12・丘の上での会食

文字数 3,966文字

「むむむ…」
「ぬぬぬ…」
「ぐぐぐ…」
「むぅーっ」
「はぁー、イテテ…」

俺は、腕をさすりながら地面にへたりこんでいた。
4人にきつく掴まれた所がヒリヒリする。
腕を引っ張ったら弟子にしない、と言い聞かせ、
俺は何とか身の安全を確保した。

「イエス様、納得できません!ヤコブとヨハネも弟子にするなんて」
「そうだよイエス、私達の方がこんな奴らよりずっと前からイエスの事を…」
「へん、イエスさんはお前らなんかよりよっぽどオレ達のほうがお気に入りなんだよ」
「イエスさまは、ヨハネ達の方がいいんだよね?そうだよね?」
「仲良くしてくれ、頼むから…」

俺を取り合う、二組の美少女姉妹。
アニメやゲームじゃなく、現実だとこんなに辛いものだとは思わなかった。
やっぱり、女は二次元に限る…。

「…みんな」
「はい?」

「仲良くしないと連れてかない」
「え!?」
「あっ、あう…」
「そ、そんなぁ」
「や、やだよぉ」

救世主イエスキリストじゃなく、
まるで幼稚園か小学校の先生にでもなった気分だ。
こんな事なら、いっそ伝道の旅なんてやめて、
こっちで教師の職でも探すか…。

「ほら、4人とも握手して」
「うう…。し、仕方ありませんね…」
「イエスが言ったからだからな、仕方なくだからな!」
「それはこっちのセリフだぞ!」
「むー。じゃあ、握手」

4人とも、渋々と言った感じで握手を交わす。
けど、次の瞬間…。

「ふん!」
「べーだ」
「いーっだ」
「ぶー」

はぁ、これから毎日こんなんじゃ、きっと俺、
1週間くらいで憔悴し切って死んじまう…。
もしかしてと淡い期待を抱いて小冊子を確認したが、
変わってしまった未来の記述は現れてなかった。
やっぱり、人違いじゃないんだな…。

「…よしっ、折角みんな仲良く弟子になったんだから」

俺は雰囲気を切り替えようと、なるべく明るく元気な声を出した。

「みんなでメシ食おうメシ、な?」
「え?」
「メシ?」
「こいつらと?」
「むぅー」
「そうだ。みんなで仲良く、な?」

仲悪い同士まとめ上げるには、
みんなで一緒にメシでも食うのが1番だ。



それから、1時間ほど経ったあと。
見晴らしのいい丘の上で、俺は草地の上に広げた布の上に
そこらで買った食い物を広げそれらを皆でつまんでいた。

露店で適当に買ったパンやガリラヤ湖名産の採れたての魚を焼いたやつ。
みずみずしい果物に、ナツメヤシ。
それに水で薄めたワイン。

遅い午後。
丘の上で、日の光を浴びながら
俺はピクニック気分を満喫していた。

「いやー、空気がうまいなー。うーん、パンがうまい」
「そうですねー、イエス様」
「イエス、パンもいいけどさ。ほら」

そして、俺は目の前に置かれた木のボウルをなるべく見ないようにしていた。
ペテロとアンデレの二人が家に帰って作ってきたらしいスープ。
いや、これはスープなのか…?
皮が残ってる野菜がゴロゴロ、ウロコがちゃんと取れてない魚。
味は、ちゃんとついてるんだろうか…?

「く、果物もうまいなー。ほらどうだ二人とも」
「ええ、果物もおいしいですけれど。私達の自慢の料理の方がおいしいですよー」
「そうだよ。お母さんが褒めてくれたんだ!」
「はい、じゃイエス様、あーん」
「あーん」
「う…」
「イエスさん、オレが焼いてきたパンも食べてくれ!」
「ヨハネのも!イエスさま、食べてー?」

…ヤコブ。
世間では、それをパンとは言わず炭って言うんだよ…。
そして、ヨハネ。
魚や鳥の形はかわいいけど、完全に生焼けだ…。

目の前に並べられた、素敵なご馳走の数々。
…せっかく、みんな俺のために作ってくれたんだ。食べないわけにはいかない。
俺は覚悟を決めた。

「…うおおーっ!」
「きゃー、イエス様、素敵な食べっぷりですぅー!」
「どう?おいしい?おいしい?」
「オレのパン、うまい?うまい?」
「ヨハネのはー?」

味が脳に達する前に、胃の中に収めてしまうしかない。
魚のウロコが口の中にへばりつき、
真っ黒に焦げたパンがジャリジャリと音を立て、
生焼けの小麦粉がヌルヌルする。

「…っふぅー…」
「おいしかったですかー?イエス様」
「よっぽど美味しかったんだねー。あんなにガツガツ食べてさ。ふふっ…」
「イエスさん、オレのパン、どうだった?」
「ヨハネのはー?」
「ああ、みんな、美味かったよ。涙が出るほど…」

何とか、俺は荒行を乗り切れたようだ。

「みんな、とっても料理が上手なんだな…」
「えー?いえ、それほどでもー。きゃー、うふふ」
「そんなに気に入ってくれたの?」
「う、嬉しいな、オレみんなから料理が下手ってよく…」
「わーい、褒めてもらえたー」

俺がみんなの作った料理をとにもかくにガツガツと平らげたのを見て、
皆の機嫌は上々だ。
無理して食べた甲斐があったってもんだ、はぁ…。

「ヤコブにヨハネ。これから、ちょっとはおしとやかにしないといけませんよ?」
「ああ。認めたくはないけど、お前たちもイエスが弟子にするって言ったんだしな」
「なーに、オレ達の方がイエスさんのいい弟子になるよ。なー」
「そうだよねー」

「私達の方が、きっとイエス様の力になれるもん」
「そうだよ。神殿行くのサボッてばかりのヤコブと違ってさ」
「きょ、今日から勉強すりゃいいだろ」
「ヨハネも一緒に勉強する!」

みんなそれぞれパンや果物やナツメヤシをつまんで、
何だかんだで和気藹々とした雰囲気だ。

「みんなはいつから知り合いなの?」
「え?えーと、そうですね。10年くらい前からですね」
「そうそう。それからずーっとこんな感じだよね」
「腐れ縁ってヤツ」
「らいばるなんだよねー」

「みんなは今いくつなの?」
「え?えーと私は14歳ですよ」
「私は13歳」
「オレは14」
「ヨハネは12歳だよ」

この二組はお互いライバル意識はむき出しにするけど、
別に仲が悪いってわけではないらしい。
いや、むしろ逆の意味で仲はいいのかも知れない。

「今日から同じイエス様の弟子ですかー。まぁ、いっか」
「どっちがいい漁師かは、結局引き分けだな」
「けど、今度はどっちがいい弟子になるかの勝負だからなー」
「負けないからねー」

ふぅ、険悪な二組を仲良くする目的で開いた食事会だったけど。
余計な気の回しすぎだったかも。
これじゃ、単にピクニックしただけだな…。

「さてと。はい、イエス様。果物が剥けましたよ」
「ん?ああ、ありがとうな」
「ワインお代わりする?」
「パン、もう一個どう?」
「このナツメヤシ、おいしいよー」

その日の、遅い午後の時間。
俺たち全員はそよ風の吹く丘の上で、
ゆったりと時間を過ごした…。



「さてっ、そろそろ日が傾いてきたな」
「ええ、そうですねーイエス様」

「みんな、今日はもう家に帰りなさい」
「えー?家にですか?」
「どうして?」
「オレ達、弟子になったのに」
「ヨハネ、イエスさまについてくよ」

「だって、みんな家近いんだろ?俺は宿だし」
「…そう言ってイエス様、私達を置いてく気じゃありませんかー?」
「ダメだよイエス?私達を置いてくなんてしちゃ」
「オレ達も一緒に宿に泊まるよ」
「ヨハネもー!」
「大丈夫だから。安心しろって。置いてったりなんかしないから」

みんな、こんな反応をするのはある程度予想していた。
特に、ペテロとアンデレは小さいころからの憧れだった俺と
ずっと一緒に居たい気持ちはわかる。
けど、みんなで宿に泊まるってのが問題なんだ。
部屋が空いていればいい。が、もし、一部屋しか空いてなかったら…。

これがどちらか一組でも問題はないだろう、たぶん。
問題はペテロとアンデレ、それにヤコブとヨハネの二組揃った時だ。

そう広くない部屋。
少女特有の甘いような酸っぱいような何とも言えない匂いがこもる。
しかも4人分。

そこに、意地の張り合いから二組とも俺と一緒のベッドに寝ると言い出す。
そうなったら手に負えない。
意地の張り合いが始まったら、止めようとしても無駄な事は
さっきの経験から十分わかる。

ベッドの中で初めは二組とも嬉しそうに俺の横に寝ているだけだが、
やがて一方が腕を絡めてくれば、もう一方が負けまいと腕を絡めてくる。
今度は一方が体を寄せてくれば、もう一方が意地になって同じように。
そして、意地の張り合いがますますエスカレートし、しまいには…。

そうなる事が容易に想像つく。
それに、大体予想もつく。
もし俺が欲望に負け弟子にあらぬ事を仕出かしてしまったら。

きっと、未来がメチャクチャになるんだろうな…。
イエスが弟子とそんな事したなんて小冊子に書いてないし、そうに決まってる。
確かめる気にならない。
…いや、そういうエピソードが追加されるだけで、特に未来に影響は…?
いや、ダメだ。そんな危険は冒せない…。

「せめて、寝るまで宿でお話は?」
「そうだよイエス。折角弟子になったんだし、もっとお話しようよ」
「イエスさん、俺ん家に泊まらない?」
「あ、家に来てイエスさまー」
「ダーメ。今日はここで解散」

これもみんなの未来のためなんだ。わかってくれ、弟子たちよ…。



ガリラヤ湖近くの宿―――


「さーて、暗くなったしそろそろ寝…」

「…イエス様、ちゃんと居ますよね?…」
「…ああ、私達を置いてこうとしたら…」
「…おう、今日はイエスさんが寝るまで見張って…」
「ヨハネも頑張るー!」

何だか、窓のすぐ外で聞いたことのある声が聞こえるな…。

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