第92話 9日目⑨ おっさんは篭作りでばよえ~んする

文字数 3,484文字

 ザーザーと拠点の外を本降りの雨が降りしきる。今は午後7時を過ぎたぐらいだ。そろそろ日没の時間であり、普段ならまだ残照が残っているが今日は分厚い雲と雨のせいですでにかなり暗くなっている。
 3畳程度の広さの拠点内にはウッドキャンドルが灯され、オレンジ色の柔らかい光がゆらゆらと揺れながら内部を照らしている。
 今夜はこのまま拠点内で内職に(いそ)しむ予定だ。

「美岬は藤篭(とうかご)作りはしたことあるか?」

「ないっす。だから教えてほしいっす」

「おっけ。じゃあこれから小さめの丸篭を一緒に作ってみようか。こういうのは実際にやりながら教えた方がいいからな」

「よろしくお願いするっす」

 まずは篭の骨組みになる蔓を準備する。採集してきた藤蔓の太い部分からまず40㌢ぐらいを1本切り出す。これが基準になるので、それに長さを合わせて1つの篭につき8本。今回はそれぞれ1個ずつ作るので16本の同じ長さの蔓を切り出す。
 そして、もう1本同じ長さの蔓を用意し、それを真ん中で切って、半分の長さの蔓2本にする。

 編み込んでいく方の蔓は、特に最初の方は細い方がいいので、長い蔓のリースをほどき、細くなった先端部を手元に持ってきておいて、これで篭編みを始める前の準備は整う。

「よし、さっそくやっていこう。骨組み用の8本を4本ずつに分けて、それを真ん中で十字にクロスさせた状態で左手に持つ」

「あいあい」

「右手に編み込み用の蔓を持って、十字の中心部分に編み込んでいって、まずはこの十字をしっかりと固定するんだ。ここが一番大事な部分だから丁寧にな」

 骨組みの中心に蔓の先端を挟み、そこから十字を回しながら蔓を骨組みの向こう、手前、向こう、手前と交互に編み込んでいく。
 最初はぐらぐらだった骨組みも、蔓が3周ぐらいする頃にはしっかり固定されてくる。

「十字の骨組みがとりあえず固定されたら、別に切り出しておいたこの半分の長さの蔓をどこでもいいから骨組みに追加して、骨の数の合計が必ず奇数になるようにするんだ」

「え? どういうことっすか?」

「こんな感じだ」

 美岬に見えるように十字の交差部分の隙間に追加の蔓を差し込んでみせる。これにより、交差部分から四方に延びるそれぞれの骨は5本、4本、4本、4本の合計17本となる。

「あ、そうするんすね。でもなんで奇数にしなきゃいけないんすか?」

「奇数にすれば1周ごとに編み目がずれて交互に表と裏から骨を挟み込むようになるから強い篭になるんだ」

「……あ、なるほど! 納得っす」

 一瞬だけ考えて説明をイメージ出来たのだろう。美岬が合点がいったとうなずく。
 
 放射状に四方に延びる骨組みは当然のことだが中心から離れるほどに骨と骨の隙間が広くなってくる。
 中心からだいたい蔓が5周したところで、骨の最初の枝分かれをさせる。5本は2本と3本に、4本は2本ずつに分け、骨が八方に広がる。

「この枝分かれをさせた時にそれぞれの骨の間隔がだいたい同じぐらいになるように気を付ければ仕上がりが綺麗になるんだ。ズレは後にいくほど大きくなるから、なるべく早めに修正しておけば後が楽だぞ」

「急がば回れっすね。了解っす」

 そこからさらに5周させたところで、2回目の枝分かれをさせて骨が17本になる。この時点で編み終わった部分は直径15㌢ぐらいの円盤になっている。ちょうど大コッヘルにすっぽり収まるサイズだ。

「よし、じゃあ底はここまでにして、ここからは篭のサイド部分を作っていくぞ。骨を上向きに曲げた状態で蔓を編み込んでいくだけだ」

「篭がだんだん形になってくるのって楽しいっすね」

「それな。クラフトの醍醐味だよな」

 初めて作る美岬の篭はやはり少々不恰好ではあるが、それでも丁寧に編み込んであるので強度は問題なさそうだ。作り慣れてくればどんどん上手くなるだろう。
 立ち上げた骨を蔓が1周回ってある程度形が固定されてからは早い。1周ごとに編み目がずれるので螺旋状の編み模様が順調に積み上がっていく。

 そして、サイド部分の高さがだいたい6㌢ぐらいになり、骨があと6㌢ほどになったところで一旦ストップする。

「じゃあそこで編み込みは終わりにして仕上げに移ろうか」

「はわっ。すっかり夢中になって作業してたっす。でも、まだ骨は高さ半分ぐらい残ってるっすけど?」

「その残りの骨が篭のフチになるからそれぐらい残るぐらいでちょうどいいんだ。とりあえずここまでで残った編み込み用の蔓は切って、端は適当な隙間に差し込んでおこう」

「あいあい」

 骨17本で直径15㌢の篭を作った場合、骨と骨の隙間は最終的に3㌢弱になる。
 そして骨1本の長さが40㌢だと、篭のサイドの高さを6㌢にすれば、上に突き出た骨があと6㌢残ることになる。

「最後の仕上げ用に骨の隙間2つ分より少し長いぐらいの骨を残すのが理想だな」

「ふむ? それでこれぐらい残したんすね」

「じゃ、仕上げていくぞ。どれでもいいから残った骨の1本を隣の骨の方に倒して、隣の骨の外を通して篭の内側に差し込んで、そのまた隣の骨に引っ掛けて留める」

「骨そのものをさっきの蔓と同じ要領で、隣とその隣の2本の骨に編み込むってことっすね」

「そういうことだ。1本目を2本目と3本目に編み込んだら、次に2本目を3本目と4本目に同じように編み込む。そうすると最初の1本目がしっかりと固定される」

「ほほう。まるで鎖みたいになるんすね」

「鎖という表現は巧いな。まあこんな感じで1本目は2本目で固定、2本目は3本目で固定、3本目は4本目で固定、と順々に隣の骨に絡めて固定していくのを1周させて、最後の17本目を最初の1本目に編み込めば篭の完成だ。最後の部分は松ヤニ接着剤(ピッチ)で固定してもいいんだが、こういう自然素材の蔓の場合はあえて固定しなくてもそのまま乾燥させるだけで硬化してほどけなくはなるけどな」

「なるほどっす。よーし、じゃああたしも連鎖を繋げていくっすよ。……えいっ…………ふぁいやー…………あいすすとーむ…………」

 鎖から連想したのか、美岬が1編みごとに某対戦型パズルゲームの連鎖攻撃の呪文を口にする。なんかそれをされると大人げなく対抗意識が燃え上がってしまうのはなぜだろう。
 俺は美岬を追い上げる勢いで自分の篭の仕上げを進めていく。

「えいっ……ふぁいやー……あいすすとーむ……」

「ちょっ! そのスピードは大人げないっすよ! だいあきゅーと」

「邪魔ぷよ送るな。……だいあきゅーと」

「ヤバいっす! 送った邪魔ぷよ相殺しないでぇ……ぶれいんだむど」「ぶれいんだむど」「もう追いつかれてるぅ!」

「じゅげむ」「やだやだ邪魔ぷよ送らないで~……じゅげむ。よし、なんとかこれで相殺」「ばよえ~ん」「鬼畜っすか!」「ばよえ~ん」「……ばたんきゅ~っす」

 アホなやりとりをしつつも小さい藤の丸篭が2つ完成する。2つ重ねて大コッヘルにすっぽり収まるサイズだからこれを使えば蒸し調理もできる。

 それから夕方に回収してきた葛緒を生糸にして紡錘(つむ)に巻き取る作業をして、生糸を巻いた紡錘が合計4本になる。
 
 採ってきた粘土の成形もしたかったが、篭作りと生糸作りが終わった時点でかなり夜も更けていたし、美岬も眠そうにしていたので、今日の作業はここまでで切り上げることにした。作業で使った物を片付け、交代でトイレを済ませてから今日はもう休むことにする。

 拠点の外は相変わらず強い雨が降り続いていて弱まる気配もない。湿気を含んだひんやりとした空気が拠点内にも流れ込んでくるが、ウッドキャンドルが燃えているのでいい具合に相殺されて適度な湿度と室温に保たれている。
 作業中はあまり自覚していなかったが、体を横にした瞬間に一気に疲労と眠気が押し寄せてくる。考えてみれば今日は昼寝もしていないし、小川の東側の探索でかなりの距離を歩いてもいる。それは疲れも出るはずだ。美岬は? と隣に目を向ければすでに夢の世界に旅立った後だった。
 俺も特に起きている理由はないので、眠気に抗う努力を早々に放棄して意識を手放したのだった。






【作者コメント】
 ばよえ~んはついかっとなってやっちまいました。後悔は……していないこともない。だって篭作りを文章だけで説明するのって難しくて。内容も説明過多になるからちょっとアホなネタを入れたかったんだよね。ぶっちゃけ篭作りで大事なのは骨組みを奇数にすることと、最後の縁取り分の骨を残すぐらいです。
 あ、ちなみに作者はシリーズでは『通』が一番好きですね。苦手なのは『でか』と『謎』。わっかるぅー! という同志はぜひ応援してやってください。

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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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