37・進み続ければ、その先には

文字数 4,670文字

「はぁ、そろそろ、イエス様がお帰りに…」
「ペテロー、さっきからそわそわしっ放しじゃない」
「そ、そうだよ。おち、落ちつきなってペテロ」
「ヤコブお姉ちゃんもだよー」

「ふふ…。皆さん、気持ちは同じですね?」
「…待ちに待ったもんね…」
「やぁー、イエスはんの顔見たら喜びが爆発してまいそうやわぁー」
「何だか、顔がにやけてきてしまうであります」

「ご馳走の準備は、バッチリですネー?」
「もう少ししたら、注文したお肉もお魚も届くのだ!」
「40日も断食した後だもんな。イエッさん、きっと腹ペコだぞー?」
「我慢できないでそこらで何か食べて帰ってきたりして」


「おっ、救いの御子さんのお弟子さんたち。今日は随分にぎにぎしいね?」
「え?ええ、今日はイエス様が帰ってくるんです!」
「だから、こうやってイエスの家の前にみんなで集まって待ってるんだー」
「40日も居なかったんだよ?信じられる?」

「そうなのか?おーい、みんな!今日、救いの御子さんが帰ってくるってよ!」
「本当に?じゃ、これ家で採れた野菜なんだけどさ、もらってくれよ」
「あ、じゃあ俺んちで今からパン焼いてくるから!」
「じゃあ俺は売り物の果物余ったのあるから、今持ってくる」
「み、皆さん、そんなー…」
「はぁー、イエスってば人気ものだねー」
「女の子見ればすーぐ声かけるスケベだけどね、イエスさん」
「ほんとにねー」

「お弟子さん達も、今まで寂しかったろ?良かったなー」
「ええ!」
「やーっと、今日イエスが帰ってくるよー」
「長かったよなー」
「けど、あとほんの少しの辛抱でありますねー」
「そうだねー?きゃーイエスさま。ふふっ…」










「…」
「…はぁー、まだかなー、イエスー」
「遅いよー、イエスさん…」
「そろそろ日が傾くよー…。イエスさまー…」

「…あたし達、1日、勘違いしてたり?…」
「いえ、毎日指折り数えてましたから、そんなはずは…」
「イエスはん…。まさか、何かあったんやろうか…?」
「そ、そんなはずないであります!」

「き、きっと、照れくさくって、帰って来づらいんですヨー?」
「もー、イエスしゃん、そんなに照れなくていいのだー」
「けど、本当に遅いよな、イエッさん…」

「…やっぱり」
「何だよユダ」

「やっぱり、みんな置いていかれたんだよ。せんせーに愛想尽かされて」
「もー、ユダー」
「寂しいからって、そーいう憎まれ口叩くんだからユダって…あれ?」

「あれ、イエスさんじゃない?」
「え?どこどこ?」
「あ!本当だ、イエスさまだ-!」
「イエス様…」

「イエス様ー!」「イエスー!」「イエスさん!」「イエスさまー!」
「…イエスたん…」「イエス先生…!」「イエスはん!」「イエス殿ー!」
「イェース様!」「イエスしゃーん!」「イエッさん!」「みんな、興奮し過ぎだよ。はぁ、やれやれ」

遠くから、
俺を見つけた弟子達が一斉に周りに駆け寄ってくる。

「お帰りなさい、イエス様!」
「もー、遅かったじゃないのー。何してたのさイエスー!」
「イエスさん、痩せた?断食キツくなかった?」
「イエスさまだー、わーい!」

「…腕に、ぎゅっとしがみついちゃお…」
「ちょっと!フィリポさん。一緒の腕にしがみついたら動き辛くて。頭を使いなさい頭を」
「やー、ホッとしたわー。イエスはん、お疲れ様やねー。背中なでなでやー」
「イエス殿!自分、スソを握らせて頂くであります!」

「イェース様、お疲れ様でシター!キャー」
「イエスしゃん、お帰りなさいなのだー!」
「はぁ、何だかホッとしたよ。お帰りイエッさん!」
「…別に、待ってなんかなかったから」

みんな、俺の腕にまとわりついたり背中に抱きついたり。
久しぶりの感触。

「イエス様…?」
「ん?ああ…」

「みんな、ただいま」
「ええ!お帰りなさい、イエス様!」
「お腹空いたでしょ?ご馳走が待ってるよ!」
「さーて、お帰りなさいのお祝いだー!」
「わーい!」

みんなが、わっと盛り上がる。
けれど、俺の心は沈んでいた。


「…」
「んー、これおいしいですよーイエス様ー」
「イエス、いっぱい食べてね?」
「おう、何せ40日も断食したんだもんな!」
「さすがであります、イエス殿!」
「今日までの分、いっぱい食べて取り戻さなんとな?」

ワイワイと、みんなのにぎやかな明るい声が俺の家の中に響く。
目の前に並んだご馳走。今日のためにみんなが用意してくれたんだろう。
俺も腹は減っている。けれど、それにほとんど手が伸びなかった。

「…ねぇ、イエス」

そんな俺の様子を見て、
アンデレが声をかけてくる。

「何かあったの?」
「…」

「悪魔が…」
「え?」

「悪魔が、現れた…」
「えっ!?」
「あ、悪魔!?」
「ホンマに!?」
「いやぁ…!」

騒然となる俺の弟子達。
その一言に、賑やかだったみんなはシーンと静まり返った。

「そ、それでどうしたのイエス?」
「…ああ。石をパンに変えて見ろと言われたから」

「人は、パンのみで生きるわけじゃないって…あと、高いところから飛び降りて見ろって言われたから…神を試してはならないと…」
「さすがは、イエスだねー」
「人は、パンのみで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによって生きる…申命記8章3節ですね。さすがイエス先生です」
「故事にも通じてるんやなぁ、イエスはんは」
「イエスさんを試そうだなんてー。悪魔も生意気な」

「…あと、高い山のてっぺんに連れてかれて。従うなら世界の全てをやるって」
「せ、世界の全て、ですか…?」
「すっご…」
「そ、それで、どうしたのイエスさん?」
「ああ…」

「サタンよ去れ、って言ってやったよ…そしたら消えて…」
「さすが、イエス様ー!」
「悪魔の言う事になんて、耳を貸すわけないもんねーイエスは」
「イエスさま、すごーい!」

弟子達は、俺の話を額面通りに受け取って盛り上がる。
神と同じく、悪魔もこの時代に生きる皆には実在の物なんだ。

「イエス様に、悪魔の言葉なんて効きませんから」
「きっと、イエスが憎くて邪魔しに来たんじゃないの?あんまり人に正しい道を説くから」
「けどイエスさん、すごい度胸だよなー。オレならびびって逃げちゃうよ」
「さすがの悪魔も、イェース様には手も足も出なかったようですネー?」

…確かに、アイツは俺に直接手出しはできない。
俺を殺しても、それがきっかけで教えが人々の心に刻み込まれてしまったら本末転倒だから。
けど、最終的に十字架にかかって死ぬのを回避するには、俺は逃げるしかない状況を作り出し…

「それで…その、イエス様…」
「イエスが居ない間、私達も大変だったんだよー?」
「そーそー。イエスさんに相談したい事があるって人、ちょくちょくやって来てー」
「皆で協力して、イエス先生の留守をお守り致しました」
「あ、そうか…」

「…みんな。俺の居ない間、よく頑張ってくれたな」
「いえーそんなー!…うふふっ、きゃー!」
「今日からイエスが居るし、もうひと安心だねー?」
「そうだねー?今日からまた頼むよイエスさーん!」

いつもより、ずっとにぎやかなみんな。
きっと、俺の居ない間寂しかったんだろう。
けれど、俺は皆と同じの陽気な気分にはなれなくて…



「…それじゃ、イエス様」

「ゆっくり休んで、疲れを癒して下さいね?」
「…ああ、ありがとう、ペテロ」
「ペテロー、行くよー?」
「あ、はーい。それじゃ、お休みなさいイエス様」


「やー、やっとイエスさんに会えたなー」
「にひひ…。ヤコブ、あんなにはしゃいじゃって」
「う、うるさいな。アンデレだってずーっとイエスさんにべったりで」
「わ、私は別にそんなんじゃないしー?」

「はぁ、まだ話し足りません…。あらわたしちょっとイエス先生の家に忘れ物を」
「どこ行く気なのさ、バルトロマイ」
「ほんっとーに目が離せないなお前は」
「まぁまぁ、気持ちはようわかるわー」

「…けど、さ」
「ん?どうされましたアンデレ殿?」

「イエス…何か元気なかったよね」
「うん…」
「せやったなぁ…どうしたんやろか」
「いえきっと、イエス様はお疲れなんですよ」

「あー、そうだよなー。イエスさん、40日も断食したんだもんな」
「しかも、悪魔と対峙して追い払ったんだよね?」
「それは、疲れて当然でありますよー」
「…」

「イエス様…」




みんなが帰って。
一人家に取り残された俺。
こうしていると、あの男の言った事が思い出される。

あの男は言っていた。
今の俺に、この世界で出来ない事はないと…

ここに転生してから。
俺はラノベみたいに転生したくせに、何のデタラメに強力な能力も身についてなくて
ぜんぜん転生した主人公らしくないと思ったりして。

…けれど、実際は。
今の状況で俺にできない事はない、
俺は、まさに俺つええのラノベ主人公そのものだったってわけか…。ははは…

歴史が変わるのも構いなしに、誰かれ構わず女でも口説こうと思ったら。
俺がそれが神の意思ですとでも言ってしまえば、この時代の人間ならほぼ100パーセント…

今後の歴史だって、考えようによっては自由に操れるんだ。
例えばどこか適当な国でも、今俺がそこは呪われた悪魔の国ですとでも言えば
将来的にそこは世界中のキリスト教国に攻撃されて滅んだりして。

俺、井ノ須桐人を未来の日本に生まれると予言でもすれば…
転生する前の俺は、聖書に予言された人になって。世界中の人に崇拝され、一生何不自由なく…?
まぁ、そんなの…ここにいる俺にとっては全く無意味だから、やってもしょうがないけど…

…未来の事なんか考えずに、何でも好き勝手にやれたら楽しいだろうな。
布教なんて放り投げて。弟子達とイチャイチャしながら世界中遊びまわって。
気が向けば、イタズラ半分に国でも個人でもあげつらってその影響を考えてほくそ笑って。

あいつの、言う通りにすれば…
何もかも放り投げれば、俺は…

…それに。あの男が言うには。
このままイエスキリストのように布教を続けたら、
聖書にある通りの事が俺に降りかかり、そして、最後には…。

…怖い。考えたくない。
けど、俺が逃げたらこのあとの世界が、未来が地獄のように。
どうしたら、いいんだ…。

…小冊子に、何か書かれてないだろうか。
この悩みから、俺を救ってくれるような、いい言葉でも…
…イエスキリスト。どうか俺に救いを。

…。
死を、恐れるな?
体を殺しても、それ以上何もできない者を恐れてはいけない…?
イエスキリストも、ずいぶんストレートに言ってくれる、ハハ、ハ…ハ…

…。それじゃあ。やれる所まで、やって見よう。
こうして立ち止まってグズグズしてても、そのうち未来がおかしくなるような失敗をしないとも限らないし。
それに、俺は永遠にこの孤独で神経のすり減る生活からも解放されない。

それに、あいつは間違っていて、意外と何とかなるのかも知れない。
何とかする方法を思いつくかも知れないし、途中で状況が変わるかも知れない。
恐れずに進んでいけば、きっと。

…それでも。
あいつの言った通りの事になったら。

どうするかは…その時に決めよう。
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