第47話 6日目③おっさんは主食になる穀物を見つける

文字数 2,934文字

 それからすっかりご機嫌になった美岬と海浜植物ゾーンを通り過ぎ、(あし)の繁る湿地帯に近づく。

「ほわぁ、なかなか立派に育ってるっすねー。あたしの身長の2倍ぐらいっすか」

 葦をすぐそばから見上げて目を細める美岬。葦という植物は、地下茎を張り巡らし、他の植物が育たない純群落を作るので、ここには本当に葦だけしか生えていない。3㍍ぐらいの葦が一面に立ち並んで風にそよいでいる様子は近くで見るとなかなか壮観だ。
 葦は秋から冬にかけて地下茎だけを残して枯れるので、その立ち枯れたものを刈り取って“すだれ”や茅葺き屋根に加工することが日本でも昔から行われてきた。
 また、竹と同じような節のある中空構造をしているのでそれ自体に浮力があり、筏や舟の素材としても用いられてきた。ここの葦とは品種が違うが、アンデスのチチカカ湖では浮島や葦舟の材料として今も現役だ。俺たちがこの島から出るための舟も今のところ葦を主材料として作るつもりでいる。

「建材なんかに使うなら冬枯れした乾いたやつを刈り取るのが手間が少ないが、今の水気があって柔軟なやつはカゴの素材として使えるな」

「おぉ、カゴは早めに欲しいっすね。今みたいに手に抱えてる洗濯物を入れるのもそうっすけど、薪とか食べ物を集めるのにも絶対にあった方が便利っすもんね」

「そうだな。あと乾物を作るための干し網とか、魚や甲殻類を捕まえるための罠なんかにもカゴは使えるからな。美岬はカゴ作りはしたことあるか?」

「いや、ないっす。ガクさんは?」

「まあ手慰(てなぐさ)み程度だな。あまり凝ったものはできないが実用一点張りのやつなら何度か作ったことはある。ちょっと葦を刈っていって一緒に作るか?」

「お願いするっす。作り方さえ教えてもらえればあたしもこれから作っていくんで」

「おっけ。じゃあ洗濯してから材料の葦を刈って戻るか。せっかくだから田んぼとして開拓する場所の葦を刈りたいが、どこがいいと思う?」

「あ、そうっすね。……えっと、たぶんこの辺りはまだ海水の影響があるし、土も砂混じりで水捌け良すぎるっすから、もうちょっと上の方がいいと思うっす」

 そのまま葦の群生地の外縁に沿って上流に向かって歩き、小川の水がいくつにも別れて地面に染み込んで湿地になり始める場所に着く。
 林と葦の群生地の境となるこの辺りは葦の密度もさほど高くなく、小川の上流から流れてきたであろう種が芽吹いたと思われる若木や草も生えている。そしてここより上流には葦は全く生えていない。

「この感じからすると、葦は上流から流れてきたんじゃなくて、浜に海から流れ着いた種が根付いてここまで勢力を広げてきたみたいっすね」

「まあそうだろうな。上流から流れてきたのなら小川の川縁にも多少は生えてるはずだもんな」

「逆にここに上流から流れ着いて芽吹いてる植物は上流にも当然あるってことっすね」

「だな。何か良さげな植物はあるか?」

「んー、パッと見で特定出来るのは、モチノキとスダジイと……おや、ジュズダマもあるっすね」

「なに、ジュズダマだと?」

 昨日は気付かなかったが、確かにトウモロコシを小さくしたような草がちらほらと生えていて、緑や黄色や黒や白の球形状の実がついているのが確認できる。間違いなくイネ科の植物ジュズダマだ。イネ科の植物は数多くあるが、その中でもジュズダマは川縁や中洲といった水辺を好むのでその生育環境は稲に近い。

「ジュズダマも自生してるっすし、田んぼとして開拓するのはこのへんがいいんじゃないっすかね。ここならもう砂も海水も混じってないっすし」

「そうだな。じゃあこの辺りの葦と植物を根っこごと掘り返して田んぼとして使えるようにするか。範囲はどれぐらいがいい?」

「んー、とりあえず5㍍四方もあれば十分だと思うっすけど」

「分かった。じゃあまずはそれぐらいでやってみるか。……それはそうと洗濯だが、ここは水が少なすぎるからもうちょっと上に移動するか」

 細かく枝分かれしたこの辺りの小川の水は足の裏を濡らすぐらいしかない。そのまま少し進んでいき、小川が1本にまとまる辺りまで来れば足首まで浸かるぐらいの水量はあるから洗濯するには十分だ。
 適当な木と木の間にロープを張り、川縁に生い茂る草や若木を伐採して作業スペースを作って洗濯をしていく。裸足になって川に入り、衣類をまず川の水に浸けて濡らし、石鹸を擦り付けて手でもみ洗いし、すすいで絞り、ロープに干す。

 まだ朝陽が差し始める前の早朝なので水も冷たく水浴びまではできないが、洗って絞ったセームタオルで身体を拭いたり、石鹸で顔と髪を洗ったりしてかなりさっぱりできた。
 洗った髪を拭いたセームタオルをもう一度洗い直してロープに干せば、すでに洗い終わった他の洗濯物と共にそよ風に揺れる。
 現時点で朝の8時頃だ。

「よし。これで一段落だな。また乾いた頃に取りに来ればいいだろ」

「そっすね。久しぶりに髪も洗えて気持ちよかったっすー。これから田んぼにする場所の葦刈りするっすか?」

「そうだな。俺はそれをするけど、美岬はこのコッヘルにジュズダマの実を集めてもらっていいか?」

 小川の両岸には水際ギリギリまでジュズダマが生い茂っていて、まだ時期は早いものの実はついていて早熟なものは獲り頃になっている。川の中を歩きながらなら両岸のジュズダマを簡単に収穫できるはずだ。

薏苡仁(ヨクイニン)として利用するんすか?」
 
「ヨクイニン? いや、それがどういうものかは知らんが、俺としては食用にするつもりだが」

「え? ジュズダマって食べられるんすか?」

「ジュズダマはハトムギの原種だぞ。メジャーではないが東南アジアでは主食にしてる民族もいる」

「マジっすか。あたしは薬用植物としてしか知らなかったっす」

「俺は逆に食用としてしか知らんかったからな。ヨクイニンだったか?」

「そっす。煎じ薬にすれば利尿、浮腫(むく)み防止、関節痛や筋肉痛に効果があると言われてるっすね」

「ほう、ということは循環器系とか腎臓に良いってことかな?」

「や、そこまでは知らないっすけど、食べるとどんな感じっすか?」

「そうだな、ムギと名はついてるがどっちかといえば米に近いかな。ちょっとクセはあるけど甘味があって噛むとモチモチしてるぞ。潰して餅とか団子っぽくしてもいいかもな。殻を剥くのが面倒だが、ある程度の量があればしばらくの間は主食になるんじゃないかと思ってな」

「おぉ、なるほど。じゃあたくさん集めた方がいいっすね。どういうのが良いとかあるっすか?」

「緑や黄色は避けて、白や黒を集めてくれ。緑は未熟果で黄色は受粉出来なかった空穂だ」

「なるほど。りょーかいっす。では行ってくるっす」

 コッヘルを手に小川の中をパチャパチャと歩きながらジュズダマを集め始める美岬。俺は折り畳みスコップとサバイバルナイフを手に湿地帯の始まる場所に戻り、田んぼにする予定の場所に繁茂する葦や若木や草を伐採して、スコップで根を掘り起こし始めるのだった。



【作者コメント】

 ジュズダマは実の色で中身を判別できるのが面白いですね。これを知る前は黄色い実ばかりを集めて割ってみたら全部空っぽでショックを受けたことがあります。
 楽しんでいただけたら引き続き応援よろしくお願いいたします。
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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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