1・事の始まり

文字数 1,577文字

俺の名前は、井ノ須 桐人(いのす きりひと)。
どこにでもいる、ごく普通の17歳の高校生だ。
勉強もそんなにできるわけじゃなし、スポーツも得意じゃない。
人付き合いが面倒なタイプで、そのお陰で友達も表面上のやつばかり。

もちろん恋人だって、今まで出来た試しがない。
今日も何も面白くない学校の1日を終え、
帰っても、ゲームするかネットするぐらいしかない家に帰る途中だ。

「はーあ、俺の人生ってこんな感じで何にもなく終わるのかな…」

これからの将来を想像してみる。
適当に高校を卒業し、適当に浪人しないで入れそうな大学に入る。
そして学生時代を適当に過ごしてきた俺が受かりそうな会社といえば、
誰も入りたがらないようなブラック企業だけ。

人付き合いのそう得意ではない俺は、職場の環境に馴染めず精神を病み退職、
やがては引きこもり、ニートに…。

このままいけばほぼ確実にそうなる事を何となく肌で感じていた。
この将来を変える為には、今からでも運動部に入り体を鍛え、家に帰れば有名大学目指して
夜遅くまで勉強をし、彼女を作って輝ける青春時代を送り…。

考えるだけでダルい。
やる気が出ないものは出ないんだから、しょうがない。
今から将来の事を思うだけで気が重い。
はあ、こんな事ならいっそ今すぐ高校も辞めて引き篭もりになっちまおうか…。

「みなさん、宜しかったらどうぞー」

そんな事を考えながら歩いていると、道端で女の人が何かを配布している
場面に出くわした。

「救いの主、イエス・キリストの生涯とお言葉、皆さん興味ありませんか?」

何かの勧誘か?
女の人が、小さな冊子を道行く人たちに配布している。
どうやら、聖書を簡単に要約した冊子のようだ。

「そこのあなた、キリスト教に興味はありますか?」

その小柄な女の人と目が合って話し掛けられた。
いや、興味とかそんなの全然…。

「あ、いえ、その別に…」

ズバッと断ってやればいいのに、ついモゴモゴとした答え方になっちまう。

「宜しかったら、どうぞ」
「あ、ども…」

まごついている俺に、その女の人は小さな冊子を手渡してきた。

「読んでみて、興味が沸いたらぜひ教会にいらして下さいね」
「あ、ええ、まぁ、それじゃ帰るんで…」

俺はそそくさとその場をあとにした。
ふー、強引に勧誘されなくて良かった。
別に、宗教に興味なんてない。
渡された冊子をパラパラとめくってみる。
キリストが馬小屋で生まれたとか、
その時にベツレヘムの星に導かれた東方の三博士が祝福したとか、
水の上を歩いたとかいった事が書かれている。

やれやれ、どこまでが本当なんだろう。
大体、神様なんて本当に居るのか?
本当に居るならブラック企業の経営者に雷でも落としてやればいいのに。

その小冊子は特に興味を引かれるものでもなかった。
帰り道、コンビニによってそこのゴミ箱にでも捨ててしまおう。
そんな事を考えていた、次の瞬間――――



キキィ~~~~~ッ!

ドンッ


酷い衝撃と共に体が数メートルほどぶっ飛ばされるのを感じた。


ドサッ


地面に激しく叩きつけられる。
体がピクリとも動かない。
ボンヤリとした視界の隅に、車から慌てて人が降りて駆け寄ってくるのが目に入った。
俺は悟った。
ああ、車に轢かれたんだな。

目の前がだんだん暗くなっていく。
にも関わらず、痛いとも苦しいとも何も感じない。
よくわからないが、これは本格的にヤバいんじゃないのか。
俺はこのまま、死んじまうのか……?
やっぱり、神様なんていないのか?


…まあ、いい。

先の見えているようなこんな人生、これ以上生きたって仕方ない。

このまま死んだって、どうって事はない。

もう何もかも、どうだっていい――――

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み