第5話 2日目②おっさんとJKは持ち物をチェックする

文字数 3,266文字

 食事も終わり、これから何をしようかと考えていた時に美岬がおずおずと口を開く。

「あの、おにーさん、そろそろナプキン換えたいんすけどいいっすか?」

 そういえば生理中だったな。よりにもよってこのタイミングで漂流する羽目になるとはこの子もついてないな。

「ああ、そうか。すまん、気がつかなかった。……体調は大丈夫か?」

「そっちは大丈夫っす。昨日が一番しんどい日でこれからは回復するっすし。…………えっと、それでっすね、昨日は水から上がってすぐに取り替えたから交換だけで良かったんすけど、その……今はけっこうアソコも汚れてると思うので、出来れば拭くものを貰えると嬉しいなって。さすがにセームタオルを汚れ拭きに使うのはよくないっすし」

「……あー、そうだよな。男の俺には言いにくいことを言わして悪かったな。昨日、船で顔を拭くのに使ったウェットシートでいいか?」

「もちろん。それで十分っす」

「ただ、こいつはメンズ向けの身体拭き用だからそのままデリケートゾーンに使うのは刺激が強すぎてキツいかもな。先に顔とか身体拭きに使ってから海水で(ゆす)いで絞って使ったらどうだ?」

 俺がそう提案すると美岬が目を輝かせる。

「えっ? 身体拭いてもいいんすか? 身体中ベトベトだから拭かせてもらえるならめっちゃ嬉しいっすけど」

「ぜんぜん構わないぞ。俺もせっかくだからちょっとサッパリしたいしな」

「わぁ! 嬉しいっす!」

 リュックから40枚入りの使い捨てウェットシートを取り出す。それ自体は厚手のビニールパックに入っていてきちんと口も閉じてあったので海水は染みていない。それから俺と美岬の分でそれぞれ二枚ずつ取り出す。

「ほれ。とりあえず二枚ずつあればいいだろ?」

「あざっす。んん~♪ 顔がめっちゃサッパリするっすね~」

 さっそく顔を拭った美岬が歓声を上げる。俺もとりあえず顔を拭い、首回りや(わき)や腹をシャツの裾から手を入れて拭っていく。昨日もセームタオルでは拭いたが、それでも身体に付着した塩分でベタついていたので清涼感が全然違う。

「はは。これはいいな。今までも普通に使っていたが今日のは格別だ」

「このメントール系の涼しさが気持ちいいっす。なんか身体が軽くなったように感じるっすね」

 使っていくうちにウェットシートのアルコールとメントール成分が揮発して冷涼感が失われて生温くなる。

「ああ、至福の時間が終わってしまったっす」

「まだ在庫は十分あるから一日に一回ぐらいはこうやって身体を拭くぐらいは出来るだろう」

「おぉ! 一日に一回の楽しみっすね」

「そういうことだ。さて、じゃあこの使い終わったウェットシートを濯いで絞っておこう。これの素材は不織布(ふしょくふ)だから汚れても洗えばまた使えるから使える限りは使わんとな」

「そっすね。じゃあ、ナプキンの交換ついでにオシッコも済ませちゃいたいんで断熱シートとコッヘル借りてもいいっすか?」

「はいよ。便意はまだ我慢出来るか?」

「んー、ちょっとお腹張ってる感じはあるっすけどまだ大丈夫っす」

 そう言いながら美岬が断熱シートをマントのように羽織ってくるっと俺に背中を向けるので、俺も美岬に背中を向けて終わるまで知らんふりを決め込む。

「うわー。オシッコが濃くてまるでウーロン茶っすよ」

「あーもう、そういう報告はマジでいらんからな! あと、その濃い尿は老廃物が多くて危険だから絶対飲んだらダメだからな!」

「分かってるっすよ」

 そんなやり取りも有りつつ早朝の時間は過ぎてゆき、5時頃に太陽が昇り始め、たちまちのうちに海上に立ち込めていた霧が消えてゆくのが分かる。
 6時を回る頃には海上の視界を遮るものはすっかり無くなっていた。

 遠くまで見渡せるようになって判明したことは、俺たちが360°見渡す限りの大海原を漂流していることと、見える範囲には船も島影も無いということだ。
 天気は快晴だが遠くに入道雲も見えている。今日も暑い日になりそうだ。そして、これは思った以上に状況は深刻かもしれない。

「うーん、海と空以外なーんにも見えないっすね」

「そうだな。昨日の事故現場から流されたペースを考えるとかなり速い潮流に乗ってしまったみたいだな」

「やっぱり昨日の最初のオシッコ飲んで正解だったっすかね」

「かもな。昨日は疲れていて何も出来なかったから、とりあえず今日はまず長期の漂流に備えての準備をするとしようか」

「了解っす。何からやったらいいっすか?」

「まずは持ち物の把握だな。何がどれだけあるかまず調べよう」

 そう言いながら俺はリュックからジップロック付きのビニール袋に入ったノートとボールペンを取り出した。紀行文のための覚え書き用に持ち歩いているものなので、雨でリュックが濡れても大丈夫なように防水袋に入れてあったので無事だった。俺はそれを美岬に渡した。

「今からここにリュックの中身を出していくから記録してもらえるか?」

「了解っす」

 美岬がノートを開き、ペンを握るのを待ってリュックの中身を並べていく。



~岳人の持ち物~

【刃物、工具類】
(なた)、折り畳み(のこぎり)、折り畳みスコップ、サバイバルナイフ、アーミーナイフ、ラジオペンチ、砥石。

【調理器具、燃料】
コッヘル、折り畳みスプーンとフォーク、オイルライター、ファイアースターター、ライター用燃料355cc(12oz)、シングルバーナー。

【食料】
2㍑水筒、高度数ウォッカ300cc、高カロリー携帯食6個、玄米3合、各種調味料。

【衣料品】
革手袋、軍手、レインポンチョ、断熱シート、着替え[長袖ラッシュガード2枚(うち1枚は美岬が使用中)、ハーフレギンス2枚(うち1枚は美岬が使用中)、インナーシャツ2枚、トランクス2枚、靴下2足]、半長靴、裁縫道具。

【雑貨】
LEDライト付きソーラー充電式モバイルバッテリー、白金カイロ、救急用品、アメニティグッズ(歯ブラシ、歯磨き粉、カミソリ)、ハーモニカ、財布、携帯電話、キーホルダー。

【消耗品】
パラコード(ロープ)30㍍、麻紐100㍍、針金2㍍、使い捨てウェットペーパータオル35枚、食品用ビニール袋100枚。



「こんなところだな。あとは今使用中のセームタオルとエアーマットレスと筆記用具と腕時計ってところか」

「おにーさんのリュックって四次元ポケットっすか? 昨日から何でも出てくるとは思ってたっすけど、めっちゃ入ってますね」

「至れり尽くせりのキャンプ場みたいな場所にはあまり泊まらないからな。これでもソロキャンパーとしては最低限レベルだぞ。特に俺の場合は車じゃなくてバイクだからリュックに入れれる分で精一杯だからな」

「でもバイク旅だったからこそこれだけ持ち出せたんすよね」

「それは間違いない。車だったら最悪、身一つで漂流するはめになってたな。そう考えるとまだ運がいい方だな。バイクにくくりつけてたテントなんかは沈んじまったが、それ以外は全部あるもんな」

 俺の荷物をリュックに戻し、役割を交替して美岬がスポーツバッグから取り出して並べていく物を今度は俺がノートに記録していく。


~美岬の持ち物~

【食料】
未開封ペットボトルの水500cc、今日の分の飲料水の入ったペットボトル、ポテチ1袋、各種野菜の種と苗、乾燥(こうじ)

【衣料品】
着替え(7分丈ジーンズ1枚、Tシャツ1枚、スポーツブラ1枚、ショーツ3枚、スニーカーソックス1足)、スニーカー。

【雑貨】
アメニティグッズ(歯ブラシ、歯磨き粉、ヘアブラシ、爪切り、リップクリーム、はさみ、コンパクトミラー、毛抜きピンセット)、折り畳み傘、財布、教科書、ノート、ペンケース、文庫本、携帯電話、充電器、キーホルダー

【消耗品】
生理用品(個包装30個)、エチケット袋(100枚入り)






【作者コメント】
 岳人の持ち物は非常用持ち出し袋に含める物の参考にどうぞ。ただし、岳人自身述べているようにバイクと一緒に海に沈んでしまったものもあります。
 ロストしたアイテムは、テント、寝袋、ヘッドライト、ハンマー、釣り道具、ハサミなどです。

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登場人物紹介

■名前/谷川 岳人(たにがわ がくと)

■年齢/36歳

■職業/調理師、ジビエレストラン経営者、バックパッカー、コラムニスト、山岳ガイド、遭難者捜索ボランティア

■別名/シェルパ谷川、サバイバルマスター

■人物紹介/僻地の別荘地でジビエレストランを経営する傍ら、山岳ガイドや遭難者捜索ボランティアをしている。以前はバックパッカーとして世界中を旅してシェルパ谷川というペンネームでアウトドア雑誌に紀行文を連載していた。サバイバルマスターという呼び名はその頃についたもの。家族や親しい人たちを全員亡くし、失意の中で一人旅をしている時に美岬と出会う。



■名前/浜崎 美岬(はまざき みさき)

■年齢/17歳

■職業/高校生、農大附属高校2年、コンビニ店員、有用植物研究会所属

■人物紹介/離島出身で本土の農大附属高校に一人暮らしで下宿しながら通っている。仕送りが少ないのでコンビニでバイトしている。過疎化、高齢化が進む故郷の島の村おこしのために名物になりうる作物を研究するために農大附属高校に入った。大学生メインのサークル『有用植物研究会』に所属しており、パイオニア植物が専門。中学までは歳の近い子供がいない島の分校で学んだため、同級生との接し方が分からず、クラスでは孤立しており、ややコミュ障。盆休みに実家の島に帰省する途中の船で岳人と出会う。岳人のコラムは昔から愛読していた。

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