第99話 10日目⑥おっさんは土器を成形する

文字数 3,517文字

 しっかりと捏ね上がった粘土をいよいよ成形していく。作業台のクーラーボックスの上に塊の粘土を置き、俺と美岬はクーラーボックスを挟んで向かい合って座る。

「今回はお試しでもあるからな。いきなり大きい物じゃなくてすり鉢と小物をいくつか作ろうと思うんだが作りたい物はあるか?」

「そっすねぇ……あたしはとりあえずマグカップ作りたいっす」

 おぅ……いきなり難易度高いものを。ハマグリ殻を湯呑みにしてる現状を鑑みると気持ちは十分に理解できるが、本体と取っ手を別々に成形した上で後からくっ付けるマグカップは陶芸初心者が初めて作るものとしてはかなりハードルが高い。

「……マグカップか。まあ時間はあるからやってみるか。それ以外だと、塩なんかの調味料を入れておくために蓋のできる小さい(かめ)も早めに欲しいところだな」

 蓋のできる甕があれば、味噌なんかの発酵調味料も仕込んでそのまま保管できるし、完成後もそのまま容器になるから便利なんだよな。

「じゃあ、すり鉢とペアの(・・・)マグカップを優先で作って、残った分で作れるだけ小さい甕を作るってことで!」

「……なんかいつの間にかペアマグを作る流れになってるし」

 どんどんハードルを上げる美岬に苦笑すると、美岬はどうも違う意味に捉えたようでふんすっとドヤ顔をする。

「当然っす! マグカップは毎回の食事で使うんすからお揃いかどうかは重要っす!」

 ……これは一度実際に自分でやらせてみた方がいいだろうな。

「……おけ。じゃあ俺がまず、すり鉢を作りながら説明していくから、その後で一緒にマグを作ってみようか」

「あいあい」

 まずはクーラーボックスの上に大きめの葛の葉を1枚置く。

「粘土の成形は基本的に回しながらするからな、作業台に直接粘土を置くと底が張り付いて回せなくなるから、こんな風にまずは台の上に下敷きを置いて、その上に粘土を置いて下敷きごと回転させながら形を整えていくんだ」

「葉っぱが轆轤(ろくろ)の代わりなんすね」

「まあそういうことだ。まずは器の底の部分を作っていくぞ」

 粘土の塊から千切った一片を丸めてから手のひらで叩いて伸ばし、平たい円形にして、それを葛の葉の上に置く。

「叩いて伸ばすことで粘土の中の空気が抜けるんだ。空気が残ってると焼いた時に熱で膨張して割れる原因になるからな」

「ほうほう」

 サイド部分用の粘土を両手で挟んで転がして細長い紐状にしてから、接合部分を水で濡らしながら輪積みしていく。

「粘土紐を輪積みする上で大事なのは、1巻きごとにしっかりと接合しておくことだ。接合部分を水で濡らしながらやるのが大事だな」

「なるほどっす」

 ただ積むのではなく、積んだ粘土紐同士を指先で押し潰すようにしてしっかりと接合しながら積み上げていく。すり鉢なので積み上がるにつれてだんだん広がっていくように調整する。
 だいたいサイズとしてはラーメン丼ぐらいになったところで積み上げるのを止め、濡らした手で外側と内側の接合痕をならして消しつつ、形の微調整をして整える。

「この接合痕をならして消す作業をナデとかミガキとか呼ぶこともあるな。今回は手でやったが木ベラなんかでやってもいい」

「おお~、積んでる途中は形もいびつだったっすけど、ならし終わったらちゃんと丼の形になったっすね」

「そうだな。積む時は大雑把に形を造って、ナデ作業で形を整えるんだ。素焼きの器ならこれであとは乾かして焼くだけだが、すり鉢だから『くし目』を作らないとな。そういえば美岬は三角定規を持ってたよな?」

「三角定規なら筆箱に入ってるっすけど使うっすか?」

「ちょっと貸してくれるか?」

「あいあいっ! お待ちあれ」

 美岬から借りた三角定規の角を使って、丼の内側を底から縁に向かって粘土を掻き取り、くし目の溝を彫っていく。内側全体に溝を彫り終えれば今日の作業は終了だ。何日か乾かしてから表面に釉薬(ゆうやく)を塗って焼けば完成になる。
 板状摂理(ばんじょうせつり)で板状に割れている石はそこらじゅうに落ちているので手頃なものを拾ってきて、それに成形の終わったすり鉢を載せて拠点の奥の天井が低くなっている邪魔にならない場所に置いて乾くまで放置する。

「土器の成形の流れはこんな感じだが分かったか?」

「たぶん分かったと思うっす。あとはやりながらコツを教えて欲しいっす」

「おっけ。じゃとりあえずマグカップを一緒に作っていこうか」

 さっきと同じように下敷きとして葛の葉を用意し、その上にまずカップの底になる平たく丸い粘土を置き、ついで粘土紐を輪積みしてマグカップの本体を造っていく。慣れたら凝ったものにしてもいいが、今回は特に美岬は初めてなのでシンプルな円筒形にする。取っ手は別に作るので後回しだ。

 やはり不慣れな美岬はなかなか思った通りの形にできずに四苦八苦していた。

「うぅ、これじゃあペアマグとは言えないっすよぅ」

 俺が成形したものと自分が成形した潰れた空き缶みたいなものを並べてみて美岬が眉をへんにょりとさせる。まあこうなるだろうな、とは思っていた。過去に俺も通った道だが、上手い人間がやっているのを見る限りだと簡単そうに見えても実際に自分でやってみると案外難しいものなのだ。

「こればかりは数をこなすしかないからな。一度粘土に戻してもう一度作り直してみたらどうだ? それとも俺がやってやろうか?」

 美岬の答えは聞くまでもなく分かっていたが、一応助け船として代わりにやることを申し出てみる。そして美岬の答えは予想通りだった。

「むー……いや、自分で作り直すっす! 自分でやりたいっす。ちょっとコツを掴んだような気はするんで次はもうちょっと上手くできるはず」

「そっか。なら次は、輪積みにする粘土紐の太さをなるべく均等にすることと、1周あたりの長さがだいたい同じぐらいになるように心掛けながらやってみたらどうだ?」

「あ、なるほどそうっすね! やってみるっす」

「頑張れ。俺は残りの材料で(かめ)を作ってるから」

 美岬がさっそく失敗作をバラして作り直しはじめる。
 俺はマグカップの取っ手に使う分を取り分けてから、残りの粘土で小さい甕を作り始めた。ちなみに(かめ)(つぼ)の違いは本体の太さに対する頸部の太さだ。頸部が本体の2/3未満なら壷、2/3以上なら甕ということになっている。とはいえ骨壷とか蛸壷は名前は壷だが分類的には甕になるからこのあたりの定義もあまり厳密ではない。

 俺が作っている甕は、楕円形の本体に出し入れしやすい広い口。イメージとしては卵の上と下のとがった部分を切り落としたような形だ。そしてそれに合わせた蓋。料理屋の各テーブルに漬け物なんかを入れて置かれていることが多いこのタイプの甕は用途が広く、使い勝手がいいのでサイズのバリエーションをいくつか作っておこう。

「ガクさん、こんな感じでどうっすかね?」

 何度か作り直していた美岬がようやく自分でも納得できるものができたようでおずおずと見せてくる。まだ多少は歪ではあるが、最初に作ったものとは段違いに上達しているし、なにより美岬が納得できているというのが大事だ。

「おお、上手くできてるじゃないか。じゃあこれで次に進めようか」

「へへ。……正直、陶芸舐めてたっす。けっこう難しいんすねぇ」

「指先の力加減とかは感覚的なものだから言葉では説明できないんだよな。とにかくやって覚えるしか」

「ガクさんはなんでそんなに上手いんすか?」

「俺の店兼自宅はけっこう標高の高い山の中にあって冬は雪で閉ざされるからその間は毎年休業してるんだが、その休業期間中に陶芸も含めて色々クラフトはやってるからな」

「道理で上手いはずっすね」

「さて、じゃあマグカップの取っ手を作って、それはしばらく乾かさないと本体に付けられないから乾かしている間に晩飯にしようか」

「ありゃ、すっかり集中してたから気づかなかったっすけどもうそんな時間っすか」

 美岬がすっかり暗くなった外を見て驚く。クラフトに集中してる時のあるあるだな。

 それから残してあった粘土で取っ手を作る。
 取っ手は粘土紐を曲げて形を整え、本体に接着する部分を下にして立てた状態でしばらく乾かす。晩飯が終わってから続きの作業をするぐらいでちょうどいいだろう。
 ちょうど作業の区切りもついたので一旦片付けて晩飯にすることにした。








【作者コメント】
現代の陶芸では、陶土と砂と水を捏ねて粘土を作り、できた粘土は成形する前に数日間寝かしますが、縄文時代にそんな工程はなかったことでしょう。おそらく、初めから適度に砂の混じった粘土を採集してきてそれをすぐに成形したものと思われます。

今回を含む最初の土器作りは発掘調査などから明らかになった本来の縄文時代式の土器作りの再現となります。
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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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