4・諸人こぞりて?

文字数 1,680文字

「おー、よしよし、イエスちゃん…。あら?これ何かしら?」

俺を胸に抱き、馬小屋の出口に向かおうとした女の人が、怪訝そうな声を上げて何かを拾い上げた。
あれは……。
確か、俺が車に轢かれる直前に貰った、聖書の小冊子?

「見たこともない言葉で何か書かれてるわ。不思議なものね…」
「きっと、この子の親が置いていったんじゃないか?さもなければ、ガブリエル様の印とか」
「ふふ…。ええ、そうね。じゃあ、大切に保管しておきましょうか」

それを拾い上げ、二人が仲良さげに俺を抱いたまま、馬小屋の戸口の方へと歩いていく。
ふぅ、助かった。
これでこんな汚い所で一人孤独死という運命からは逃れられた。
しかし、俺も現金なもんだ。
ついさっきまで死んでもどうでもいい、なんて思ってたのに。

「町に着いたら、この子に山羊のお乳を用意しなきゃね」
「そうだなぁ」
「あとオムツなんかも…。色々物要りになるわね。…あら?」

「おお、この子じゃ、この子に間違いない!」
「やっぱり、ワシらの占いに間違いはなかった!」
「ああ、これが救いの御子…。ありがたや、ありがたや…」

な、何だ何だ?
馬小屋から出たとたん、騒々しく3人の老人が俺らの元に駆け寄ってきた。
そして、その後に続いて……。

「ほぉー、これが私らを導いてくれる救いの御子か!」
「おい、俺にもひと目見せてくれ」
「おおー、そう言われれば神々しい顔してるな、何となく…」

大勢の近隣の農夫らしい人や、手にムチを持った……。
実物は初めて見るけれど、いわゆる羊飼いらしい人たちが俺らを取り囲んだ。
な、何だこりゃ?これは一体何の騒ぎだ?

「え?え?これは、一体どういう事…?」
「どうされました、皆さんそんな大騒ぎして?」

俺を抱いたまま、夫婦は困惑していた。
そりゃそうだろう、わけもわからず突然こんな大勢の人たちに囲まれたとあっちゃ…。
そうしている内に、先頭の3人の老人が俺たちに向かって言った。
もちろん、俺には何を言ってるのかわからなかったが。

「ワシらは、占星術と空に輝くベフヘフェフの星に導かれて、東より旅して来た者ですじゃ」
「これ、ちゃんとベツレヘムと言わんかい」
「占いによると、この子は我々を、そして大勢の人を救う救いの御子ですのじゃ」
「す、救いの御子?この子が?」
「ベフヘフェフ?ふふふ……」

「これは、我々のほんの気持ちですじゃ。お収めくだされ」
「ええ。御子様のご誕生のお祝いの代わりに」
「この様なもの、御子様の価値には、到底及ぶべくもありませんが…」
「こ、これは…乳香、没薬、黄金…こ、こんな高価なものを、こんなに?」
「い、いえ、とても頂けませんわ」
「いえいえ、そんな事言わずにお収めくだされ」

三人の老人が何やら荷物を俺達の前に積み上げる。
夫婦の慌てた様子からすると、この時代の高価な品々なんだろう。
俺でもわかりやすい、黄金と同じくらいに。


「見よ皆の者、これこそ救いの御子じゃ!」
「そうじゃ。新たなるユダヤの王じゃ!」
「救いの御子と、皆に神の祝福あれ!」

「おー、何てありがたい顔をした子だ!」
「おい、俺にも見せてくれ!」
「前のやつ、ちょっとかがめ!」

「やれやれ、参ったな…」
「救いの御子ですって、この子。うふふ……」

ワーワーと沸き返る群集。周りはまさにお祭り騒ぎだ。
そしてそれに囲まれて戸惑う俺たち。
大騒ぎする人々を眺めながら、
俺は、何かとんでもない事に巻き込まれた予感をひしひしと感じていた……。









「ふぅ、全くワシらの占い通りじゃったわい。ベフェフェレフの馬小屋に救いの御子が生まれるとな」
「だから、ちゃんとベツレヘムと言わんかい」
「ところで…。ヘロデ王の所へは寄らんのか?これは宮殿へ向かう道ではないようじゃが」

「行くわけないじゃろ」
「そうじゃそうじゃ。邪な心が丸見えじゃったわ。ロクでもない事を考えとるに決まっておる」
「全く、その通りじゃな。それじゃ、さっさとずらかるとするかの」
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