35・日々の出来事

文字数 2,549文字

「皆さん、イエス様が帰ってくるまで、今日で残りあと19日ですね?」
「そうですネー?ついに、半分切りましたデース!」
「そうなのだ!何だか、元気が沸いてきたのだ!」
「イエッさんも、今ごろソワソワしてたりしてな?」
「うん、僕に会いたがってね」

「何だか、寂しいのにもだんだんと慣れてきたでありますね」
「…うん、そんな気がする…」
「みんな。これはきっと、イエス様が私達にも与えた試練なんです」

「イエス様は、私達も強くするために、きっと自ら荒野に…」
「あー、そうかもねー。イエスってさ、たまにそういうとこあるし」
「お前たちも一緒に寂しさに耐えろー、って事?ニクいなー、イエスさんも」
「そうなのですねイエス先生?これは、わたし達にお与えになられた試練…」
「…あたし達も、同じ修行してるってこと?…」
「きっと、そうでありますよ!」

「なので、頑張りましょう!私達もイエス様と同じように」
「うん、そうだねー?ヨハネ、頑張る!」
「よーし、イエスさんに負けないくらい、立派に乗り切ってやるからなー!」
「みんな、ええ気合やなー。これは、イエスはんの計算通りかも知れんねぇ」






「よーしよし、タローにジロー。今日も元気そうだ」

その頃俺は、小屋の外壁にいつもひっついてるタローとジローと名づけた
2匹のてんとう虫に話しかけている所だった。

こうしていると、少しは孤独が癒される。
さもなければ、ついつい人のいる町に行ってしまいそうになる。

「さーて、ハナコに水やりもするか…」

それから俺は、ハナコと名づけたそばに生えている
よくわからない花の咲いている草に水をやった。

「よしよし…。大きく育つんだぞハナコ」

毎日水をやっている内に、少しづつハナコが大きくなっていく。
それは、この日々が着実に過ぎて行っている事を俺に実感させてくれた。

その後はいつも、食事をしてだいたい散歩に出かける。
乾燥し、草木のまばらに生える荒野を2時間ぐらいかけてゆっくりと歩く。
気分転換になるし、足も鍛えられて体にいい。さーて、今日はどのコースにしようか…。

たまにパンをこしらえて、気分転換に遠出をする事もある。
そうすると見たこともない動物に出くわしたり、
はるか昔に朽ち果てた小屋なんかが見つかったりして楽しい。

そして午後になったらいつも瞑想の真似をしてみるも、
どうしても眠気に勝てず、ついつい居眠りをしてしまう。

そしてハッと気がつくと夕方で、
食事をして寝る時間になり…

こうして、時間がゆったりと流れていく。
うん。孤独だけど、優雅な日々だ。
騒々しい日常を離れた、こういう日々も悪くないな…

…けど、何だか老人になったみたいだ。
はぁ、今となっては、俺の元に人々が押し寄せるあの騒々しい日々が
無性に懐かしい…

あと半分、か。
俺はハナコに水をやる手を止めると、ため息をついて広い空を見上げた。

優雅だけれど、周りは風の舞う大いなる自然と、虫と、わずかの動植物の他に何もない日々。
こんな場所でこんな生活を送っていると、何だか感覚が妙に鋭くなっていくような気がする。

雨が降りそうだな、と感じるとその通り雨が降り始めたり。
たまに、ふと何かの気配を感じたり。

たぶん、刺激のない静か過ぎる環境で神経が敏感になって
きっとそういう感覚にさせるんだろうけど。

そんな生活にもだんだん慣れ始め、どうにかこうにか毎日を送っている内に
ある日奇妙な出来事が起こった。


「…」

夜中。
俺はふと目を覚ました。

時刻は夜中の2時くらいだろうか。
眠かったが、俺はオシッコがしたくなり、寝ぼけまなこをこすって起き上がり
ついでに水がめから一杯水を汲んで飲むと小屋の外に出た。

小屋の外に出たとたん、白っぽい、人影のような物が暗闇の向こうをスッと横切るのが目に入り
俺は思わずうおっ、と声を上げてしまった。

…今のは、何だ?
こんな真夜中に、こんな人けのない荒野に、誰かが…?

いやきっと、寝惚けて何かを見間違えたんだ。
俺は背中が多少ゾワゾワしながらも、用を足そうと小屋の裏手に回った。

用を足しつつ、さっきのは何だったんだろうとつい考えてしまう。
さっきのは、幽霊…?いや、そんなまさか。

それとも、荒野で迷ってしまった人なのかも知れない。
そうだったら、ちょっと可愛そうだ。
一応、確認だけはしておくか…

俺は用を足し終えると、白い人影の見えた方向におっかなびっくり、
少しだけ足を進めた。

まだ、そんなに遠くへは行ってないはず。さっきのが人なら。
俺は月も出ていない暗闇の向こうを見透かし、足音か何かが聞こえないかと耳を澄ました。
辺りはシン…と静まり返り、何の物音もしない。

突然、暗闇から叫びながら現れてこっちに走って来ないだろうな…と
そんな事が頭に浮かび、つい神経が張り詰める。

しばらく緊迫しながら暗闇を見つめ、耳を澄ましていたが
辺りは静まり返り、特に何も物音はしない。

けど何だか、誰かに見られてるような気がする。
いやきっと気のせいだ。足音も何も聞こえないし、さっきのは寝ぼけて見た幻だったんだきっと。
さぁ、もういい、小屋に戻ろう…。

小屋に入った途端、俺は異変に気がついた。
麦粉を入れている袋が1つ破れ、床一面が白くなっている。
そして床の上には、誰かが歩き回った足跡が点々と…


あれが何だったのか、結局はわからない。
あまりにも刺激のない静かな環境で過ごす内に、神経が過敏になり過ぎて
何か妙なものが見えてしまったのかも知れない。

そして床の足跡も、もしかしたら俺が寝ている間に麦粉が破れ、
寝ぼけていた俺はそれに気付かず歩き回ってついた足跡なのかも知れない。

けど、どうだったか…?起きた時には、床は何ともなってなかったような。
けどよく覚えてないし、そういう事にしておかないと怖くて仕方ない。

…もしかしたら。
荒野で行き倒れになった人の幽霊が、今だにさ迷い歩いていて…?

それからしばらくは、何だか夜が怖くて仕方なかった。
しかし結局、その奇妙な現象は2度と起こる事はなかった。
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