第7話 2日目④おっさんは筏を強化する

文字数 2,448文字

 見張りは美岬に任せて、俺は工作に勤しむ。
 靴下の口の部分を輪っかにした針金で大きく広げ、20㌢に切った麻紐2本を対角線で取り付け、その交差部に2㍍に切った麻紐を結びつけて完成だ。所要時間およそ10分。

 完成したそれ、さしずめ『プランクトン採取器』とでも名付けるか。その本体を海中に投下すると、海流で吹き流しのように膨らむのが分かる。
 うん。期待通りの状態だ。それの反対側の紐の端を筏に結んで固定すれば作業は終了だ。あとは定期的にプランクトン採取器を引き上げて中に溜まっているであろうプランクトンを回収するだけだ。とりあえずこれで様子を見て、十分な量に届かないなど何か不具合があればまた考えよう。

「おにーさん、あれ、なんすかねぇ? なんか棒みたいのが見えるっすよ」

「お、なんかあったか?」

 美岬が指差すのは、筏の進行方向からちょっとずれた辺りの海面だった。距離にすると500㍍ほど先だろうか、遠くて肉眼ではよく分からないが海面から何本もの細長い棒がにょきにょきと突き出ている。それ自体も漂流しているようでうねりに合わせて上下している、というところまで分かった瞬間、その正体に気づく。

「美岬ちゃん! よくやった! あれは絶対に回収するぞ!!」

「え? なんすかあれ?」

「あれはたぶん竹だ。川が増水した時に海に流されたやつだ」

「あー、あの見え隠れしてる棒は竹の枝っすか」

「ああ。本体のサイズにもよるが、それなりの大きさがあればこの筏を補強出来るし、色んな道具の素材になる。あの竹を手に入れれば俺たちの生存確率がぐっと上がるぞ!!

「マジっすか! じゃあなんとしても捕まえなきゃっすね」

「このままの進路では微妙にずれているから、ちょっと進路調整してなんとか捕まえよう」

「どうやって進路調整するんすか?」

「パドリングだ」

「あー、サーファーが沖に向かうときに手をオールがわりにして進んでいくあれっすか」

「そうだ。海流に逆らうのは無理だが、海流に乗ったまま進路調整するぐらいならこの状態からでも出来るだろう。俺は左側をパドリングするから、美岬ちゃんは右側のパドリングを頼む」

「了解っす」

 俺と美岬は筏に並んでうつ伏せになり、俺は左手、美岬は右手で海中を漕いで筏の進行方向を竹に向ける。まだ遠いうちに気づけたので、さしたる労力も必要とせずに竹との交差ルートに乗せることができた。

 距離が近づくにつれてその全容が明らかになってくる。

「おー、これは孟宗竹(もうそうちく)っすねぇ。かなり立派な代物っすよ」

 美岬の言う通り、実に立派な孟宗竹だった。全長はぱっと見で15~18㍍ほどありそうだ。太さは根本で18㌢ぐらいで節と節の間は一番長い場所で30㌢ぐらいはある。葉はほとんど残っていないが、枝はかなり残っている。ただし竹の枝は短いので長いものでもせいぜい1㍍前後ぐらいだ。全体的にまだ青みがかっていることから、ごくごく最近、おそらくは先週の台風あたりで流出したものと思われた。

「こいつは予想以上に状態がいいな。これを使えばある程度の嵐にも耐えられるような頑丈な筏に出来るぞ」

「それはいいっすね。あたしも手伝うんでなんでも言ってくださいっす」

「そうだな。じゃあ俺がこいつを加工していくから助手として動いてもらおうか。俺が指定した道具を俺のリュックから取り出して渡してくれ」

「はいっす!」

 ついに孟宗竹と接触したので、流れて行かないように麻紐で筏に係留し、作業を始める。

 俺は筏に横向きに座り、足を海に浸した状態で、まずは目の前にプカプカと浮いている孟宗竹の枝を鋸で切り落としていく。その枝を美岬に渡し、美岬はそれを束にして麻紐で縛る。その縛った枝はまたいずれ使うが、今は筏の上にあると邪魔なので麻紐で筏に係留して海に浮かべておく。


 竹は節と節の間に空気が入っていて、その部分が浮力となるのでなるべく切るのは少ない方がいい。なので、俺たちが乗っている180㌢×90㌢の筏を囲む二等辺三角形にしようと思う。

 まず、根元に近い太い部分から3㍍を2本と1.5㍍を1本切り出して二等辺三角形を作って麻紐と針金で互いにしっかりと縛り、筏の外枠を作る。
 そして、2個ある救命浮き輪のうちの1個を2本の竹の間のちょうど浮き輪の直径と同じぐらいの隙間の場所に挟んでしっかりと固定する。この時点で強度と浮力の両面でかなり頼もしくなっている。

 外枠に竹を7.5㍍使用したが、それでもまだ8㍍ほどは残っている。その内の太い方から順に1㍍と80㌢をそれぞれ1本ずつ切り出し、二等辺を構成する各3㍍の竹の補強に使う。竹と竹の間が約1㍍の場所と80㌢の場所に固定する感じだな。

 とりあえず、昼ぐらいまでかかってだいたいの作業は終了した。出来上がった筏はこんな感じだ。

 3㍍二辺と1.5㍍一辺の二等辺三角形。1.5㍍の底辺を船尾とし、三角形の頂点を船首とする。
 二等辺を構成する2本の竹の間に補強材として1㍍と80㌢の竹がそれぞれ1本ずつと、直径約50㌢の救命浮き輪が1個使われている。そして、俺たちが今まで使っていたエアーマットレス筏は二等辺三角形の内側に納まり、外枠にしっかりと固定されて居住区(キャビン)となる。あぶれたもう1つの救命浮き輪は、船尾部の外側に固定して補助浮力兼便器として活用することにする。

 浮力に十分の余裕ができたので、水に浸かりっぱなしだった俺と美岬の荷物をようやく筏の上に引き上げることができた。
 海水が染みて濡れた衣類を取り出し、絞って筏の上に広げて干していく。

 ここまでで作業の切りがいいので休憩することにした。






【作者コメント】
 作中でも大いに活躍している麻紐。気安く使える結ぶための紐はサバイバルDIY では非常に有用な消耗アイテムです。どれだけあっても余ることはないと言っても過言ではないでしょう。ビニール紐でもいいですが、非常用持ち出し袋には必ず含めたいアイテムです。

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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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