06 物語が終わらない!?

文字数 2,803文字

トライブの目に映ったのは、エクアニア王の無残な姿だった。

オルティスの刀で首を斬られたようで、もはや呼吸すらしていない。


やや遅れて入ってきたアリスも、尖塔の上で横たわった王を見るだけで、膝をガクガク震わせながら、王の亡骸をじっと見つめるだけだった。

これは……、もう生き返りませんね……。

アリス。

もしこれが、アッシュの考えたストーリーなら、アリスの強い気持ちでストーリーを動かすことができるでしょ。

強い気持ちがあったとしても、時間まで元に戻すことなんてできないです……。

アリスは、魔術に関しては初心者だったが、呼吸さえしていればほんのわずかでも治癒する力がある。

だが、息の根が絶えた者を蘇らせることは、どんな高度な魔術でも不可能だった。


オルティスから国を守ることはできた。

だが、国を司る王は、戦いの前にオルティスの手によって、その存在を絶やされてしまった。

原因は、完全に私がストーリーを変えてしまったことですね……。

私が食べ物のにおいで王のいる場所を知らせてしまったから……。

そんな、終わったことを悔やんでも仕方ないわ。


王のいなくなったエクアニアは、この後どうなってしまうのかしら……。

ソードマスターが、エクアニアの女王になればいいんじゃないですか……?

ちょっ……、アリス。

物語は、もうすぐ終わるのよ。


もし私が、ここで女王なんてなってしまったら、本当に終わりのない物語になってしまうわ。

フラグ――。


アリスが「オメガピース」兵士棟で夜更かししてアニメを見ている時、よくこの言葉を使う。

トライブも、アリスの口から何度この言葉を聞かされたか分からない。


そしていま、アリスから漂う空気がまさに「フラグ」感であるように、トライブには思えた。

アリス。

帰れなくなるのだけは、本当に勘弁して欲しいわ。

その時、城の門の前で最初にトライブと話をした兵士が、尖塔に駆けてきて、トライブに告げた。

トライブ・ランスロット様!

世界を救えるのは、あなたしかいません!

どうか、「クィーン・オブ・ソード」として、エクアニアの女王になって頂けませんか?

エクアニアの女王……?
私が言ったことが、本当になりましたねー。

アリス、まさかこれも、ドッキリじゃないでしょうね。

あるいは、私じゃなくて、剣士じゃないアリスが「剣の女王」になっているとか……。

シナリオマスターが、そんな変な設定を入れるわけないじゃないですかー。

言われてみれば、そうよね……。

でも、ここはアッシュに聞いてみた方がいいわ。

トライブは、ほんのわずかな可能性に賭けていた。

「トライブは女王になりました、めでたしめでたし」で物語が終わるということを。


トライブは、まだエクアニア城下町のどこかにいると思われるアッシュを、尖塔の上から探した。

すると、アリスが尖塔に続く階段を、突然指差した。

ソードマスター、多分いま尖塔を上がってくると思います。

分かったわ。

とりあえず、アッシュに聞けば何もかも解決するはずよ。

程なくして、アッシュが尖塔に姿を現した。

だが、普段落ち着いた表情で歩いてくるアッシュが、この時ばかりはどこか困惑したような顔色になっていた。

どうした、トライブ。
アッシュこそ、どこか慌てているような表情だけど、何かあったの?

俺にも分からない。

ただ……

アッシュがそう言いかけた途端、アッシュの後を追うように、一人の兵士がゆっくりと尖塔に入っていこうとした。

だが、王の亡骸を見つけて元々騒然となっていた尖塔に、もはや入るスペースはなかった。

これ以上人がやってくると危ない。

ここは、階段に避難した方がいいわ。

分かりました、女王!
私は、既に女王ということになっているのね……。

トライブは、アッシュとアリス、それに数人の兵士を連れて階段の中に入った。


すると、階段を軽々と上がってくる音がトライブの耳に響いてきた。

トライブ、俺もエクアニアを守るよ!

リオン!リオンもこの世界にいるのね。

トライブの心の中で、嫌な予感は確信に変わった。

ここで新キャラが登場してしまうと、物語は続くしかない。


すると、トライブのところに先程の兵士が近づいてきた。

紹介が遅れましたが、リオン・フォクサー王子は、女王に匹敵する凄腕の剣士です。

必ず、女王の力として国を守ってくれることでしょう。

よろしくな、トライブ。

よろしく、リオン。


私は、すぐに王室に向かうから待ってて。

トライブはそう言うと、アリスとアッシュを手招きして、階段を急いで駆け下りた。


そして、尖塔の下まで降りてくると、アッシュの目をじっと見ながら言った。

アッシュ……。


さっき、何が起こっているか分からないと言ってたけど、何を言いかけてたの?

あぁ、それか。


お前も気付いていると思うが、いつになっても物語が終わらないと思わないか?

私もそれは気付いてるわ。


アッシュは、この物語を終わらせる条件を、何と書いてパラレルタブレットにインストールしたの?

お前がオルティスを倒し、城を守りきる。

それだけのはずだ。


だから、ここで物語が終わらないということは、元の世界でパラレルタブレットに何かが起こっているということだ。

もしかして、誰かが私の物語を記録したチップを抜き取ってしまったの?

それはありえない。

俺たちは、元の世界ではほんの一瞬消えているだけだからな。


俺は、パラレルタブレットの暴走だと思うんだ。

暴走?


……故障じゃなくて?

故障ではないだろうな。


俺が物語を終わらせようとした後に、エクアニア女王という設定が出てきているし、何よりもリオンが出てきているからな。


故障だとしたら、俺が考えた以上に物語が進むわけがなく、元の世界にあるパラレルタブレットが修復されるまで、俺たちは何も新しい展開がなく、平行世界で普通に暮らすことになる。

すると、アッシュとトライブの間にアリスが回り込んで、まるでおねだりするような様子でトライブの手を引いた。
じゃあ、ここは帰るまでの間、ソードマスターのおごりでごはん食べ放題ですね。

アリス、空気を読みなさいよ。


それにしても、暴走って……。私は絶対に信じないわ。

トライブ。お前が常に前向きなのは分かる。


だが、物語が終わらない理由が、他にあると思うか?

それ以外に可能性があるかも知れないじゃない。


機械のことは、アッシュのほうが私よりずっと詳しいかも知れないけど、そこで可能性を止めてしまうのは、好きじゃないわ。

そこは、お前の言う通りだな。


まずは、何が起こっているか突き止め、一刻も早くこの物語を終わらせよう。

俺はこの物語のシナリオマスターとして、必ずお前を元の世界に連れて返す。

分かったわ。

エクアニアを救うという物語は、終わりそうで終わらなかった。

そして、トライブとアッシュは、理由も分からないまま平行世界に閉じ込められてしまった。


これから始まるのは、物語の続きなのか。

それとも、新たな物語なのか。

トライブは、エクアニアの女王として、現状を切り開くしかなかった。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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