第50話 家に帰りたいという希望

文字数 1,295文字

皆さんは、『帰宅願望』または『帰宅欲求』という言葉を聞いたことはありますか?

その名の通り、『家に帰りたい』という希望を指す言葉です。

認知症を持つ方々によく現れる症状の一つで、介護の世界では、『対応が難しい症状』として見られています。

認知症の方は、『見当識障害(けんとうしきしょうがい』という、時間や場所、方角などが分からなくなる症状が発現します。

その結果、帰宅願望と合わさると、

どこに向かったら良いのか分からないのに、『家に帰りたい』という気持ちが強く出るため、行方不明になったり、最悪の場合、事故に合うなど、亡くなってしまう原因になるのです。

そして、さらに難しいのが、

既に取り壊されている、昔の家に帰りたいと言う場合もあることです。

この場合、現住所となっている自宅にいるのに、『家に帰りたい』と言うこともあります。

そして、放っておけば、やはり行方不明に……ということになります。

そのため、多くの介護施設では、出入口が簡単に開かないよう、なんらかの策が施されており、介護士も御利用者から目を離さないよう細心の注意を払っています。



などと説明すると、相当面倒な症状だと思われるでしょうが……。



この『帰宅願望』は、『おかしな症状』ではありません。

皆さんは、学校が終わったり、仕事が終わった時、どこへ帰りますか?
ほぼ100%の方が自宅に帰るのではないでしょうか?

そして家に帰れば、家事をしたりご飯を食べたり好きなことをしたり、いろいろとやることがありますよね。

施設にいる御利用者が『家に帰りたい』と言うことは、本来、何も間違っていないことなのです。

ただ、認知症があるために、自宅への帰り道が分からなくなっていたり、ご家族の都合があったり、本人が介護を必要とする状況となっていたり……仕方なく、施設へ入っているのです。

『家へ帰りたい』という希望そのものは、何もおかしなことではないのです。


そうなると……どうでしょうか。


もし、御利用者が『家へ帰りたい』と希望した時、ご家族の都合で……と説明しても、

『家族なんて関係ない。家に帰るのになんで家族の許可が必要なんだ?』

と言い返されます。

認知症の方の多くは、自分が認知症であると自覚していませんから、そのあたりの説明をしても、

『自分でなんでもできる!馬鹿にするな!』

と言い返されます。

果ては、

『お前たちの都合でこんなところに押し込んでるんだろ? 人の気持ちを考えろ! 家に帰ることのなにがいけないんだ!』

と怒鳴られます。

ええ、
全くもって、その通りなのです。
その言い分に、何も間違いはありません。

もちろん、だからといって本当に家へ帰っていただくことはできません。
ただ一方で、帰して良いのなら、帰したいと、介護士はいつも思っています。


介護士は、それが仕事ですから、あの手この手で誤魔化して、はぐらかしていますが、家へ帰りたいという希望をどこまで抑え込むのか。


皆さんは、自分の家族がそうなった時、どのように考えますか?

面倒だと切り捨てますか?
介護施設に任せますか?
それとも、なるべく、できる限り自宅で過ごせるよう、頑張りますか?

……難しい問題です。



届け介護士の声。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み