41・訪れたその時

文字数 2,833文字

俺は…
やり過ぎてしまった。




「ナザレのイエス!お前には、ローマへの反乱の疑いがかけられている!」


カペナウムの町の入り口に、武装した複数の兵士が押しかけ
呼び出された俺の前で、大声で罪状を読み上げている。


「エルサレムの裁判所に、出廷を命じる!もし逃亡した場合は」

「罪を認めたものとみなし、全ローマおよびその植民地にお前を手配をする!逃げようと思うな!」

ザワザワ…と、俺の周りに集まった町の数十人ばかりの人々がざわめく。

こうなって、しまったか…。
こうなる運命を回避しようと、あれこれ考えて必死に頑張ったのに。

俺は、この時代の人々の意識を変えようと、布教活動に力を入れすぎた。
その結果人々は熱狂し、たくさんの町や村の人々が信者に加わって。

けど…。あまりに信者が増え。また俺の言う事に人々が熱狂するので
それを見て自分達の権威が損なわれる事を恐れたパリサイ派の連中に、
俺は人々を煽動しローマに反乱する意思があると通告されてしまった。
参ったな…。歴史の通りじゃないか。

…もしかして。
あいつは、あのモレクの司祭はこうなる事を全て予測して…くそっ!

「イ、イエス様…」
「い、イエスは、何も悪い事なんかしてないぞ!」
「そうだそうだ!」
「あっちいけー!」
「みんな、落ち着いて。大丈夫だから…」

俺は周りに寄り添う弟子達をなだめ、そして小冊子を開いた。
イエスキリストが、十字架にかけられるエピソード。
もし逃げたら、と考えたその瞬間、記述が変わってモレク教の支配する未来が現れ…。

はは…
やっぱり。
人々に、根付かせる事が出来てないか…。

人を慈しみ。
どんなに誘惑的でも、決して異教の神の儀式に参加してはいけない。

本物のイエスキリストだって、
十字架にかかる事によってようやっと皆は目覚めたと言えるんだ。
まして俺なんかが、話だけで人々を変えられるわけなかったんだ。
いくら、人々を熱狂させても…

「イエス様、どうしましょう…?」

ペテロが、不安そうな顔をして俺に尋ねる。
そうだ、こうなった以上布教を続けても逆効果。
父さんと母さんにも危険が及ぶかもしれない、
ナザレよりもこっちの方が安全だろうから、生まれてくる子のためにも移ってもらって…

「イエス、追い払っちゃいなよ!」
「そうだ!イエスさんの奇跡で!」
「お前達、覚悟するでありますよ!」
「まぁまぁ、待て…」

俺は、とりあえず町の入り口に押しかけた兵士達に行った。

「少し、時間を下さい」
「時間、だと?」
「ええ。まさか、今すぐ連れて来いと言われてるわけではないでしょう?」
「…」

今すぐ連行しろと言われていたなら、問答無用で俺を連れて行ことするはず。
そうなると、俺の多くの信者が怒りに燃え…そういう事態は避けたいはずだ。
兵士達は、何やら話し合っている様子だった。

「…では2週間だ。もし期限を過ぎるようだったら、強制的に連行するからな」

そう言い残すと、兵士達は引き上げていった。

「イエスさん…」
「イエス先生…」
「何でや、間違うとるわこんなん!」
「イエスしゃーん…」
「イェース様…」

弟子達が、
不安そうに俺の周りに集まって来る。

はぁー…どうすっか…
逃げるか?みんなを連れてローマの力が及ばない、例えばインド辺りに。
そこで後の歴史にあるように、世界に先駆けて胡椒や紅茶の貿易でも始めれば。
きっと俺は古代史に名を残すぐらい、大金持ちに…

それとも。
信者全員に今の時代にまだ存在してない全金属の鎧兜、
あるいは強力なクロスボウなんかで武装させて。
パリサイ派の一派を攻め滅ぼし、そしてローマにまで攻めのぼって…

「イエス様…?」

心配そうなペテロの声で、俺はハッと我に返った。
いけないいけない、現実逃避なんてしてちゃ。

「みんな、とりあえず布教はここまでだ。今までよく頑張ってくれた」
「いえ…」
「それで、どうするのイエス?」
「ちょっと…考えさせてくれ。みんな、今日はここまでだ」
「…イエスたん…」
「イエッさん!」

俺は、弟子達に解散を告げると、
一人家に篭った。


「はぁ…」

床にへたり込んで、壁によりかかり。
天井を見上げる。
何だか頭がホワホワして、実感が沸いてこない。

どうして、こうなった…。
人殺を広める異教が広がれば、世の中はめちゃめちゃになる。
そんな、当たり前の常識を人々に植えつける。
したのは、ただそれだけの事なのに。

モーゼの時代から、神はずっと言ってきたじゃないか。
人を労わって。異教に魂を売ってはいけないって。
世の中が平和に、皆が平和に生きていくための道を示したんだ。

正しい者にも、正しくない者にだって、
神は平等に雨を降らすように、皆に、パリサイ派にだって示して。
その神を、信じられないのか?

…そうなんだろう。
俺も…。神の姿を見た事もないし、声も聞こえない。
そして…。前に皆の中に見たような気がした神の姿も、いつか見えなくなってて…

「…I want Know」

ふと、未来に居た頃、
ラジオで何回か聞いて気に入っていた曲のフレーズが口から出た。
外国の、雨を見たことあるかいとか、そんなタイトルの…

「…have you ever seen the rain」

知りたいんだ。雨を見たことがあるかい…?

「…I want Know,have you ever seen the rain」

その部分を、無意識にくり返す内。
そうしている内に、何だかだんだん泣けてきて…





次の日。

「イエス様、しばらく一人で…?」
「ああ、ナザレに行って、父さんと母さんをこっちに連れて来たり、色々…」
「イエス、私達ついてかなくて大丈夫?」
「大丈夫。たぶん、ここが一番安全だろうし」

俺はとりあえず、今出来る事をしてしまおうと思った。
これからどうするか、一人でじっくり考える時間も欲しいし。

「3日か4日ぐらい、留守にするから…」
「はい…」
「それじゃみんな、宜しく頼む」
「あ、あの」
「イエスさま…」
「イェース様…」

出発する俺に、
弟子達が何か言いたそうな顔をする。

「大丈夫、必ず帰ってくるから。置いてったりしないって」
「は、はい」
「そ、そうだよな。イエスさんがオレ達を置いていくわけないもんな?」
「皆さん、イエス先生の留守をしっかり守りましょう」
「そうでありますね!」

弟子達も不安なんだろう。
俺が、しっかりしなくちゃな。

「それじゃ、行ってくる」
「ええ、お気をつけてイエス様…」
「…留守は任せて…」
「行ってらっしゃいなのだ!」
「気ーつけてな、イエッさん!」

俺は、カペナウムを出発しナザレへと向かった。
これからどうするか悩み、決心がつかないまま…。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み