第5話 塩とトイレ(御利用者A様)

文字数 821文字

皆さんは、介護士が普段、どんな仕事をしているか、知っていますか?

介護士の日常を、少しだけ紹介します。


先日、こんなことがありました。
施設を利用されているお年寄りーーA様が、座っていた席から不意に立ち上がりました。
近くにいた介護職員がすぐに「どうされましたか?」と声をかけます。

すると、A様は一言、

「塩……」

そう呟かれました。
あとに続く言葉もありません。
ただ、『塩』とだけ口にして、職員へなにかを訴えるような視線を送ります。
職員は首を傾げ、「塩がどうしましたか?」と尋ねます。
ごはん時でもなければ、食事中というわけでもありません。なにか、塩が必要なことでもあるのか? それとも、なにか別の意味があるのか……?

尋ねられたA様は、自分のお腹をさすり、

「塩がね……あるみたいで……」

と、仰られます。

職員は、その仕草を見て、ピンと来ました。
ああ、と頷き、A様へこう問いかけました。

「トイレに行きたいのですか?」

A様は重度のアルツハイマー型認知症を患っており、頭に思い描いたことが、言葉として出てこないことが多いのです。
おそらく、『おしっこ』という単語が、『塩』に変換されてしまったのでしょう。

もともとA様は、人よりもトイレへ出向く回数が多い方なので、職員はお腹をさする仕草で、なにを示しているのか、察することができました。

A様は『トイレ』という単語を聞き、ホッとしたように「はい、そうです」と頷きました。
自分でも、どこか噛み合わない部分を感じていたのかもしれません。

職員も、「分かりました」と応じ、トイレへ案内しました。

A様は無事、トイレを済ませることができ、案内してくれた職員へ「ありがとうございました」と頭を下げました。


                   了


日常の、ごく一部を書かせていただきました。

A様を普段からよく見ているからこそ、『塩』という単語や、何気ない仕草だけで、気付くことができました。

これも、介護士の立派な仕事です。


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