第96話 10日目③おっさんは見蕩れる

文字数 3,054文字


 さて、昼食を作るはいいが、雨なので外のかまどは使えないし、大コッヘルも使用中。拠点の中ではあまり煙は出したくない。……となるとどうしたものか。

「あ、ガクさん、モヤシ使って欲しいっす。成長が速い上に全部同時に育ってるから食べないとダメになっちゃうっす」

「……おけ」

 条件にさらにモヤシをたくさん使うことが加わる。もうこれはモヤシ炒め一択かな。それに干し貝と干し蛸を加えて中華風に……となるとせっかくだからもうちょっと具材を加えたいな。

「美岬隊員、君に任務を与えたい」

「いえっさー! 隊長殿、小官の任務はなんでありますか?」

 と、ノリノリで敬礼する美岬。

「ひとっ走り行ってハマヒルガオを少し集めてきてくれたまえ。俺はカメノテを採ってこよう」

「了解でありますっ!」

 ということで雨の中、手分けしてハマヒルガオとカメノテを手早く採取してきた。ハマヒルガオそのものは一般的には食用ではないが、中華野菜の空芯菜(コンシンツァイ)の近縁種だし、カメノテは甲殻類の一種なのでエビの代わりになる。これでだいぶ見た目も味も中華っぽくなるはずだ。

 まずは食材ストックの干し貝と干し蛸を中コッヘルに入れ、ヒタヒタの水で火に掛け、出汁取りも兼ねて戻していく。その間にカメノテを生の剥き身にして、ハマヒルガオも適当なサイズに切り分けておく。

 十分に柔らかく戻った干し貝と干し蛸を一度まな板の上に出して食べやすいサイズに切り、出汁の方は塩で濃いめに味をつける。

 次いでスコップを予熱してからたっぷりのモヤシとハマヒルガオを炒めてしんなりさせ、(かさ)が減ったら一度まな板の上に出し、替わりにカメノテ、貝、蛸をスコップで軽く炒めて火を通し、それから野菜を戻して、中コッヘルの海鮮出汁を注いで絡めて完成だ。葛粉が出来ていればトロミも付けることができてより中華っぽさを出せたのだが、まあそれは次回以降の課題だな。

「ということで中華風海鮮モヤシ炒め完成だ」

「わぁ! 八宝菜みたいで美味しそうっす」

「今日はもうこのまま直箸(じかばし)で食べよう」

「ここは狭いっすもんね。了解っす」

 それぞれ箸を持って手を合わせる。

「「いただきます」」

 火からは下ろしてあるとはいえ、直前まで加熱調理していたので具材はどれも熱々で2人してハフハフしながらモヤシ炒めを食べる。

「はふっはふっ……モヤシのシャキシャキ感がっ、いいっすね!」

「あつっ……そうだな。モヤシは火を通しすぎないのが大事だ」

「ご飯の上にかけて食べたいっすねぇ」

「それな。今度ジュズダマでやってみてもいいな」

「雨が止んだらジュズダマとスダジイを集めに行かなきゃっすね」

「あと、晴れたらモヤシの残りが傷む前に天日干しで乾燥モヤシにしておきたいな。……まだまだあるだろ?」

「あるっすねー。モヤシだけじゃなくて豆苗もしこたまあるっすよ。300gの緑豆の一斉発芽はちょっとしたバイオテロだと実感したっす」

「……とりあえず食べれるだけ食べて、それ以外はさっさと乾物にした方がよさそうだな」

「乾物はしっかり水分飛ばさなくちゃいけないからしばらく晴れが続いて欲しいっすね」

「まぁ生乾きでも乾燥剤を使うという手はあるけどな」

「そっすねー……え? 乾燥剤? そんなんあるんすか?」

「ここでは生石灰(きせっかい)がいくらでも手に入るだろ」

「え? ……あ、焼き貝殻っすか。土壌のpH(ペーハー)調整剤としてしか考えてなかったっすけどそういえば乾燥剤としても使えるんすね」

 合点がいって納得する美岬。焼き貝殻──生石灰の成分は酸化カルシウムであり、湿気をよく吸うので乾燥剤としてよく利用される。ちなみにこの生石灰に水を混ぜると発熱しながら化学反応を起こして消石灰──水酸化カルシウムに変わり、土に混ぜてしばらく経てば炭酸カルシウムに変わる。

「石灰は用途が広いからな。発熱剤として調理に使われることもあるし、漆喰やモルタルの材料としても使われるし、鳥インフルなんかが発生した時の消毒薬として撒かれることもあるな」

「便利っすねぇ。ただそんなに色々な用途を知ってるガクさんも凄いっすけど」

「ふむ。じゃあ知ってしまった美岬もこれからは凄いな。そもそも消石灰をpH調整剤として使えると知っている時点でなかなか大したものだと思うが」

「はっ! なんてこと! ついにあたしの時代が来てしまったっすか! ……キュピーン♪ みたいな」

 悪ノリモードの美岬がポーズを決め、顔の前でピースサインを横向きにして、そのピースの間からウインクする。美少女がやると破壊力がすごい。

「おぅっ……なかなかあざと可愛いな」

「あざと可愛い! そんなこと言われたの初めてっす。さてはダーリン、小悪魔なあざと美岬にちょっとトキメいちゃったっすね?」

「……否定はしない。可愛いポーズを美少女がやるとやっぱりこうクるものがあるな」

「おうふっ。そもそも自分が美少女とか言われ馴れてない上に、美少女という自覚に乏しいあたしはなんかムズムズして落ち着かなくなるっす。……確かに自分でもダイエットに成功して可愛くなったとは思うっすけど、自分の容姿は普段は目に入らないからなんか実感が伴わないんすよね~」

「そりゃそうだろうな。鏡も小さいコンパクトしかないもんな。毎日見てる俺からすると日に日に美少女っぷりに磨きがかかってきてる美岬は眼福でもあり目の毒でもあるんだけどな」

 美岬はただ痩せただけじゃない。高蛋白低脂肪かつ食物繊維とビタミンとミネラルの多い健康的な食事と、畑仕事などで体をしっかり動かしていることも相まって、適度に引き締まった野性的な美しさが磨かれつつある。

「……む? もしや、たまにダーリンから生暖かい視線を感じるのはアホの子と思われてるんじゃなくて、実は見惚れてたとかそんな感じだったり?」

「アホ可愛いと思いながら見てることもあるが、おおむね単に可愛いなぁと思いながら見てるかな」

「やっぱりアホの子とも思われてた~」

 オーバーリアクションで頭を抱える美岬。そういう仕草がアホ可愛いんだけどな。

 美岬の場合、元々自分の容姿に自信のあるいわゆるスクールカースト上位の女の子たちとは違い、自分の容姿に自信がなく、自分でも言っているように美少女としての自覚に乏しいので、魅せ方とか映えとか男の目を意識して可愛い自分を演じるような『女の子らしさ』は皆無だ。

 だが、そこがいいと俺は思っている。
 その時その時の感情がそのまま顔に出てコロコロ表情が変わる裏表のない素直さは一緒にいて気楽だし、そんな正直な美岬の屈託のない笑顔は常に本心からのものなので、本当に魅力的でつい見蕩(みと)れてしまう。美岬に意識させたくないのであえて言わないが。





【作者コメント】
貝殻は元々炭酸カルシウムです。高温で熱することで酸化カルシウム(生石灰)になり、それを水と反応させることで水酸化カルシウム(消石灰)になり、それを土に混ぜてしばらくすると元の炭酸カルシウムに戻ります。

無人島における乾物化させた食材の保管には貝殻を焼いて作った生石灰を紙などで包み、乾燥剤として使うのがいいでしょう。作中では書いていませんが、岳人も乾物の保管にすでに使っている設定です。

石灰はモルタルや三和土(たたき)、古代コンクリートの主要な材料になるので、今後の箱庭開発で活躍することでしょう。詳しい使い方はその時に説明したいと思います。

あと石灰からは水酸化ナトリウムも作れるのでそれを使ってゲフン、ゲフン……ネタバレはここまでにしておきましょう。気に入っていただけたらいいねボタンで応援お願いします。



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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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