61・エピローグ

文字数 6,588文字

チーーーッ…  





チーーーッ…








…はっ!?






こ、ここは…?





お、俺…。たしかに十字架につけられて。
それで、その上で人々に見送られながら意識が消えて、その後…?

俺は、寝かされているベッドを見た。
それは清潔で感触のいいシーツが敷かれた、現代のもので…

ど、どうなってるんだ…。
腕に管が繋がっている。
頭が混乱する。
その時、白衣を着た看護師さんらしき人が俺の視界に飛び込んできた。

「井ノ須さん?井ノ須さん、目が覚められました?わかりますか?」

状況がわからないまま、
俺はその呼びかけに答える。

「は、はい…」

俺が答えると、
その看護師さんは部屋を出ていった。

ここは…病院?
俺、古代イスラエルにキリストとして転生して、そこで死んだんじゃ…

「うっ!」

体を動かそうとした瞬間、あちこちが痛む。
頭には包帯が巻かれ、それから胸や、体中に。
その時、さっきの看護師さんと共に医者らしい人が部屋に入ってきた。

「井ノ須さん。自分の名前をフルネームで言えますか?」

その医者らしい人が、
俺に尋ねる。

「は、はい、井ノ須桐人です…」

この名前を言うのも、
ずいぶん久しぶりのような気がする。

「頭がボヤッとしたり、吐き気がしたりはしませんか?」
「いえ、特に…」
「意識は正常、と」

その他にもペンライトの光を目に当てられたり、
簡単な足し算引き算の質問をされたり。

「うん、大丈夫なようですね。じゃ家族の方に連絡を」
「はい」
「あの」

状況がまるで掴めないまま、何だか事が事務的に進んでいく。
俺は思わずその医者と看護師に聞いた。

「ここはどこですか?俺、一体どうしてここに」
「ああ」

その医者は、
今気付いたかのように言った。

「ここは○○医院です。君は下校中車に轢かれて、ここに運び込まれたんですよ」

そう言われた時に、
思い出がフラッシュバックのように蘇った。
…そうか。
聖書の小冊子を受け取ったあの時、車に轢かれた俺は今まで意識不明で…。

「俺、何日ぐらい眠ってたんですか?」
「えーと…。今日で4日目になりますね。いやー井ノ須さん、意識が戻って本当に良かった」

そうか、俺、4日も眠ってて…。
きっと父さんと母さんも、随分心配して…

と、ひと安心した時に。
俺は不意に思い当たった。

「そ、そうだ未来!未来は…いっ、つう…!」
「井ノ須さん井ノ須さん、無理に動かないように。怪我がまだ良くなってませんから」

慌ててベッドから飛び起きようとした俺の体中に、
激痛が走った。
けど確かめなきゃ、歴史は、未来は無事なのか…!

「あの、荷物、俺の荷物は」
「ああ、はいはいこちらに」

ベッド近くの椅子の上に置かれていた俺のバッグ。
俺はそれを渡されるとひったくるようにして受け取って、
大慌てで中を引っかき回す。

確か、確かここにしまったはず。
あの、聖書の小冊子…あった!

「…イエスキリストは、馬小屋で生まれて。それから」

必死な様子で聖書の小冊子のページをパラパラとめくる俺を、
医者も看護師もあっけに取られて眺めている。

「そして…。復活した、イエスキリストは」

「天に、昇っていかれたのでした…!」

や、やった…
どこも、変わってない。
聖書の小冊子の記述は、そのまま…!

守られたんだ。
未来は。その、本来あるままに。

「よ、良かった…。うっ…」

思わず、目から熱いものが溢れる。
俺は、その聖書の小冊子を抱きしめるようにして胸に抱いた。

「うっ…うっ、うっ…」

















それから、病院から連絡があって家から飛んできた父さん母さんに
涙ながらに抱きつかれたり、少ないながらも何人かいる友達に連絡したら
病院まで直接来てくれたり。

そんなこんながあって次の日。
まだ怪我は全快してないけれど、俺は退院して家に帰った。

久しぶりの、自分の部屋。
いや、5日ぶりなのか?い、いや、どうなんだ…?

ま、まぁとにかく。
俺はイスに座って、自分の身に起こった事を思い返していた。


あれは、全部夢だったんだろうか…?
…いや、きっとそうじゃない。
なぜなら、俺は車に轢かれる前は全然キリスト教の知識なんてなかったし。

それが今じゃ、あんまり細かい所は無理だけど、
聖書の大体の所は頭に入っている。
それに殴られた時なんかのリアルな痛みは、体感として今もしっかり残ってる。

気になった俺は、退院する際に
図書館に寄ってちゃんとした聖書を借りてみた。

実際の聖書を読んでみると、俺が実際経験したといえるエピソードも
細かい所が違って載っていたり、それに俺が知らないのもたくさん載っている。
例えばパンと魚の奇跡をイエスキリストは2回起こした事になっているけど、
俺は、やったと言えるかどうかわからないけど1回しか再現してないし…。

それに、
マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書は内容がほぼ同じだけれど
ヨハネの福音書は全くといっていいほど俺の経験した事とは違う事が書いてある。

これは、一体どういう事なんだろう。
もしかして、復活した方のイエスキリスト、俺の予想が正しかったら
ヨセフ父さんとマリア母さんの間に生まれた子は本当に奇跡的な力を持っていて。
そしてまた、聖書にある通り伝道の旅に出たんだろうか…?

そして恐らく、向こうのみんなも復活したイエスキリストの成長を待って、
再びつき従って。
そうなると、たぶん復活したイエスキリストが成人する頃には、
12使徒はみんなもう30は超えてるだろうけど…

もしかして、奇跡的な記述の多いヨハネの福音書は
復活した方のイエスキリストのエピソードが中心になっているのかも知れない。

…いや。そう考えると、
俺が必死になって再現しようと頑張ったあの数々のエピソードも、
復活した方のイエスキリストが行った事が書いてあるのか?
いや、どうなんだ…?

結局の所。実際はどんな事があったかなんて、
現代に生きる俺たちに本当の事は知りようがないのかも知れない。

それから、12使徒達があれからどうなったのかもネットで調べてみた。
ペテロはローマに布教に赴き、最後はそこで逆さ磔に。
アンデレ、ヤコブ、ヨハネその他も、同じように各地に布教に赴き磔にされ…

あまりの凄惨さに、俺は途中で調べられなくなった。
俺が…俺が彼女達を弟子に誘ったから、みんなこんな末路を…?

…いや。きっとそうじゃない。大丈夫。
きっと、みんなは向こうの世界で幸せに暮らしたんだ。
各地に布教に向かって殉教していったのは、
復活した方のイエスキリストが弟子にした人物なんだ。

だって、イエスキリストがペテロとアンデレや、
ヤコブとヨハネを弟子にする下りは二人の姉妹じゃなくて兄弟、となってるし。
ネットで見た12使徒の絵なんかも男だったし。そうだ。きっとそうなんだ。
…頼む、そうであってくれ。

一息ついて、俺はオレンジジュースを飲んだ。
ぶどうジュースの方が良かったかな、
向こうで復活するまでぶどうから作られた物は飲まないって言ってたし。
まぁ、いいか。俺は本物じゃないし…

はぁ…。ワインとは名ばかりで、酸っぱくなったのを水で割ったのしか
なかったようなあの世界で生きる弟子達。
その子達に、このオレンジジュースでも飲ませてあげれたら、どんなに喜んだか…
そんな事考えたって、仕方ないけど。

…そうだ。それと、あのモレクの司祭。
無意識に、あいつは俺と同じ時代の人間の感覚でいたけれど。

けど、もしそうじゃなかったら…?
もしかして、あいつは俺より未来から来た人間で。
そして、未来ではあんな考え方をする人間ばかりになっていたら…?

そう考えると、
未来はそう明るいものではないのかも知れなかった。

はぁ、それにしても十字架にかかった時はキツかった…。
けど、思い返して見ると最後は不思議とそうでもなかった気がする。
もしかして、最後の最後に神様が少しだけ力を貸してくれたのかも知れないな…

あんなに不思議な経験だったけれど。
それでも、やっぱり科学とかで説明がつく現象なんだろうか。

どうなんだろう。
まぁ、姿や存在をはっきり見たわけじゃないけれど…。
それでも、やっぱり神って本当に存在するのかも知れないな。
いや、どうなんだろうな…

そうそう、聖ペテロや、その他の使徒の墓ってあるんだっけ。
それじゃ、いつかそこに行ったら。
オレンジジュースでも捧げて…
…けど、それがあのみんなの墓なのかかわからないしな。

はぁ、頭がこんがらがる…
結局、聖書に書いてある事がどういう形で出来上がったのかを
正確に知る事は、現在では不可能なのかも知れなかった。

その夜。






「みんな。イエス様は、仰っていた通り復活されましたね…」
「うん、イエスの言う通りだったね…」
「たしかに。凄いよなー、イエスさん」
「そうだねー…」

「きっと、イエス様が大きく成長されたら、また同じように人々を導いて…」
「…うん…」
「ええ…そうですね」
「せやなぁ…」
「きっと、そうであります」

…ん?
向こうの世界で、俺がよく話をしていた山にみんなが集まって。
俺は、それを上から見下ろしているような感じの光景が目に入った。

「私達も、行きましょう。またイエス様と共に」
「ええ、ですネー…」
「タダイ…がんばるのだ」
「…ああな」

…そうか。
これは、夢だ。
聖書を読みながら寝ちまったから、こんな夢を…

「それで、ユダは…」
「ううん、どこで何をしてるのか、全然…」
「どうしてるのか、心配やぁ」
「けど、イエスさんが死ぬなって言ってたから、たぶん生きては…」
「そうですか…」

ユダ…。
そうか。恐らく、生きてはいるのか?
願いが通じたのか、良かった…

「さぁ、みんな元気を出して。またイエス様と一緒に行きましょう?」
「…うん」
「そうだね…」
「…」

みんな、一瞬静かになった。
そして、ヨハネがこう言い出した。

「…イエスさまに、会いたい」
「え?ヨハネ、見た通りにイエス様は復活されて」

ヨハネが
そう言ったのを皮切りに。

「…私も…」
「うっ…イエス先生…」
「フィリポ、バルトロマイ、ですからイエス様は」

「イエスはん…グスッ」
「自分も、イエス殿に会いたいであります…」
「マタイ、トマス…イエス様はあの通りに」
「イエスしゃん…イエスしゃん!」

「みんな…」
「イェース様…うっ、うっ…」
「はぁ、イエッさん…」
「グスッ、イエス…」
「イエスさん、イエスさん…うっ…」

み、みんな…
大丈夫だって、俺はこうしてちゃんと未来で目を覚まして。
それに、ヨセフ父さんとマリア母さんの間にイエスという名の子が生まれたんだろ?

「グスッ、うっ…。イエス様…」

と、とうとうペテロまで泣き出して。
参ったな…

「…神様。神様お願いします」

「どうか、どうかイエス様に会わせて下さい…」

ペテロが涙を流して神に祈る。
え、えーと、どうすりゃいい…?


「みんな」

みんながあまりに泣くもんだから、俺は夢の中でイメージして
弟子達の前に降り立った。

「えっ…イエス様…?」
「イエス…!」
「イエスさん…!」
「…イエスさま、イエスさまだー!」

「イエス様ー!」「イエス…!」「イエスさん!」「イエスさまー!」
「…イエスたん…」「イエス先生ー!」「イエスはーん!」「イエス殿ー!」
「イェース様!」「イエスしゃーん!」「イエッさーん!」

みんなが、一斉に
俺にわっと飛びついてくる。

「イエス様…。イエス様…!」
「イエス…イエスだ…」
「イエスさん、イエスさん!」
「やったー!イエスさまだー!」

弟子達は全員泣きじゃくり、俺にしがみついて。
俺も、何だか涙がにじんできてしまう。

「…イエス殿」
「ん?」
「失礼するであります!」
「いだーっ!?」

トマスが、
俺のまだ癒えてないわき腹の傷に触れる。
な、何をするんだ…?

「傷のあった所が、痛い…ほ、本物であります!イエス殿ー!」
「そ、そこ痛いからあまり刺激しないで、トマス」

そう言えば、そんなエピソード聖書に載ってたっけ…。
それにしても、夢なのにリアルな痛みだな、はは…

「…みんな」

俺は、
みんなの頭を撫でながら言った。

「大丈夫。大丈夫だから。俺はこの通り…な?だから泣くな」
「うっ…うっ、イエス様…」
「グスッ…」

そうやって、
みんなを慰めていると…

「ん…?あれ?イエス様、お体が…」
「だ、だんだん透けてって…?」
「ま、まさかイエスさん…!」
「…やだ、イエスさま行っちゃやだ!」

ああ…
何だか、夢から覚めていく感覚がする…

「イエス様!」「イエスー!」「イエスさん!」「イエスさまー!」
「…イエスたん!…」「イエス先生!」「イエスはん!」「イエス殿!」
「イェース様!」「イエスしゃん!」「イエッさーん!」

弟子達が、俺にしっかりとしがみつき。
そして、俺は…。意識が、だんだんと遠ざかっていくのを感じ…



















…そして。
俺は、自分の部屋のベッドで目を覚ました。

ふぅ…。
何だか、今の夢が本当の事だったように思えてしんみりした気分になってしまう。
たぶん…。きっと実際のみんなも、あんな風に寂しがって。

…神様も、粋な事してくれる。
俺に、こんな夢を見せてくれて。

…それにしても、
いやにリアルな夢だったなー…

みんなにしがみつかれた時の感覚が、
目が覚めた今でも、まだ残ってるようで…?


「うーん…イエス様…」

そうそう、
ペテロがこんな感じで右胸に。

「イエス…」

そして、アンデレは左側。

「イエスさん…」
「イエスさまー…」

そして、
ヤコブにヨハネが右腕と左腕で…?

「…イエスたん…」
「んー…イエス先生…」
「イエス…はん…」
「イエス殿…」

それからフィリポ、バルトロマイが腰の辺りで、
マタイ、トマスが両方の足に、
そして子ヤコブ、タダイにシモンが…って、ええーーーっ!?

「ん…?」
「んん…」
「うーん…はっ?」

俺の上げた大声に、みんなが一斉に目を覚まし。
そして。

「イエス、様…!」
「イエス…!」
「イエスさん…!」
「イエスさま…!」

「イエス様ー!」「イエス…!」「イエスさん!」「イエスさまー!」
「…イエスたん…」「イエス先生ー!」「イエスはーん!」「イエス殿ー!」
「イェース様!」「イエスしゃーん!」「イエッさーん!」
「うわ、ちょ、ちょっと待って!」

みんなが、一斉に俺に飛びついて。
あれ、夢じゃなかったのか?
いやそれよりも、なぜかみんなが時空を飛び越えて今の時代に現れて?

「ま、待って聖書聖書、歴史…ふぅー、良かった変わってな…うわ!」
「イエス様!イエス様ー!」
「イエス、イエスぅー!」
「ねぇねぇイエスさん、ここどこ?天国」
「イエスさま、イエスさまだー!」

「…まあ、何て不思議…」
「ああ、イエス先生、イエス先生…!」
「はぁ、ほんまに驚きやぁ、ここが天国なん?」
「へぇー、天国って、本当にあったんでありますねー」

「はー、ここが天国…。想像してたのと随分違いますネー?」
「イエスしゃんが、タダイたちを連れてきてくれたのだ!」
「ねぇねぇイエッさん、どうなってるの?」

俺が、聞きたいぐらいだ…
みんなを落ち着かせようとしても、騒ぎは納まりそうにない。
その内、何事かと親が階段を上がってくる音が外から聞こえてきて…?

…これを。
このとんでもない事態を。
俺は、これから一体どうしたらいいんだ…?




古代イスラエルにキリストとして転生した俺 

そして12使徒が全員美少女!? 


             ~完~





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