第8話 10年分の……

文字数 666文字

先日、10年以上付き合いのあった御利用者(お年寄り)C様が、他の施設へ移ることとなりました。

C様は、家事全般が自分ではできなくなっており、ご家族が持ち物の準備や部屋の整理をしていました。

そのため、C様はいつも軽装で、持っているバッグの中身は入浴用の着替えと、ティッシュ、そして薬くらいでした。

おそらく、ご家族が変なものを持っていっても困ると、全て整理されているのだと思います。

最後の利用日もやはり同じで、特別なものは持ってきておられませんでした。

私たち介護職員は、長年の付き合いであっても、他の方と差をつけるのもおかしいだろうと、いつも通り接し、送り出そうと話し合っていました。


午後になり、もう少しでお別れ……という時間が近づいてきた頃。
C様が、自分のバッグや上着のポケットなどを探る様子がありました。
10年以上の付き合いの中で、あまり見られない行動だったため、私を含め、職員はどうしたのかと近くで様子を伺っていました。

数分後、C様は上着のポケットから何かを取り出し、私を手招きしました。

C様の近くへ行くと、C様は一言、

『ありがとうね』

と言って、飴玉を1つ、差し出してきました。

本来ならば、御利用者からモノを受け取ってはいけないのでしょう。なんでもない日であれば、絶対に受け取りません。

しかし、この日の飴玉に限って言えば……
10年分の想いを込めた、C様なりの、精一杯の気持ちなのだと感じました。

私はこっそり受け取り、

『ありがとうございました』

その言葉だけを返しました。


10年分の気持ちが込められた、飴玉、1つ。

いつ舐めようかな……。
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