第19話 家族からの感謝

文字数 2,020文字

以前、モチベーションについて、話を書かせていただきました。
どれだけ尽くしても、御利用者(お年寄り)はすぐに忘れてしまうし、どれだけ頑張っても、御利用者は100%亡くなってしまいますし……というお話です。

もちろん、御利用者から感謝されることもありますので、それでモチベーションが保てるという職員もいます。

ただ、私は、それだけではモチベーションの管理ができないのです。

しかし、そんな私が、過去、1度だけ、心から「頑張って良かった」と思う事例がありますので、紹介させていただきます。


介護士は、正社員になると、ほとんどの場合、『御利用者担当』がつきます。
何かというと……
介護職員がそれぞれ、固定の御利用者を担当することで、全御利用者の状況把握をより正確に行おう、というものです。

私にも、担当の御利用者がついているのですが、以前、気難しい御利用者を担当したことがありました。

なにをするにも『助けてください』と職員や家族の手を借りようとし、
なにをするにも『痛い』『苦しい』『嫌だ』と口にするのです。

ご本人に、ある程度の力は残っており、自分の力でできることがたくさんあるにも関わらず、です。
痛い、苦しい、という訴えに関しても、医師からはそんな症状が出るような病気はなく、精神的なものだろうと言われていました。

介護の世界では、こうした御利用者のことは、『依存的になっている』と表現されています。

そんな方だったので、介護士にとっても、家族にとっても、『自分でできるのだから、文句ばかり言わないでやってくれ』と思われる存在で、正直、あまり良く思われていませんでした。

しかし、その方の担当となっていた私は、他の職員と同様に『面倒だ』と流すわけにもいかず、なんとかできないか?と向き合っていました。



結論から言えば、無理でした。



どれほど本人と言葉を重ねても、どれだけ支援の方法を考えても、
80、90歳の人の性格を変えることはほぼ不可能ですし、周囲がなんと言おうと、本人にとっては痛くて苦しいものですから、どうすることもできませんでした。

ですが、その一方で、ご本人がそんな状態だったため、私はご本人を変えることは諦め、別の方向への働きかけを行いました。

ご家族とのコミュニケーションです。

前述の通り、この方は介護士だけでなく、ご家族にとっても、あまり良い存在ではなくなっていました。

私は、御利用者担当という立場から、ご家族の希望、意向を確認し、その上で、ご本人の普段の様子を観察し、
ご本人がご家族へどんなことを思っているのか?など、細かくコミュニケーションを取るよう努めました。

ご本人は、コミュニケーションが取れない方ではなかったため、興味のあること、好きなことなどは行ってくださり、笑顔の写真を撮ることもできていました。

私は定期的にご家族へ、手のかかる部分だけではなく、そういったこともお伝えし、少しでも力になれればとお手伝いしていました。


ただ、どれだけ尽くしても、お別れにはなるもので。


その方も、少しずつ弱り、本当に痛みや苦しみが出てくるようになり、出会ってから1年も経たないうちに、お別れとなりました。

私は、
結局、何ができたのか?
これで良かったのか?

と感じていました。

お別れとなってから数週間後、ご家族が施設へ訪ねて来られました。

介護職員は、基本的に御利用者の相手をする職業ですから、ご家族が来られても、対応には向かいません。
特に、既に契約解除となっている方ですから、介護職員が関わることなどほとんどないのです。

その時も、私は別の御利用者の対応をしており、そもそも、ご家族が来ていたことを知りませんでした。

ところが、その時だけは別で。

名指しで呼び出され、ご家族から、

『お世話になりました。本当に、ありがとうございました』

と、挨拶されました。

それ以上の言葉はありませんでした。
ただ、感謝の言葉だけを受け取りました。



ご本人にとって、良い介護ができたのか?
今でも分かりません。


もし、言えるとすれば、

ご家族の力にはなれていたのかな?

ということです。


皆さんにお伝えしたいのですが……。
介護士は、直接、御利用者と関わる立場であるために、その周囲の方の声が、なかなか届いてきません。

その役割を持つ職種が、他にあるからです。

その結果、御利用者が介護を拒否されていたり、介護士へ強くあたるような方の場合、お礼を言われることがほとんどありません。

想像で、ご家族の役に立っているのかな?と思うことはありますが、その程度です。

もし、お世話になったと思う介護職員や、施設、事業所がありましたら、そこの施設長やケアマネなどの対応職員だけでなく、
是非、そこで働く現場の介護士へ、お礼を届けてください。


給料が上がること、
人手が増えること、

それらも大切ですが、誰かの役に立っていると実感できることも、モチベーション維持のためには、大切な要因の一つだと思います。


よろしくお願いします。


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