21・カペナウムの会堂

文字数 3,698文字

「皆が神の教えにそむくと、本当に大変な事が起こるんですねー」
「国が滅んじゃったりするのも本当なんだ…」
「ああ。ただの言い伝えじゃないんだ」

数日後。
俺はガリラヤ湖近辺のカペナウムという町にある会堂に向かっていた。
カペナウムは大きな町で、人もたくさん要るし俺は活動の拠点をここに移すことにした。

「イエスさんは、みんなが神にそむけばどうなるかはっきりわかるんだね?」
「未来が見えるんだよねー?」
「ああ、その通り。それをみんなに伝えないと」

今日、町の会堂で俺が話をするという事を宣伝してある。
どのくらいの人が集まってくれるだろう。

「…イエスたん、さすが救いの御子だね…」
「人々を悪からお救いになろうとするイエス先生、素敵…」
「い、いやそんなカッコいい物じゃないんだけど」

妙な立場に立たされているという事をふと思う。
前いた世界では、キリスト教なんてよく知らず興味もなかったのに。
そんな俺がキリスト教を広めるのに失敗すれば、未来の世界がとんでもない事に。

熱心なキリスト教の信者の人を見つけて、代わりに広めて貰おうか…なんて、
俺が広めなきゃこの世界にキリスト教自体が存在しないんだ。
キリスト教を広める頼りになるのは、薄い聖書の小冊子だけか…。

「あ、あそこですね。け、けっこう人が集まってますよイエス様」
「イエス、緊張してこない?大丈夫?」
「あ、ああ。野菜か何かと思えば平気さ」

そんな事を考えているうち、今日話をする予定の会堂が見えてきた。

「よーしイエスさん、いつもの調子でバーンと一丁!」
「そうだよ、いいお話聞かせてあげてー?」
「わかってる、任せとけ」

何やら不思議な力を持つという噂の俺が話しをするという事で、
会堂の中にはざっと2~300人の人が詰めかけていた。
け、けっこう集まってるな。

「…あんなたくさん人がいるのに、平気ってすごい…」
「ええ、堂々としてらっしゃって。さすがはイエス先生」
「何てことないさ」

なーに、200人や300人ぐらい。
何せ、俺はそのうち1万人の信者を…。

「…」
「あれ?イエス様何をされてるんですか?」
「手のひらに指で何か書いて飲んでるフリ?それ何?」
「イエスさん神に祈りでも捧げてるの?」

や、やっぱりこんだけ人が集まってると緊張する…。
手のひらに人と書いてそれを飲むフリをする。
昔聞いた、緊張がほぐれるというおまじないをしてから俺は会堂の聴衆の前に立った。


「…えー、今日はお集まり頂いてありがとうございます。ナザレのイエスです」

俺は集まった人達に向かって、モレク教やその他の異教がいかに危険なものか語り始めた。

「異教がどんな危険をもたらすのか、皆さんにぜひ知って貰いたいんです」

聴衆はみんな、俺の話しに真剣に耳を傾けてくれている。

「異教に誘いこまれてしまえば、やがてあなたは殺人、姦淫を抵抗なくするようになります」

「そして、周りの人達がそんな人だらけになってしまったら…。大変な事になります」

聴衆は大きくうなずいてくれている。
やっぱり、そうだよな。安心して暮らせない世の中なんて誰だって嫌だ。

「異教が広まってしまったら、どうなるか。そうなればあちこちで暴力や殺人が毎日のように…」

「そんな未来が、俺にははっきりと見えるんです」

ドヨ…とどよめく堂内の人。
みんな、俺が不思議な力で未来を予知できると信じているから説得力は抜群だ。
まぁ、俺が未来が見えるというのはある意味本当なんだけど。

「例えば…。生贄の儀式を行う宗教が長く支配した国がありました」

俺はふと、俺のいた時代心臓を神に捧げる生贄の儀式が
長らく行われていた地域を思い出した。
あそこは今現在、犯罪が横行し結構な荒れっぷりで…。

「そこは生贄の習慣がなくなった後も犯罪が多く、人の命が軽くて…。もしかして儀式の影響かも」

聴衆はみな、静かに俺の話に聞き入っている。

「神は、皆さんを愛されそんな苦しみに満ちた世にならないよう教えを授けたんだと思います」

「その教えにそむき、作物がよく実るからと異教を信じてはいけません」

この時代の人に伝わるように、わかりやすく。

「それに神にそむけば罰があります、皆さんを滅ぼす異教は一掃されなくてはならないのです!」
「そうだそうだ!」
「その通り!おお神よ、我らを守りたまえ…」
「悪を広める異教を許すな!」

聴衆からは大きな歓声が上がった。

「イエス様、さすがですぅー!」
「イエスの言ってる事に、みんな共感してるよ」
「難しいこと言わないからな、イエスさんは」
「イエスさま、いい話だったー」
「…みんなに伝わったみたいだね…」
「イエス先生、素晴らしいお話です」

何とか、上手く話せたみたいだ。
ふぅ、緊張して噛んだりしなくって良かった…。

「…ふん、ナザレのイエスよ!」
「ん?」

その時、聴衆の中から一人の男が声を上げた。
その男は俺に向かって、敵意むき出しといった感じでこう言う。

「お前のそんな話、俺らに一体何の関係があるってんだ?」
「な、何ですってぇー!?」
「何だよ!イエスはなー、みんなを救うために…」
「お前こそ、関係ないだろ!」
「まぁまぁ、待てみんな…」

俺はいきり立つ弟子達をなだめ静めると、男は話を続けた。

「ナザレのイエス、お前こそ我らを滅ぼしに来たんだろう。お前が何者なのかちゃんと知ってる!」

ザワザワ…と会堂の聴衆がざわめく。

「お前は神の手先だ、俺らに罰を与えようとしてるんだろう!」
「い、イエス様ー!」
「あの人、黙らせようよ!」

ドヨドヨ…と会堂の中にどよめきが起こる。
不思議な力を持つと噂される俺だ、そう言われて怖がる人だって居るだろう。
けど、聖書の小冊子にはちゃーんとこの男の正体が書かれている。

「…黙れ!モレクの悪霊よ、この男から出ていけ!」
「な、なっ!?」
「えっ?い、イエス様、あの人悪霊に取り付かれてるんですか?」
「あの男、モレクの信者って事…?」
「な、何でわかるの?」

ザワッと一瞬ざわめきが起こり、その後会場中がシーンとなった。
会堂中の注目が、男に集まる。
実際モレクの信徒だったらしい男は、いい当てられたのがよほどショックだったのか
体が硬直し、やがて手足がガタガタと震えだした。
そして…。

「う、うるさい、このエセ教祖が!お前はその内、大変な目にあうぞ!」

俺を指差し、大声で罵声をわめきながら
その男は肩をいからせ会堂から出ていった。

「こ、これは何事なんだ…」
「たぶん、あの男に取り付いたモレクの悪霊に命令したんだよ」
「悪霊に命令できるなんて、すごい人なんだな…」

会堂じゅうの人がザワザワ…とざわめく。
俺が神秘的な力で男に取り付いた悪霊に命じ正体を暴かせた…と
そう解釈されたようだった。
まぁ…あえてそのままにしておこうか…。

「皆さん、モレクはこっそり忍び寄ってきます。どうか気をつけてください」
「ああ、そうだ!」
「モレク教徒の言葉に、耳なんか貸さないぞ!」
「主よ、我らと共にあらん事を!」

会場からは、大きな歓声と拍手が起こった。
どうやら、みんな理解を示してくれたようだった。

「ふぅ…」
「イエス様、モレク教徒って恐ろしいんですね…」
「うん、どこに潜んでるかわからないし」
「イエスさん、もしかして色んな嫌がらせしてくるかもよ?」

壇上から降りた俺の周りに、弟子達が心配そうに集まってくる。
そうだ。モレク教徒が何かしてこないよう、
弟子達も信頼できる信者達と常に団体で行動してもらって…。

「ああ、何て恐ろしい…」
「ん?」

その時、怯えた様子でバルトロマイが寄ってきた。

「イエス先生、恐ろしすぎて震えが止まりません、わたしを抱きしめて…」
「お、おいおい?」
「ぎゃーーっ!?バルトロマイ、あなた何をーーっ!?」
「お前、絶対そんな怖がってないだろ!」
「白々しいな、イエスさんから離れろ!」

バルトロマイが俺に寄りかかってくる。
そ、そんなに怖かったか?
まぁ、言うとおりにみんなの前で抱きしめたりなんかしたら、
その後血の雨が降るんだろうけど…。

「イエス様から離れなさーい、このーっ!」
「お前はほんとに、ちょっと何かあればすぐに!」
「ああその根性だけは認めてやるけど!ほら離れろ!」
「ああイエス先生、わたしとっても恐ろしい…」
「ま、まぁまぁ…」

ペテロ、アンデレ、ヤコブの3人が俺からバルトロマイを引っぺがす。
まぁ、弟子達が怖さで萎縮してなくてちょっと安心したけど…。

「はぁっ、はぁ…」
「そうそう、こんな事してないで。イエス、今日は早めに帰っていい?」
「ん?どうした?」

その時、アンデレがこう言い出した。

「ちょっと、姑さんが熱出してて…」
「あ、そ、そうですね、だから看病しなきゃで…」
「ん?姑さんが?」
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