17・最初の奇跡(2)

文字数 3,174文字

「イエス様、すごいですぅー!」
「ああ、これって奇跡だよ、奇跡!」
「イエスさんって、本当に不思議な力があるんだな!」
「イエスさま、すご-い!」
「…神に、祝福されてるんだ…」
「い、いや、まぁ、な」

弟子達が、俺の周りに集まって口々にすごいすごいと
俺のやった事を賞賛する。
ただ単に、蒸留酒の水割りを作っただけなんだけど…。

…それにしても、不思議だ。
実際のイエスキリストは、どうやって水をワインに変えたんだろう?
俺はこの時代にはない知識があるから、こうして周りには
奇跡に見えるような演出をする事ができる。
しかし、実際のイエスキリストはこの時代の人だから
もちろん蒸留の知識なんてないはずだ。

もしかしたら、本当に不思議な力の持ち主だったのかも知れない。
まぁ、その場にいなかった俺には、何とも言えない事だけど…。

「…イエス」
「ん?」

その時、母さんが話しかけてきた。

「最初に水がめに入れてたあれ、何?ふふ…」
「あ、そうそう!教えてよイエスー」
「不思議だよな-、その後に水入れたらワインになってさ」
「な、何でもないよ」

俺のやった事は、奇跡でも何でもない事を
母さんにだけは見破られてたのかも知れない。

「まぁいいわ。母さん嬉しいわよ?困ってる人の力になってあげて」
「あ、ああ、まあね」
「イエスさんは、救いの御子だからなー」
「イエス様、さすがですー」

まぁ、これも未来を救うためと考えればあまり良心も痛まない。
何せ、こうやって俺がイエスキリストのやった通りの事を演じなければ、
未来が暗黒に変わってしまうみたいだから…。

「皆さん、聞いてください!」
「ん?」

その時バルトロマイが、宴会場に響くような大声を出した。
宴会場にいた人たちの注目が、俺たちに集まる。

「こちらにおられる救いの御子、イエス先生が」

「たった今、何と、水をワインに変えられたのです!」
「お、おい、そんな大声で…」
「え?ほ、本当に?」
「ああ、本当だ。俺もこの目で見た」
「ああ、俺も。水がめに水を入れたら、それがワインになったんだ」

バルトロマイの言葉にザワザワ…とざわめく宴会場。

「イエス先生はその他にも見えないはずのものが見えたり、未来を予知できたり…」
「す、凄い人なんだな?」
「これは、バルトロマイも弟子になるわけだ」
「い、いや、別にそんなんじゃないっていうか…」

こうあからさまにほめられると、何だかとっても悪いような気がしてくる。
俺が出来る事と言ったら、
未来が暗黒になるかどうかわかるってぐらいなのに…。

「イエス先生、ぜひ皆様にお言葉をお聞かせください!」
「お、おいおい…」
「ええイエス様、ぜひ皆さんに!」
「イエスさま、がんばって-」

興奮した様子のバルトロマイに引っ張られ、
俺は式場の一番前に連れて行かれた。

「救いの御子だって?」
「ああ、世を救うための伝道をされてるんだそうだ」
「おお、これはありがたい言葉が聞けそうだぞ?」

会場中の注目が、俺に集まる。
一体、何を話したらいいんだ?
いつもやってるみたく、正しい信仰を広めるための説法を…。

…いや。
中途半端な知識に頼るのはやめて、自分の言葉で話そう。
母さんも聞いてるんだし。

「…えー、花嫁、花婿のお祝いの席に俺が役に立てて良かったです」

イエスキリストがどんな不思議な力を持っていたにしろ、
水をワインに変えたのは決して自分の力をひけらかすためじゃないはず。
きっと、二人の祝宴を守りたかったんだ。

「二人とも、とても仲が良さそうで。見ている俺も幸せな気持ちになります」
「まぁ」
「ふふっ…」
「愛は素晴らしいものです。人は愛なしに生きられませんから」

祝宴に集まった人たちは、俺の話にじっくりと耳を傾けている。

「俺も、色んな人から愛を受けて育ちました。父さんや、母さんや…」

「その愛が無ければ、俺はここにこうして立ってなかったかも」

そう。
俺が馬小屋に、赤ちゃんとして転生した時拾ってもらえなかったら。
そして、あのベツレヘムでの恐ろしい惨劇の時、
父さんと母さんが命がけで守ってくれなかったら…。

「愛する二人をお祝いできて、こんなにうれしい事はありません」

「今日は、本当におめでとうございます。二人とも、お幸せに…」
「ええ…」
「ありがとうございます。本当に助かりました」

そう言って話を締めくくると、会場からは大きな拍手と歓声が起こった。

「…はぁー、イエス様、素敵ですぅー」
「まーたうっとりして。もしかして、花嫁になった想像でもしてるー?」
「な、何ですか。アンデレだって」
「わ、私はそんな事ないよ?」

「ふー、緊張した…」
「イエス様ー、とっても素敵なお話でした!」
「あ、愛とか、ちょっと聞いててテレくさかったけどね」
「あ、ああ、オレも何かちょっとテレくさかった…」
「みんな、拍手してたよー」
「…いい話だった、イエスたん…」
「とっても良かったわよ、イエス」

話を終えた俺の周りに、母さんと弟子達が集まってくる。

「…やはり、イエス先生は私の運命の人のようですね」
「ん?」

その時、バルトロマイがこんな事を言い出した

「お義母さま。イエス先生と結婚を前提としたお付き合いを認めて頂きたく…」
「あらあら、まだ早いんじゃないかしら?相手はちゃんと選ばないと」
「な、な、何を言い出すんだ?」
「ぎゃーーっ!ちょ、ちょっとバルトロマイあなたーっ!」
「い、イエスは私達のもんなんだからな!」
「だ、だからお前はいきなりすぎるんだよ!」

「イエス様を狙う、この泥棒猫ーっ!」
「失礼ですね。正式なお付き合いの申し出をしただけですよ」

「…イエス様ー、ヒック、グスッ」
「あーあ、ペテロ泣いちゃった」
「イエスさまが泣かせたー」
「だ、大丈夫だって!付き合うとか考えてないから。だから泣き止んで」

「イエス先生、どうしても駄目ですか?」
「あ、ああ弟子なんだからバルトロマイは」
「わたし、諦めませんよ」
「だめーっ!」

聖書の小冊子にはイエスキリストが弟子と付き合ったなんて書いてないし。
余計な事をしたら、未来がどうなるか…。
まぁでも、俺がキリストの生涯をたどり終えて自由になった後なら?
いや、誰か一人選んだとしたら殺されそうだな。
いやいや、一夫多妻という手も…。

「イエス様、何をニヤニヤしてるんですかーっ!」
「そうだ、何か変な事考えてる顔だ!」
「これは、ちょっとこらしめてやろう!やるぞみんな!」
「おーっ!そーれ、引っ張れーっ!」
「ちょ、ちょっと待、いだだーっ、いだーっ!」

「あらあら、イエスったらモテるのね」
「…モテる男は、つらい…」
「イエス先生、私の運命の人…」

4人の弟子達に、思い切り両腕を引っ張られ。
にぎやかな宴会場に、俺の悲鳴が響き渡った…。











その夜、ナザレ――――





「今日の結婚式でね、イエスに会ったの」
「イエスに?元気でやってたか?」
「ええ。可愛らしい女の子のお弟子さんたちに囲まれてね。ふふっ…」
「何だ、あいつもやるもんだな」

「それで、祝宴の最中にワインが無くなりそうになって」
「へぇ、そりゃ大変だ。どうしたんだい?」
「そしたらイエスがね、水がめの水をワインに変えたのよ」
「み、水をワインに変えたって?へぇー…。凄いなイエスは」
「何だか、ちょっぴり怪しかったけどね。ふふ…」

「それでその後、イエスが皆の前で話をしたんだけど」
「イエスはどんな話をしたんだい?」
「愛の大切さについて。みんな感動してたわよ」
「ほぉー、立派にやってるじゃないかあいつも」

「ふぅ…。イエスが居た頃がなつかしいわね」
「そうだなあ…。やっぱり、寂しくなるもんだな」

「子供、できないかしらね」
「ん?もう男性は怖くなくなったのかいマリア?」
「ふふ…。そんなの、とっくに治ってるわよ。あなたのお陰で。ほらね」
「な、なんだい。手なんか握ってきて。てれ臭いな」

「ねぇ…。いつか、前にガブリエル様が言った通りにならないかしらね…」
「ああ…。きっとなるさ、マリア…」




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