43・出した答えは

文字数 3,361文字

それから、俺は期限ぎりぎりまで悩んだ。
ローマ兵が俺を捕えに、ここカペナウムにくる前までには
どうするのか答えを出さなくてはいけない。

数千人はいる町のみんなが、パリサイ派の言う通りに
エルサレムに裁判なんて受けにいかずに町に留まるよう言ってくれる。

もし、俺を強引に連れて行こうとするなら、
暴力に訴えてでもそれを阻止すると皆は言ってくれている。

カペナウムの町だけではなくて…
今まで布教を行ってきた周辺の多くの町や村の人々も。
みんなして、
いざとなったらローマやパリサイ派に対し立ち上がろうという意思を見せている。

本当に、ありがたい事だけれど…。
けれどもし、俺が皆の言う通りにカペナウムに立て篭ったら。
きっと今度は本格的に軍隊がここに派遣されてくるだろう。

そうなったら、きっと多くの血が流され。
皆が、カペナウムそのものが滅んでしまう可能性も…。

立て篭もるというのは却下。
俺には、そんな選択は出来ない…。

そうなると、弟子達やマリアさん、父さんと母さんを連れて
カペナウムの皆が巻き込まれないようどこかに逃げるという考えも…

恐らく、ローマの力の及ばない所まで逃げてしまえば。
案外、楽しくやって行けるかも知れない。
ちょっとした歴史と未来の知識を利用すれば、思いつき次第では
この時代でまるで王様か何かのように振舞う事も出来るだろう。

…けれど。それは本来の歴史ではなくて。
イエスキリストが十字架にかからず逃げてしまったら、
キリスト教は広まる事なく、モレク教やそれにほとんど似たような
生贄を捧げる古代宗教の儀式が世界中に残りずっと行われ続ける事になり…。

俺が十字架にかからず、なおかつ未来も無事で済むような方法は
相変わらず思いつかない。
あれこれ考えても、そのとたんに小冊子の記述が変わってしまい…。




「…」
「イエス様…今日は、どうされたのですか?」
「私達を、いつも話をする山に集めて」
「何か、大事な話でもあるのイエスさん?」

そして、俺はついに決断を下した。
それを伝えるために、俺は弟子達をいつも説法で使う山に集めた。

「…みんな」
「は、はい」
「それよりイエス、これからどうするかみんなで話し合おうよ、何とか反乱の疑いを解かなきゃ」
「そうだよ、イエスさんはみんなをいい方に教え導いて、この辺りもこんなに平和にしたって訴えて…」

「…みんな。聞いてくれ。俺は、言われた通り裁判を受けにエルサレムに行く」
「え…」
「えっ…?」
「な…」

俺の言った一言に、弟子達は皆、静まり返った。

「色々、考えたんだ…。けれど。多くの人を巻き込む事なく全てを納めるにはこうするしか…」
「な…い、イエス様!」
「イエス、ダメだって!裁判なんか受けに行ったら、パリサイ派にきっと嘘でも何でもでっち上げられるって!」
「そうだよイエスさん、考え直してよ!」

確かにアンデレの言う通り、普段からパリサイ派と真正面から対立している俺だ。
きっと、まともな裁判になる事はないだろう。歴史にある通りに。

「…納得できません、イエス様、どうして!」
「い、イエスはん、やけになったらアカンて?皆で知恵出し合ってどうするか相談しよ、な…?」
「イエスさまー、そんなのダメー!」
「イエス殿、どうか考え直して下さい!」

弟子達がみな、口々に俺に考え直すように言う。
それもそうだろうな…

「イ、イェース様?きっと他にいい方法がありマスヨ?デスカラ…」
「どうして…なのだ…イエスしゃん、どうしてなのだ?」
「イエッさん…納得できるように説明してよ!」

シモンがそう言うのもわかる。
いくら事を平穏を納めるためとはいえ、
パリサイ派の言いがかりに近い裁判を受けに行くなんて。
みんな、納得なんて出来ないだろう。

そして。
俺は、みんなが静かになるまで待ってから言った。

「みんな、安心してくれ。確かに俺がエルサレムに行けば」

「彼らの手によって、殺されるだろう…」
「そんな…」
「じゃあ、どうして!」

「けれど、安心してくれ。俺は復活する。3日後に」
「ほ、本当に…?」
「それ、信じていいの?」
「…イエスたんなら、本当に?…」
「ああ、本当だ」

俺がそう言うと、みんなは黙り込んだ。
今まで数々の奇跡を弟子達の前で演じてきた俺の言う事だから。
けれど…みな半信半疑なんだろう。
確かに今までとはわけが違う。もし、俺が死んでそのまま復活しなかったら。

「けど…イエス様…」
「イエス、わざわざそんな危ない目に会いに行く事ないじゃない?」
「そう、だよ…。イエスさん、何で…?」
「…そうや。イエスはん、何でなん…?」

弟子達の間に、不穏な空気が流れる。
みんな、きっとこう思ってるんだろう。俺がみんなを安心させるためにそう言ってるって。

…俺自身は、自分が生き返るなんてこれっぽっちも思ってない。
今まで、一度だって本物のイエスキリストのような奇跡なんて起こした事はないし。

なので、俺が十字架にかかって、死んだ後に…。
今までそうして来たように、俺が復活したと人々が認識するような
何か準備をしておく事になるだろう。

「大丈夫…大丈夫だから」

俺は、みんなを落ち着かせようと
なるべく明るく言った。

「みんな、今まで俺の業の数々を見てきたろ?今回もそれと同じさ。だろ?」

けれど…そう言っても。
みんなの表情は晴れなかった。
やれやれ、そりゃそうだよな…。今までずっと一緒にやって来たんだ。
俺から、今までと違う何かを感じるんだろうな…。

…俺だって、辛いんだ。
みんなとも…。今までずっと一緒だった、こんな可愛らしいみんなとも、永遠に…。

「あの…イエス様」

その時、ペテロが立ち上がり、俺の袖を掴むと
みんなから少し離れた所に俺を引っ張っていった。


「イエス様…納得できません…」
「ペテロ。わかってくれ、多くの人を巻き込まずに済ませるにはこうするしか」
「だって、そうしたらイエス様が…!」
「いや…これも皆のためだ。俺が裁判に行かなければ町の皆とローマが衝突して」

そして…。
俺がこうしなければ、皆だけじゃない。未来も守れないんだ。

…モレクの司祭。お前の思惑は外れだ。
お前の思い通りになるぐらいなら。

「…なら、逃げましょう、イエス様」
「ペテロ」
「そうすれば、誰も傷つかずに」
「…駄目なんだ、ペテロ。俺が逃げてしまったら今までの全てが無駄に」
「…お願いです。イエス様、逃げて…っ!」

ペテロが、そう言って俺に抱きついてくる。
腕にぎゅっと力が込められ、
それから、じんわりと湿った感触が伝わってくる。

「お願い、します…イエス、様…」

しゃくり上げ、しがみつくペテロの温もりを感じながら。
俺も胸が張り裂けそうな思いで一杯だった。

…けれど、いけない。
ここで情に流されてしまっては。

「…サタン」
「え…」
「サタンよ、引き下がれ」

最も純真で、俺に対し人一倍情が深いペテロ。
そのペテロに、こんな事を言わなくてはいけないなんて。
神よ、あなたは残酷だ…。

「あなたは、私の邪魔をする者だ」
「そんな…」
「あなたは…神の事を思わないで、人の事を思っている…」

俺にこう言われ、
ペテロはショックを隠し切れないようだった。
そして。

「…うっ」

「うっ、うっ…イエス…様…」

泣き崩れるペテロ。
俺の決意が硬い事を、理解したんだろう…。

「…皆さん。イエス先生がそうお決めになられました。…なら、わたし達も…従って…」

今まで、気丈に涙をこらえていたバルトロマイのほほを涙が伝う。
そして弟子達も皆、涙を浮かべて…。

本当に…。みんな済まない。
たぶん、あの男…モレクの司祭がこの時代にさえ居なければ。
そして、俺にもっと力があったなら。
皆に、こんな悲しい思いをさせなくても済んだんだろう…。

「みんな、大丈夫、大丈夫だから…俺は…必ず、死んでから…3日後に…」
「うん…。信じるよ…イエ…ス…」
「…イエス、イエスた…」
「ぜ…絶対だよ、イエス…さ…」

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