりする幼なじみだったらどんな感じか、想像してみっか…
えーと…。ペテロは、こんな感じ?

「お兄ちゃん、ほら起きて?早く起きないと遅刻するよ?」

…。
はぁ、バカらしい。
何が、ペテロが幼馴染だったらだ。ペテロが幼馴染だったら、きっとうるさくて、
何にでも口を挟んできて…

「もう、お兄ちゃん!早く起きて一緒に学校行こうよー」

…。
うん。ま、ペテロにこんな可愛げあるわけないし。
はぁ、バカな事考えるのはやめて、何か違う事を…。

「お兄ちゃん、腕組んでいい?」

…。
…いや、ない。
こんな幼馴染、現実にいるわけないから。
はぁ、バカバカし。もっと、マシな事考えて…。

…。
アンデレが、もし幼馴染だったら…。

「兄ちゃーん?ほらこのゲーム面白いからさ、一緒にやろうよ?」

うん、こんな感じ?
趣味がゲームとか、男の子っぽい感じ。それで、一緒に遊びたがって。

「にっひひー、兄ちゃん弱ーい。さーて、なに言う事聞いてもらおっかなー?」

ありそうだなー、こういうちょっと生意気入った幼馴染。
少しツンデレっていうか。アンデレだけに。
それで、ヤコブは…?

「お兄、プール行こうよプール!」

こんな感じか…。
日焼けの似合う、活発なスポーツ系幼馴染?

「新しい水着買ったんだー。どう、似合うー?」

うんうん、こうだ。
そのまんまといえば、そのまんまだけど。
で、ヨハネは…

「お兄ちゃまー?今日ね、公園でー」

こう、その日にあった事、何でもお喋りしに来る幼馴染。
ヨハネはこういうイメージがすぐ沸く。
フィリポだと…?

「…にぃ。一緒にアイス食べよ?…」

こうだ。いつも隣にいたがるタイプ。
おっとりして、ゆっくりした系幼馴染。
それで、バルトロマイ。

「失礼します、お兄様。勉強を教えて頂きたくて…」

これだ。
真面目で、眼鏡の似合うタイプ。
けど、なかなか発育が良くて…

マタイは?

「にいやん。そんないつまでも彼女作らんかったら、うちがなってまうで?」

そう!これこれ。
明るくて、いつも冗談ばかりいう感じ。
やばっ、何か楽しくなって来た。
えーと、それじゃトマス、トマスは?







「看病の手伝いも、終わりましたし…あと、配給の方は?」
「それも、終わった…。はぁ…。きょーも、やる事無くなっちゃったねー…」

「まったく…イエス、荒野で一人断食なんてかっこつけちゃってさ」
「…イエスたん居ないと、訪ねてくる人も少ない…」
「イエス先生がいらっしゃらないと、何だか静かに感じますね…」
「そうだね…はぁ、それにしてもさ」

「やる事ない時って、こーして、つい集まっちゃうよねー…。イエスの家…」
「そうでありますねー…」
「もー、掃除もやるとこないぐらい、ピカピカだよねー…」
「きっと、帰ってきたらイェース様、ビックリしちゃいますネー」
「そうだねー。イエスってさ、けっこう掃除ほったらかしだったからさ」

「イエス様が帰ってきたら、皆でお帰りなさいのお祝い会ですねー」
「そうやなぁ、これはいっぱいご馳走用意せなな?」
「きっと、イエスしゃん腹ペコなのだ!」
「帰ってきたら、皆でハグしちゃいまショー!」
「アハハ…。イエッさん、帰ってきたらきっともみくちゃだな?」

「けど、このまま帰ってこなかったりして。せんせーは僕だけが大事だし」
「へーへー」
「ユダの憎まれ口にも、もう慣れたよ」

「ユダ。イエス様は皆で仲良くしろと仰ってましたよ?」
「そうだよ。だから、ユダが何言っても相手にしないよー」
「そうや?ユダはん、もう少しみんなと仲ようしような?」
「…ほっといてよ」

「…はぁ、それにしても。早く帰ってこないかなー、イエス…」
「早く会いたいよねー。イエスさまー」
「40日は、長いよなー…今頃、どうしてるかな、イエスさん」
「けど、みんな」

「イエス様は、今頃みんなを想いながら、心清く祈りを捧げてますよ」
「…うん、そうだね」
「修行頑張ってるよね、イエスさま」
「…じゃ、あたし達も頑張らないと…」

「そうだ。明日、みんなでピクニックに行きましょうよ」
「え?ピクニックでありますか?」
「ええ。イエス様がよくお話をされるあの山に」
「あー、楽しそうなのだ!」

「僕はいいや」
「お前も来るの、ユダ」
「まあ、そう言ってても付いてくるのがユダなんだけどさ」

「…じゃ、お弁当作って?…」
「そうですね。イエス先生のお話でもしながら」
「うん、さんせーなのだー!」
「楽しみであります!」
「うん、ええと思うわーピクニック」
「よーし、アタイ、今からちょっくらシカ狩りしてくるよ!」
「し、シモンサーン、ちょっと張り切りすぎデスヨー?」


「…イエス様。ちょっぴり寂しいですけど、私達は元気です」

「イエス様はきっと今ごろ、みんなを想いながら心清く修行をされてますよね…」





トマスはこう。

「兄殿。部屋が散らかってるでありますよ?自分、整理を手伝うであります」

これだ。真面目で几帳面な幼馴染。
それで、子ヤコブは…。

「兄サーン、背中流してあげまショー!ノンノン、幼馴染だし恥ずかしくないデース!」

そうそう、こんなオープンな感じ?
映画とかの外国人みたいに。
タダイは…。

「ねぇにーにー、ナデナデして欲しいのだー?」

こうか。ストレートに甘えてくる系幼馴染。
よく寄りかかってきそうな。
そしてシモン。

「兄キ。何だこのエロ本は。話があるから部屋に来な!」

こうだ。男まさりの幼馴染。
ぼやっとしてると説教されそうだ。
ユダは…

「兄さんは、僕が1番だよね?」

僕っ子幼馴染…。うん、これっきゃない。
それで、みんなお兄ちゃん大好きー、なんて。
よーしっ、そうだ、帰ったらみんなに俺のことをお兄ちゃんと呼ばせて…

…はぁー、くだらない。
何やってんだろ、俺…

つい、バカな事考えて盛り上がってしまった。
弟子達が幼馴染だったら、なんて考えて。
というか、今の俺、ヒマを持て余すダメなニートそのものじゃ…

こうやって、瞑想じゃなくて妄想をしてたら、何だか皆に悪い気がする。
仕方ない…。他にする事もないし、ちょっとくらい真面目に
イエスキリストっぽくなって外で瞑想みたいな事でもしてみるか…。

ベッドから起き上がり、伸びをすると、
俺はあまり気乗りのしない足取りで外へと向かった。
外へ出て、服が汚れなさそうな所に腰を下ろし、それっぽいポーズを取ってみる。
そうして心を集中し、しばらくの後…


「…」

一面に広がる、乾燥した大地…
昼過ぎの太陽が穏やかに辺りに降り注ぎ、
風が吹いて辺りのわずかに生える草木がざわめいている。

まるで、周りの自然全てが俺に語りかけてくるようだ。
うん、なかなか雰囲気が出てきた。自然と調和してるってヤツかも?

こうやって心を研ぎ澄まし、一人静かに風の音に耳を傾けていると、
心の中に様々な想いが浮かんでは消える。

弟子達は、寂しがらないで仲良く過ごしているだろうか。
父さんと母さん、二人の子供は無事に育っているだろうか。
そしてこの時代の人々が、未来が平和でありますように…

うん。今の俺、
かなりイエスキリストっぽいんじゃないか?

時間も結構たった気がする。2・3時間くらい。
俺はうっすらと目を開け、地面に棒を突き刺して作った簡単な日時計を見てみた。

…15分くらい?
まだ、そんなにしか経ってないの?
そもそも、どれくらいやればいいんだ?まさか、1日中?

よーし、やってやる。
こうやって心を研ぎ澄まし集中すれば、きっと、1日なんてあっという間に…



「はぁ…」

あれからすぐに音を上げた俺は、ベッドの上に大の字で寝転がっていた。
俺はため息をついて、聖書の小冊子を開いた。

イエスキリストは、荒野で40日断食して過ごした…か。
並の意志力じゃ、とても真似出来ない。
イエスキリストよ、あんたって凄いな…。

それにこのエピソードは、最後の日に悪魔が現れるって書いてる。
ま、悪魔なんて本当に出るわけないけど。
万が一悪魔が現れても、小冊子に書いてある通りの受け答えをすればいいしな…。

石をパンに変えてみろと言われたら、
人はパンのみで生きるわけじゃない、って。
あと、無傷で高い建物から飛び降りてみろって言われたら、
神を試すような真似はしてはいけない、と。
まぁ、実際に現れるわけないけど...。

そうそう、それなら帰ったらみんなに悪魔が現れたって言わなきゃ。
きっと、それが後世に伝わってそういうエピソードとして残るって事なんだろう。

そう考えると、実際に荒野で40日も過ごさなくてもよかったのか…?
弟子達に、昔荒野で40日断食した事があるって言えば。
まぁ、でもこうして過ごし始めちゃったし、もう今更遅いよな、はぁ…
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