24・山上の垂訓

文字数 3,293文字

「…えー、心の貧しい人は幸いです」

マタイが弟子になった2週間後。
俺はとある山の上で、集まった信者に聖書の小冊子に書いてある
イエスキリストの言葉を人々に聞かせていた。

「なぜなら、天国はその人達の物だからです」

あのパリサイ人が乱入してきたマタイの家での宴会の後も、色んな事があった。
あなたの力で死んだ娘を生き返らせてくれ、と無茶振りをされ
娘さんに必死にうろ覚えの心臓マッサージをした結果何とか生き返ったりとか。

「悲しんでいる人は幸いです。なぜなら」

俺が人を生き返らせたと噂が広がり、俺の元にはそれこそ各地から色んな病気の人が集まった。
眼病、手足のマヒ、そのほか重い精神的な悩みから口が効けなくなったりした人…。
俺は眼病の人の目を蒸留水で洗ってやり、手足がマヒした人には根気よくマッサージをさせ、
その他気の悩みによるものと思われる病気には悩みを聞いたり励ましたりして何とか対応した。

「その人達は慰められるからです」

病気を抱えた人達は俺や弟子達、それから手伝いの信者の手当てで治る事もあったし、
そうじゃない事もあった。
けど病気が良くなったという話だけが大きく伝わって、結果俺の所には
前よりももっと多くの人が詰めかける事になった。

「柔和な人たちは幸いです」

色んな町から詰めかける人を減らそうと、俺は各地に演説に出かけてその時に
地元の信者に傷や病気の手当てのやり方を教え、診療所を建て食糧配給所も作った。
俺の元を訪れる人は、そんなに減らなかったけど…。

「なぜなら、彼らは地を受け継ぐからです」

そしてこの前の件から、犯罪者など律法に反する者としてパリサイ人に虐げられる人々も
俺の話を聞きに来るようになり、また信者に加わった。
ちょっとおっかなかったけど、二度と悪い事はしないように言うと意外にも素直に従ってくれる。

「義に飢え乾いている人は幸いです。なぜなら」

また、モレク教の信者も俺の所に訪れたり
家族や近所の人に何とかしてくださいと連れてこられたりした。
俺は彼らを説得し、モレク教を信じるのをやめさせた。

「その人達は飽き足りるようになります」

あちこちで演説をし、色んな活動をしている内にさらに信者も増え
現在では合計すると5000人くらいになっただろうか。
もはや建物の中で話をしようとすれば、外まで人があふれて交通の邪魔になってしまう。

「憐れみ深い人は幸いです」

なので、演説は大き目の広場や郊外の野原など、なるべく広い所でする事にした。
今、俺が山の上で集まった人達に話をしているのもそのためだ。

「彼らは憐れみを受けるでしょう」

「おお、何といたわりに満ちた言葉…」
「パリサイ人が言う事とは、全然違うな」
「ああ、話を聞きにきて良かった」

そしてイエスキリストは、山の上で俺が今言ってる言葉をみんなに語ったと
小冊子にエピソードが載っていたので、ついでにそれもこなす事にした。
小冊子に載っている言葉をそのまま語るだけなので楽だし。

「心の清い人達は幸いです。なぜなら彼らは神を見るからで…」

「はぁー、イエス様、いいお言葉ですぅー」
「イエスって、時々普段と別人みたくカッコいい事言うよね」
「うん。なんかいつも持ってるあの本見たあとなんか特になー」
「何が書いてるんだろうねー」

弟子達や集まった信者はみんな、言っている事に感銘を受けている。
まぁそれもそうだろう、俺が考えた言葉じゃないからね…。

「平和を作り出す人は幸いです。彼らは神の子と呼ばれるでしょう」

「…今日のイエスたん、いい調子…」
「はぁ、心に染みますわ…」
「イエスはんも、弁舌爽やかなお人やねぇ」

弟子達や信者達の熱い尊敬のまなざし。
俺の考えた言葉じゃないけど悪い気はしない。
俺は調子にのって、つらつらと小冊子に書いてある言葉を読み上げた。

「義のために迫害されてきた人は幸いです。天国は彼らのものです」
「はい、イエス様!」
「ん?どうしたペテロ?」

「先ほど言われた、天国は心の貧しい人達のものってどういう意味ですか?」
「あ、そうそう、オレも知りたい」
「ねーねー、どういう意味?」
「ん?あ、え、えーと…それはだな」

ぺ、ペテロ。
頼むから、そう突っ込んだ事は聞かないでくれ…。

「て、天国に入るには、素直な心がないとダメとかそういう意味じゃないか?たぶん…」
「そ…そうなんですかー!さ、さすがはイエス様ー!」
「ああ、自身の言葉に戸惑われるイエス先生、素敵…」
「お前は何でもアリだな」

と、とにかく。
ボロを出さないようにしなきゃ。

「えー、私のために、人々があなたをののしり…」
「あ、あれ?イエス様、急に声が小さく…」
「ど、どうしたの?」

小冊子に載っているイエスキリストの言葉には、
意味がわかるものもあればそうじゃないのもある。
そういう所に差し掛かった場合、質問されないかとつい声が小さくなってしまう。

「…もし、誰かがあなたの右のほほを打ったなら」

あ、これは知っている。

「逆のほほも差し出しさない!」

「…急に、自信たっぷりに…」
「き、きっと、大切な事なんですね!」
「そのぐらい、愛情深くなりなさいって事?」
「うーん、さすがイエスさん、言う事が深い…」

とにかく、小冊子に載っているイエスキリストの言葉は
全体的に道徳やモラルを守るよう教えている印象だ。
パリサイ人の、ただ律法を厳守しろというのとはまるっきり違うんだろう。

「…隣人を愛し、敵を憎みなさい、と言われていますが」

愛、か…。
俺はここに書いてある事の半分もよく理解できない有様だけど。
イエスキリストは、誰でもわけへだてなく愛しなさい、と
そう皆に伝えてるのかも知れない。

「しかし、あなた方に言います。敵を愛し、迫害するための者に祈りなさい」

まぁ確かに、人がお互い愛に満ち、いたわり合うなら
俺のいた未来の、人を過労死に追い込むブラック企業なんて存在しないだろうし
戦争なんかも起こらないかも。

「天にいます、あなた達の父の子となるためです」

これは、愛情豊かな人間こそ神の意にかなう者って事だろうか。
まぁ、殺すなかれと神の教えにあるし…。

「天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも太陽を上らせます」

確かに、いい人にも悪い人にとっても、愛のある平和な世界の方がいいだろう。
そんな世界になるよう、荒れ果てた世に殺すなかれとか異教を信じるなかれと定めた…。
その優しさこそが神の愛なんだろうか。

「正しい者にも正しくない者にも雨を降らして下さいます」

殺すな、異教を信じるなという教えはたぶん社会の安定のためのもの。
昔の預言者が定めたものか、それとも本物の神が教えたのかはわからないけど…。

けど、人々が苦しまないようにと定められた、いわゆる神の教え。
それが行き渡り、愛に満ち誰も苦しまずに済む世界。
それこそが、神の国ってやつなのかもね…。実現するのは、なかなか難しそうだけど。
俺は話を続け、それから30分ほどたった。

「…雨が降り、洪水が押し寄せ、風がその家を打ち付けると倒れてしまいます」

「そして、その倒れ方はひどい物になるのです…」

ふぅ。
俺は小冊子にある言葉を語り終え一息ついた。

「いやー、いい話だった!」
「いいお話でした、イエス様!」
「何だか、いつものイエスじゃないみたい!」

弟子や、聴衆から拍手が起こった。
俺が考えた言葉じゃないんだけど…ま、いいか。

(3/5ライトノベル新人賞受賞作発表の結果…
本作は落選でした(泣) 受賞された皆様おめでとうございます
本作は落選とはいえここまで書き進めたので折角なので
最後まで書き終えたいと思っています 残り4~6万字ほどの予定で
できれば3月中に完成予定です 更新頻度は不定期の週一・二回くらいになります 
いつも見てくださる読者の皆様方には感謝です)
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