44・エルサレムへ

文字数 3,113文字

「皆さん。俺は裁判を受けるためにエルサレムへと向かおうと思います」


俺は、町の人達を集め
皆に裁判を受ける積もりである事を説明していた。
俺の言った言葉でザワザワ…とざわめく人々。

「安心して下さい。俺は何も悪い事をしてない事を証明しに行くだけですから」

そう言っても、人々のざわめきは止まらなかった。
そうだよなー…。
普段からパリサイ派と俺が対立し、色々やり合ってきた事はみんな知っている。
当然、無事に済むはずがないのは皆も薄々わかっているんだろう。

「ですから決して、ローマやパリサイ派に対立するような事をしてはいけません」

「さもなければ皆さんが危険に…」

「そんな…救いの御子様!」
「我々が力を合わせて、ローマやパリサイ派なんて追い払ってやりますよ!」
「そうです、我々はローマなんて怖くないぞ!」

口々に、ローマ、パリサイ派への反抗の意思を表す人々。
けれど、そんな事をさせるわけには行かない。
全面的な衝突が起こったら、きっと多くの死者が出てしまう。

「皆さん、安心して下さい。もし万が一、俺が死刑になったとしても…」

「3日後に復活します。必ず」

「御子様…」
「まぁ、御子様が仰るなら…」
「そう仰るなら、きっとそうなんでしょうけど…」

こう言うと、皆、不承不承納得してくれたようだ。
俺が奇跡的な力を持つと皆思っているから、
ローマに無闇に立ち向かおうとする人々を何とか治められたようだった。

「どうか、ご無事に済みますように…」
「神にお祈りしております、救いの御子様」
「しかしパリサイ派もローマも、何と横暴な」

そして、俺を心配する人々の中にいるある人物に俺は目をつけた。
以前から話を聞きにくる人々の中に、ちょくちょく見かけていた
俺そっくりの男。


「ちょっと…」
「え?」

人々が解散した時に、俺はその男に話しかけた。

「お願いがあるんです。もし俺が…」
「え?ええ…」

これで、小冊子にあるエピソードの一部の準備はよし。
けれど、あとはどうすれば?
人々が、俺が復活したとそう認識するようにするためには、
どうしたらいいんだ…?


「うーん…どうすれば…」
「イエス…。本当に、エルサレムに行く気なのかい?」
「そうよ、きっと危ない目に…」
「ん?大丈夫だって、父さん母さん。俺の潔白を証明しに行くだけだから」

俺の家に仮住まいしている、父さんと母さんの前でのこと。
俺は、二人の前ではなるべく深刻な表情をしないようにしていた。
特に、母さんはそろそろ子供が生まれそうだし…。

「それに、昔に3人の不思議な人達にも祝福された救いの御子って言われたんでしょ?」

「俺が万が一死んだとしても、復活するって」
「いや、でもなぁ」
「とっても心配してるんだから、私達」

「まぁまぁ、気にしない気にしない。母さん、心配しすぎはお腹の子供に障るよ?」
「もう…」
「まぁ…。でも、イエスが決めたんだからな。それじゃ私達もイエスの無事を信じよう」

本当に、父さんと母さんには世話になった。
まるで俺を本当の子供のように愛情を注ぎ、育ててくれて。
きっと、生まれて来る子供も愛情を一杯受けて…。

…ん?
そうか、生まれてくる子…
じゃ、早速母さんにお願いして。

…いや。
きっと、そんな事お願いしなくても大丈夫だろう。
そうなるように動けば、その通りに収束していく、歴史の収束力。
信じよう。
俺が何も言わなくたって、母さんは、きっと…







「それじゃ皆さん、行ってきます…」

「本当に、無事に帰ってきて下さいよ…?」
「我々は、信じて待ってますから」
「おお神よ、救いの御子さまにどうかご加護を…」

そして、とうとうエルサレムへと向けて出発する日がやってきた。

「あと、くれぐれも皆さん、ローマやパリサイ派と衝突しないよう頼みます」

「はい、それが御子様の仰る事でしたら」
「必ず…必ず、ご無事で帰ってきて下さいよ!」

町の入り口に、大勢の人が俺を見送りに詰め掛ける。
皆、心から俺の事を案じている。
こんなにいい人達に以前、怒りにまかせて皆にハデスにまで下ると言った事に
俺は少し罪悪感を感じていた。

「イエス…」
「イエス、気をつけるのよ?」

父さんと、そろそろ子供の生まれそうな母さんが
俺を見送る。

「大丈夫、心配しないでよ父さんと母さん」
「…そうだよな。待ってるよ、イエス」
「絶対、無事で帰ってくるのよ?」

「うん、わかってるって!」
「イエス…」
「本当に…気をつけるのよ、イエス」

俺は、別れの挨拶変わりに二人をぎゅっと抱きしめた。
…父さん、母さん、今までありがとう。
二人とも、元気で…。

「それと、ヤコブのお母さんと皆さん、母さんをお願いします」
「あいよー、任せといてよ!こう見えても何人も生んでるからね!」
「お産は初めて?大丈夫、私達に任せて」
「元気な赤ちゃんが生まれるといいわね」
「え、ええ、ありがとうございます、皆さん」

ヤコブのお母さんや、
その他町の人達に出産間近の母さんの世話を頼む。
こうしておけば安心できる。


「…よし、みんな行くぞ」
「はい…」
「…いよいよだね…イエス」
「イエスさん、考え直し…ううん、決めたんだ。イエスさんを信じてついて行くって」
「…そうだよ。ヨハネも!」

俺は弟子達に声をかけ、ナザレの町を出発しようとした。
その時。

「…あの!」
「ん」

俺を見送る群衆の中から、一人の青年が飛び出してきた。

「先生、先生のように永遠の命を得るにはどんなよい事をすればいいのでしょう?」

どうやら、俺が死んでも3日後に復活すると皆に言っているから
その方法を教えて欲しいという事らしい。
ああ、これも小冊子に書いてあったな…。
俺はその人に答えた。

「なぜ、よい事について俺に尋ねるのです。よい方は神の他に居ません」

「するべき事は、あなたも知っての通りです。姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証を立てるな」

「そして、お父さんとお母さんを敬いなさい…」

俺がそう言っても、若者は不満そうだった。
どうやら、質問をはぐらかされたと思っているらしい。

…けれど、これこそが大切な事なんだ。
時として、守るのに命を賭けなきゃならないぐらいに…。

「…そして、自分を愛するように、隣人を愛しなさい」

「先生、それらはみな守って来ました。あと、他には…?」

ふぅ…。そうだよな。
ピンと来なくっても、仕方ないよな…。
こんな…。当たり前で、未来では誰もが持ってて当然の常識。

「では」

俺は続けた。

「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い」

「貧しい人々に施しなさい。そうすれば天に宝を持つようになるでしょう」

「そして、俺に従って来なさい」

俺がそう言うと、青年は酷く悩んだ様子だった。
身なりからして、それなりに裕福なのがわかる。
そして…

「はー…。とても無理な相談です。失礼しました…」

そう言って青年は悲しそうに去って行った。


「…さて。行こうか」

その青年の背中を見送って。
俺は弟子達にそう言い、
それから詰め掛けた町の皆に向き直った。


「それじゃ皆さん、行ってきます」

「必ず無事で帰って来て下さいよ!」
「神に祈り、お待ちしております…」
「パリサイ派なんかに負けるな!」
「応援してますからね、救いの御子様!」
「おお神よ、救いの御子様にどうかご加護を…」
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