17 お前は今から灰の神だ

文字数 2,662文字

トライブたちは、消えた緑色のオーラの場所を探した。


オメガピースがエクアニアの地上に降り立ったことには、気付いた様子がほとんどない城下も、突然現れた転送装置には至る所で大騒ぎになっていた。

二人は、緑色の光に震え上がる人混みをかき分け、ついにその光があったと思われる場所に辿り着いた。

たぶん、ここで間違いないよ。トライブ。


この広い通り、転送装置を置くには十分なスペースだし。

そうね。


でも、何故ここに現れ、そして誰が吸い込まれたのか、全く見当付かない場所よ。

転送装置の向かう先は、おそらくオメガピースの城になるはずだ。


そうであれば、灰の神に乗っ取られたオメガピースに向かうのは、この物語の登場人物しかない。しかもトライブやリオンといった、エクアニアの防衛に必要不可欠な者でしか、ストーリーは進まない。


トライブは、転送装置の謎を考えようとしたが、すぐに暗礁に乗り上げてしまった。

きっと、間違って飲み込まれたのよ。

シナリオマスターも、きっとこんなシナリオを用意していなかったんじゃないかしら。

かもね。

トライブは、軽く左右を見渡し、今もなお震えが止まらない城下の人々に、何があったのかを尋ねてみることにした。

たまげたもんだよ!

勝手にボックスが近づいてくるんだもん。

わしのところに来て、天に召されちまうかと思った!

その人、俺たちに聞いてたんだ。

オルティスが尖塔に現れたのを見たかって。


俺が思い出していたら、急にその人が消えちゃってさ。

名前は聞かなかったけど、青い髪の青年だったかな。吸い込まれたの。

アッシュが吸い込まれたんじゃん!

私も、アッシュに間違いないと思うわ。

しかも、青い髪と言ってたから、間違いなく私と一緒に転送されてきた方のアッシュよ。

トライブは、やや上に首を傾けながら、オメガピースの城が着地したと思われる方角の空を見つめた。エクアニアの空を優しく包み込む青空は、女王にも等しく輝いていた。


まだ、何かが起きたような空ではなかった。



その頃、転送装置に吸い込まれたアッシュは、次第に視界が戻ってきた。

視力5.0の目が、飛ばされた先の標的を追おうとする。

俺の意思とは関係なく飛ばされた。

つまり、俺はシナリオマスターから登場人物にされたということだ……。

ほぼ確信していた仮説を小声で言うと、アッシュは転送装置から一歩足を踏み出した。


ところどころ「オメガピース」を思わせる雰囲気が漂う。

ただ、アッシュの想定外だったことは、空が近いことだ。

地上に降り立ったはずの「オメガピース」が、再び空に向かって離陸し始めたのか。それとも……。

そこに誰がいる。

そのとき、アッシュは聞き慣れた声をその耳ではっきりと聞いた。


低く、一度聞くだけで印象に残る声。

アッシュは、その声のする方に、すぐに細い目を向けた。


そこにいたのは、全く同じ姿をした、モノクロのアッシュ自身だった。

俺がいる……。


やはり、ここは「オメガピース」で間違いないようだな。


お前こそ、名を名乗れ。

灰の神。


お前は頭がおかしくなったのか?

モノクロのアッシュが、一歩、また一歩とアッシュに向かって歩いてくる。

その様子は、普段のアッシュのように標的を睨み付けるような様子ではなく、むしろ何かに失望したような表情だ。


かたやアッシュは、「その世界にいる本人」と接触しないよう、目で威嚇し、一線を越えると自らの銃に手をかけた。


だが、その瞬間、モノクロのアッシュは叫ぶように言った。

お前は、気が狂ったというのか!灰の神!

気が狂ってなんかいない。


それより、何故お前はさっきから俺のことを灰の神と言う。

俺の目から、モノクロの姿で見える俺自身。


それが、この世界を支配する灰の神だ。


どうやら、灰の神はそのことも忘れてしまったようだな。

マインド・デストラクションの副作用か?それとも――

待ってくれ。

お前の言っている何もかもが分からない。


一つずつ教えてくれ。

俺は、そもそも灰の神なのか。

この世界での扱いは、シナリオマスターではないのか。

シナリオマスター。

なかなか面白い言葉だ。


つまり、世界の創造主としての神の地位に他ならない。

俺も含め、全ての者がひざまづく対象となる。

そうか。


そして、もう一つ。

マインド・デストラクションとはどういう意味だ。

アッシュは、この質問に関しては、答えにおおよその見当が付いていた。

モノクロのアリスと、「登場人物」としてのアリスが鉢合わせしたそのときに、その場にいた全ての「登場人物」に告げている、魂の崩壊のことだ。


だからこそ、アッシュはモノクロのアッシュから、その答えを聞き、さらに込み入った質問に入ろうとした。


だが、モノクロのアッシュは口を開くが早いか、大股でアッシュに向かってきた。

く、来るんじゃない!

これ以上来たら、撃つ!

アッシュは、銃の引き金を引こうとする。

だが、モノクロのアッシュは銃を持つアッシュの存在そのものを否定するように、首を軽く横に振った。

灰の神の野望を完遂するオメガピース。

そこに銃など不要だ。

何だと……!

モノクロのアッシュは、そう言うと腰に携える剣を手に取った。

それを見たアッシュの表情が、わずかに曇る。

何故、この世界の俺は剣を持っている。

その質問もおかしくないか。灰の神。


バーニングブレードの名のもと、全ての作戦は剣によって行う。

もし、それに逆らうような手段で目的を達するのであれば、バーニングブレードは直ちに裁きの一撃を与えるだろう、と。

いい加減にしろ、モノクロのアッシュ。

そっちこそ。

この期に及んで、何が言いたい。

俺は、灰の神なんかじゃない。

アッシュ・ミッドフィル。ただの登場人物だ。

オメガピースを乗っ取った記憶もない。


お前を操っているのは、アッシュの名を借りた、別の人物だ。

アッシュは、銃を下ろし、やや落ち着いた口調でそう返す。

突然「オメガピース」に転送された挙げ句、「オメガピース」を乗っ取った張本人という言われもない「罪」を着せられている。それは、何としても否定しなければならなかった。

ほう。


そこまで言うのなら、お前の魂を再び目覚めさせ、灰の神であるかどうかを証明する。

そう言うと、モノクロのアッシュはついにアッシュ本人に詰め寄った。

身をかわそうとしたアッシュだったが、右腕の袖を捕まれてしまう。

やめろ……!

マインド・デストラクションなんかされてたまるか!

アッシュは、モノクロのアッシュの手の動きから懸命にもがいた。

だが、ついにそのときがやって来てしまった。


アッシュの右腕を、モノクロのアッシュの右手をきつく掴んだのだ。

さぁ、舞い上がれ!灰の神よ!
……っ!
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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