11・ヤコブとヨハネ

文字数 3,285文字

「さーて、次は何すりゃいいんだっけ」
「イエス様、それ何です?何ですか?」
「なに読んでるの?見せて見せて!」
「何でもない、何でもないから。まとわりつかないでくれ、頼むから…」

スキあらば腕に抱きつこうとしたり、服のスソを掴もうとする二人を
俺は何とかいなしながら、聖書の小冊子の次のページを開く。
ペテロとアンデレの二人は幼い妹みたいに俺のする事に何でも興味を持って聞いて来る。
こんな子供っぽい二人が、これからの伝道の旅にどう力になるっていうんだ?
まぁ、弟子にしなければ未来が暗黒に変わってしまうみたいだから、
きっとそういう事なんだろうけど。

「えーと、そうそう。イエスは、ガリラヤ湖の港でヤコブとヨハネの兄弟を弟子に…」
「え?」
「ヤコブと、ヨハネ…?」


「やい!」
「ペテロに、アンデレー!」

また…。
俺たち3人の前に、いかにもな感じの美少女二人が現れた。
名前を聞くまでもなく、多分、この二人は、きっと…。

「あ、ヤコブにヨハネ」
「何か用ー?」

「何か用、じゃねーよ!」
「今日こそ、決着を付けに来たんだからねー」

やっぱりね…。
俺が弟子にする事になってる、ヤコブとヨハネの兄弟、いや姉妹だった。
何でこう、ことごとく…。
まぁ、わかりやすくて助かると言えば助かるんだけど…。

「オレ達とお前ら、どっちが魚を多く採るか勝負だ!」
「そう、どっちがいい漁師か、今日こそ決めるよー?」

二人とも、ペテロとアンデレとは対照的で、
黒い髪に茶色の肌。
しかし髪はショートのストレート。こちらでは珍しい。
ヤコブの瞳は黒、ヨハネは紫だ。

「むむむ…。ヤコブにヨハネ、私達の宿命のライバル…!」
「そーんなもん、私達の勝ちに決まってるもんねー」
「そーんな事ないさ。オレ達の勝ちに決まってるさ!なーヨハネ?」
「今まで、1479対1479で引き分けだよ。今日はヨハネ達が勝つけど」

…この二人は、ペテロとアンデレと昔からのライバル関係らしい。
しかし、1479対1479って…。
今までどれだけ争いあって来たんだ。

「ペテロ、アンデレ!お前ら今日こそ覚悟しろよ!」
「そー。ヨハネ達の方が、あんた達よりいい漁師なんだからねー?」
「むむっ…!ヤコブにヨハネ…!」
「へーへー」

ヤコブはアンデレをさらに活発にしたような感じで、
勝気な性格が伺える。
一方、ヨハネの方は無邪気な女の子といった感じだ。
ヨハネだけ他の3人より年下に見える。

「ま、まぁまぁ、仲良くしろよお前達、な?」
「むむむ…!」
「はーあ、勝負ねぇー。私達の勝ちに決まってるよそんなの」
「その鼻柱、へし折ってやるからな!」
「そうだ、そうだー!」

二組の間に、バチバチと火花が散る。
一発触発の空気が辺りに漂う。
ケンカされちゃ困る。
何せ、俺はヤコブとヨハネの二人も弟子にしなきゃならないんだから。
俺は、こんな険悪な二組をまとめて弟子にしなきゃなんないの…?

「…でも」
「ああ」
「ん?」
「なに?」

今すぐに取っ組み合いのケンカでも始まりそうな雰囲気の中。
ペテロとアンデレがこんな事を言い出した。

「その勝負、あなた達の勝ちでいいですよー」
「ああ。ガリラヤ湖1の漁師の座はお前達に譲ってやるよー」
「は!?勝負から逃げる気か!?」
「なんで?」

「だって、私達」
「もう、魚を捕る漁師じゃないもんねー」
「は…?」
「えー?どういうこと?」

「私達二人は、このお方…」
「イエスの、弟子になったんだもんねー!」
「わっ、だ、だから抱きつくなっての」

そう言ってペテロとアンデレが、二人で嬉しそうに俺の右腕に抱きつく。
まったく、油断もスキもありゃしない…。

「だ、だから二人とも…」
「これから、私達3人はイエス様と人々を救う伝道の旅に出るんですー」
「もう、お前達に構ってる場合じゃないもんねー。べーだ」
「は…?」
「人々を、救う旅?」

俺が二人を引っぺがそうと躍起になっている所に、
ヤコブが質問してきた。

「おい兄ちゃん。あんた何者?」
「あ、俺?俺はナザレのイエス、伝道の旅をしてる…こらペテロ、アンデレ!全く…」
「うふふ…。イエス様ー」
「いいだろー。私達は、この人の弟子に選ばれたんだー」

ヤコブとペテロを弟子にしないと、きっと未来が暗黒に変わっちまうのに。
そんな事お構いなしに、ペテロとアンデレは腕にしがみついて離さない。
このままじゃ、まともに話なんて出来やしない。

「この方は、世の人々を救う救いの御子なんですよー」
「そうだぞー。凄いんだぞ?小さかったのに、司祭様と対等に議論してさー」
「…お、おい、オレにも詳しく聞かせろよ、その話」
「ヨハネも、聞きたい!」
「だから、ちょっと離してくれ二人とも、頼むから、な?」

ペテロとアンデレが、二人に見せびらかすように俺の右腕にしがみつく。
俺は二人の頭をぐいぐい押して何とか押しのけようとするが、
まるで効果がない。

「私達は、これからこのお方と人々を救う伝道の旅に出るんですー」
「もう、勝負なんてどうでもいいもんねー。どーだ、羨ましいだろー」
「ぐ、ぐぐ…!」
「むぅー…!」
「だ、だから、仲良くしてくれないと困るんだって!ほんっとーに…」

この二人と来たら、これから共に旅に出なくちゃならない二人を
こんなに挑発して。
もし、ヤコブとヨハネが怒って帰ってしまったら…。

「いいから一旦離そう、な?俺はこれからこの二人と大事な話がさ…」
「私達は、救いの御子イエス様の弟子なんですよー!」
「私達、人を捕る漁師だもんねー。ただの漁師のお前達とは違ってさ」
「ぎぎぎ…!」
「むぅーっ!」
「た、頼むから、な?ほら、ケンカはやめて…」

その時ヤコブの瞳に、対抗意識の炎がメラメラメラッと
危険なまでに燃え上がったのが見えたような気がした。

「だから、ペテロ、アンデレ、二人とも!話をさせて…」
「さー、人々を救う伝道の旅に出発ですぅー!」
「お前達は、せいぜい船底にたまった水アカでも掬ってな、じゃーねー」
「待てっ!」

その時、ヤコブが鋭い声をあげた。

「…決めた」
「へ?」

「オレも、この人の弟子になる!」
「あ、ヨハネもー!」
「ちょ、ちょっと、うわっ!」

今度は俺の左腕に、ヤコブとヨハネの姉妹が飛びついてきた。

「ペテロにアンデレ!お前達だけにいい格好はさせないからなーっ!」
「そうだよ!」
「く、くぅーっ、二人とも、離してくださーい!」
「い、イエスは私達の物なんだからなーっ!」
「ちょーっと!ストップ、いいからお前ら落ち着け、引っ張んないで!」

右腕にペテロとアンデレ、左腕にヤコブとヨハネ。
両手に12使徒。
二組とも少しでも俺を自分達の方に引き寄せようと、
腕を思いっきり引っ張るもんだからたまらない。

「やめーっ!ちょ、ちょっと腕もげる、もげるって!ちょっ、マジで!」
「イエス様は渡しませーん!」
「そうだよ!イエス何してんのさ、早くあの二人を追っ払ってよ!」
「この人にはお前らなんかより、絶対オレ達の方がふさわしいに決まってるんだからな!」
「そうだよ!おーえす、おーえす!」

「ヤコブにヨハネ。仕事はどうした?その人は?」

綱引き大会みたくなってる所に、
ヤコブとヨハネの父親らしき人が現れた。

「あ、ど、どうも初めまして、ヤコブとヨハネのお父さ…いでーっ!」
「あ、親父!この人救いの御子のイエスさん!オレ、この人の弟子になるから!」
「ヨハネも!」

「…ああそうか。じゃあイエスさん、二人を宜しくお願いします。それじゃ」
「あ、よ、宜しく…って、えーっ!?」

お父さん、物分かりがいいなんて物じゃない。
そ、それよりかお父さん、ヤコブとヨハネの二人をな、何とかして…。
で、でないと…いだーっ!


…おお、神よ。
なぜに、あなたは俺にこの様な試練を与えたもう…。


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