第95話 10日目②おっさんは葛芋からデンプン取りを始める

文字数 3,453文字

 とりあえず、美岬には藤蔓(ふじづる)の残りを使って中型の(かご)を作ってもらうことにして、その間に俺は葛芋から葛粉を取り出す作業をすることにした。
 レインポンチョを着て雨の中、葛芋を回収に向かう。
 2日前に掘ってきたまま雨ざらしになっている葛芋は、すでに泥汚れはだいたい落ちているが、それでも裏側や隙間には残っているので1本ずつ手で擦って丁寧に表面の汚れを落としておく。

 1本あたり俺の腕ぐらいの長さと太さのある葛芋が3本。このまま狭い拠点に持ち込んでもかさばる上に、拠点の床は砂地剥き出しだからせっかく洗った葛芋がまた汚れてしまう。
 とりあえず、まずは1本だけ処理をすることにした。2本は拠点の入り口付近に転がしておき、1本は(のこぎり)で手頃なサイズの玉切りにしてビニール袋に入れて拠点に持ち込む。

 すでに拠点の中にあるクーラーボックスの上のまな板に、玉切りにした葛芋を1個ずつ出しては(なた)で叩いて潰し、別の袋に入れていく。
 冬の時期の高品質な葛芋ならデンプンを大量に含んだ白い汁が詰まっているのだが、夏の時期である今の葛芋は繊維ばかりでスカスカしている。それでもデンプンも多少は残っているようなので全然取れないということもないだろう。

 1本分の葛芋を潰してビニール袋に入れ終わり、そこに水を入れて袋の外から手で揉んで成分を溶け出させる。この時点ではデンプンとアクが混ざった状態なので、白と茶色の混ざりあった泥水のような液体になっている。ちなみに味も泥臭い上にエグくて飲めたものではない。
 これを食べれるようにしようと思うあたり、本当に日本人というのは昔から食べることには妥協しない国民性なんだな、と改めて思う。

 残りの2本の芋も同様に処理して合計3袋になる。

 大コッヘルに入っている葛葉の焙じ茶を空いたペットボトルに移し、空いた大コッヘルに小さい篭をはめ込み、ビニール袋の口を緩めて泥水のような葛芋汁を篭で濾しながら大コッヘルに流し込んでいく。
 葛芋の大きな繊維はビニール袋に残り、小さな繊維は篭で濾し取られ、それをすり抜けた細かい繊維と茶色い液体が大コッヘルに入っている。
 1袋分が大コッヘルの半分ぐらいになったので、もう1袋を同様に濾して大コッヘル1杯にする。残った1袋はとりあえず後回しだ。

「うわぁ、完全に泥水っすねぇ。これ、ちゃんと分離できるんすか?」

 篭編みに(いそ)しんでいた美岬が一度手を止めて大コッヘルを覗きこみ、そんな感想を口にする。

「ああ。このまましばらく放置しておけばデンプンが底の方に沈澱(ちんでん)するからな。そしたら上の茶色く濁ったアク汁を捨てて、綺麗な水を足してよく撹拌して、またしばらく放置して……というサイクルを何度か繰り返していけば、アクの抜けたデンプンが残るんだ。最後に白い泥状になったデンプンを布に包んで絞ってから天日干しで乾かせば葛粉の完成だな」

「はー……なかなか手間がかかるんすねぇ」

「まあそれは仕方ないな。全部自給自足でやるスローライフってのは何をするにも、とにかく時間がかかるからな」

「そっすねぇ。でも、手間をかけてる分ありがたみはあるっすよね」

「まあ、確かにそういう一面はあるな。さて、これはとりあえずこのまましばらく放置でいいから、一旦別の作業をするかな」

 大コッヘルに砂などが入らないように蓋をする。

「土器作りはあたしもやりたいから待ってほしいっす」

「おっけ。じゃあ俺はだいぶ貯まってきた葛藁(くずわら)真田(さなだ)に加工しとくかな」

「……なんかまた新しい情報が出てきたんすけどー? 真田ってなんすかー?」

 美岬がじとっとした半眼でこっちを見てくる。

「そう構えるな。真田は麦わらを帽子に加工する前段階の状態でな、何本かの麦わらをリボン状に平たく織ったものだ」

「平たく織るってミサンガみたいな感じっすか?」

「ミサンガよりはだいぶ簡単だな。織り込む藁の本数によって織り方は変わるが髪の三つ編みの方がイメージは近いかな」

「ほーん。そんなに難しいものではなさそうっすね。その真田でどうやって麦わら帽子を作るんすか?」

「帽子の頭のてっぺん部分から始めて、渦巻き状に真田を巻きながら形を整えて縫い合わせていくだけだな」

「うー、なんとなくイメージできるようなできないような」

「まあやりながらじゃなきゃイメージはしにくいだろうな。とりあえず今は帽子の素材になる真田をこれから俺が作っていくってだけのことだから。実際の帽子作りはまだちょっと先になるしな」

「ん。りょーかいっす。とりあえずガクさんの作業を横目で見とくっす」

 美岬に見学させることを考えるなら、一番シンプルな三平(さんぴら)織りがいいかな。これはまんま三つ編みだ。三つ編みと違うところは折った部分を押し潰すことで平たくなるぐらいだ。

 俺は適度に乾いている葛の芯──葛藁(くずわら)を扱いやすい長さに切って三平織りにしていく。元々の葛藁は幅5㍉ぐらいなので、3本で織っていけば幅15㍉ぐらいのリボン状になる。
 藁の端まできたら次の藁を継ぎ足して織り込みながらどこまでも長くできる。編み上がった分は適当な木の棒を芯にして巻き取っておけばいい。

 材料としては藁が扱いやすいし丈夫だが、ススキやアシの葉のような細長い葉を使えば元々幅があるからもっと簡単に真田は作れる。ただし葉の縁で手を切らないように気を付けなければならないが。
 東南アジアではバナナの葉を裂いて紐状にしたものやヤシの葉なんかも帽子の材料として使われる。

 そんな解説も挟みながら葛藁を織って真田を作っていく。



 そのまま2人で集中して作業を続け、昼近くなった頃に美岬が篭を完成させる。

「……よーし。これで完成っす! どうっすか?」

 今回の篭はバスケットボールがスポッと納まるぐらいのサイズの中型のもので、美岬も昨日でコツを掴んだようで仕上がりもなかなか綺麗に出来ている。

「おう、なかなか上手いじゃないか」

「むふふ。ちょっと慣れてきたっすよ。これなら何に使うのがいいっすかねー?」

「これなら色々使えるだろうな。潮干狩りに行って捕れた貝を入れるのとか、土を振るって小石を除去したり、普通に着替えとか私物を収納するのにも」

「おぉ、なるほど。用途はまた考えるとして……んんー! ずっと同じ姿勢で作業してたから体がガチガチに(こわ)っちゃったっす。あとお腹も空いたっす」

 大きく伸びをした後で肩を回してお腹を押さえる美岬。

「そうだな。作業の切りもいいしこのあたりで昼休憩にするか。だが、ちょっとこれだけは先にやらせてもらおうかな」

 真田作りはいつでも中断できるのでそれは一旦脇に置いて、大コッヘルの蓋を開けて中身をチェックしてみれば、デンプンはだいぶ沈澱したようで、白っぽさのなくなったブラックコーヒーのような焦げ茶色の液体に変わっていた。
 コッヘルを揺らさないようにそっと傾け、上の方の焦げ茶色のアク汁だけをこぼして捨てる。

「ほほう、こうやってデンプンとアク汁を分離するんすね。そしてここに綺麗な水を継ぎ足すんすね」

「いや、その前に、あともう1袋分の葛芋汁があるから、それを先にこの嵩が減ったところに継ぎ足そう。全部まとめて1回で処理を終わらせたいからな」

「なるほど。濃縮するんすね」

 大コッヘルの中身が残り1/3ぐらいになったところでアク汁にデンプンが混じり始めて白っぽく濁ってきたのでそこで捨てるのをやめる。
 そして、残った1袋の葛芋汁をさっきと同じように小篭で濾しながら大コッヘルに継ぎ足す。これで葛芋3本分がすべて大コッヘルに収まった。
 再び蓋をして、そのまましばらく放置してデンプンの沈澱を待つ。

「よし、じゃあ昼メシの支度にかかるか」





【作者コメント】
デンプンの取り出し方としてはこのビニール袋を使う方法が一番楽じゃないかな、と思います。

真田と聞くとやはり戦国武将の真田幸村を連想すると思いますが、関連なくもないです。

真田一族が刀を吊ったり、甲冑を留めるのに使っていた独特の頑丈で平たい織り紐が『真田紐』と呼ばれ伝統工芸品にもなっているのですが、麦わら帽子の素材となる真田は見た目が真田紐に似ているからその名が付きました。正式な呼び名は麦稈真田(ばっかんさなだ)といいますが、作中では葛の芯を麦藁がわりに使っているので麦稈という呼び名は不適当かな、とあえて省きました。

寄生虫のサナダ虫は見た目が真田紐に似ているからその名が付いたそうで、命名者は一説によると真田幸村とサナダ虫両方に苦しめられた徳川家康だとか……。

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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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