49 この物語を守るために

文字数 2,840文字

オルティスに逃げられたトライブは軽く息をつき、床でぐったりしているソフィアへと体の向きを変えた。そして、ソフィアの前までやってくると、中腰になり、未だ苦しい表情を浮かべるソフィアの顔を見つめた。


戦闘中からほとんど開けていなかったソフィアの目が、少しの間を置いてやや広くなった。

トライブ……?

ソフィア……。

私は、まだここにいるわ。

生きてたのね……、トライブ!


リライト・ブレードを奪われて……、もう終わったかと思った……。

ようやく目を開いたソフィアの瞳は、言葉にできない気持ちを訴えているようだった。

傷さえ痛まなければ、今すぐにでもトライブに抱きつこう。そう思っているように、少なくともトライブには見えた。

私も、ソフィアと同じことを思ってた……。


リライト・ブレードが、諸刃の剣だって分かっていたのに……、あんなところで奪われるなんて思っていなかったのよ……。

私だって……。


でも、あの力で、トライブが死ななくて……、本当に良かったと思う。

そこまで言ったソフィアは、ゆっくりと体を動かし、オルティスの刀で切り裂かれた傷をかばいながら起き上がった。

トライブの手が、起き上がったソフィアの肩をギュッと掴むと、ソフィアは突然目線を下に向け、一度だけ首を横に振った。

私……、まだまだトライブに頼らないと……、いけない……。


私なんかより、ずっと実力があって……、ずっとしっかりしてて……、私なんかより、ずっとずっとソードマスターにふさわしい……。

急に、何を言い出すかと思ったら……。


ソフィアだって、十分強いわよ。

トライブ。


私は、そこまで強くなんかなかった……。

まだまだ頼らないといけなかった……。


だから……、だから――!

ソフィアが、そこで一呼吸置く。

トライブは、今にも涙が溢れそうな顔のソフィアを、そっと見守っていた。

私……、私、トライブに死んで欲しいとか、言っちゃってごめん……。


あんなシナリオをパラレルタブレットに入れちゃって……、本当にごめん……。

ソフィア……。


私は、気にしてなんかないわよ。


ソフィアを……、信じてたんだから……!

信じてた……んだ……。

ソフィアの悔しい気持ち……、最初何も倒せなかった私だって、一緒なんだから。


逃げようとする気持ち、分かるわよ。


ずっとずっと、一緒にやってきたんだから。

トライブ……。


やっぱり……。

ソフィアは、その先に言葉を言おうとするも、そっと口を閉じ、3秒ほど間を置いてトライブに抱きついた。


ついに、ソフィアの目から涙がこぼれ、それがトライブの体を潤していった。

ソードマスターは……、やっぱりトライブしかいない……っ!

ソフィア……。

二人はしばらく抱きしめ合った。


やがてソフィアの目から感情が全てこぼれ落ちると、ようやくソフィアはトライブの体から離れた。


その時だった。

ここまでじっと二人を見守っていたリオンが、ゆっくりとした足取りで二人の前に立った。

邪魔しちゃいけないって思ったから、言わなかったけど……、もういいかな?
リオン……?

多分、この中で一番まずいことしたの、俺だよな……。

オルティスと戦うこともできないまま、大事なアイテムが奪われたんだから。

リオン。


いま、それを悔やんでも仕方のないことじゃない。

幸い、オルティスが叫んでも、リライト・ブレードの力は発揮されなかったんだし、私もこうして生きてるんだから。

その時、トライブの言葉に反応するように、ソフィアが尋ねた。
トライブ……、いま何と言った?
オルティスがリライト・ブレードを使ったけど、その力が発揮されなかったのよ。

なるほど……。


たぶん、オルティスがアイテムの使い方を間違えているのよ。

間違えてるって……。


だって、オルティスは二つの欠片をちゃんと一つにして、それからトライブをここからとか言ってたような気がするけど……。

少なくとも、オルティスのあの言葉をはっきりと聞いていたリオンとトライブには、どうしてリライト・ブレードの力が発動しなかったのかが全く分からなかった。


二人が思わず顔を見合わせる中、ソフィアは少し考えて、小さな声で言った。

それはおそらく、オルティスの言った言葉が、トライブの運命を変えていないからだと思う。

私の運命を……、変えていない……。


ソフィア。私、何となく分かったわ。

そう。


もともと、このシナリオの最後に待っているのは、トライブの死。

オルティスはきっと、早くエンディングに行こうとしていたから、トライブをその場で消したかった。けれど、それだと運命が変わったことにならない。

だから、リライト・ブレードなんだ!


書き換えてないから、その願いは通じない……。

リオンがポンと手を叩いたとき、その場にいる三人が同時にうなずいた。

この、決して広いとは言えない祭壇の間に漂っていた重い空気が、トライブたちの前から消えていきそうだった。

待って、ソフィア。


その言葉で思い出したけど、私、帰れる道が開けたかも知れない!

トライブ、もしかして、このアイテムの存在理由に気付いた?

気付いたかどうかは分からないわよ。


でも、何となくは分かった。

もし、リライト・ブレードでエンディングの条件を書き換えることができたとすれば、私はこの世界から元に戻れる。


勿論、アッシュ・デストラやオルティスと決着をつけないといけないけど、そこで私はこの物語を終わらせることができるかも知れない。

俺、トライブに欠片を見せたときに、そこまで考えなかったな……。

てっきり、オメガピースを一気に終わらせるためのアイテムかと思った。

リオン。

そんなこと言うと、隠し扉から何かやって来るかも知れないわ。

ごめん。

リオンが軽く笑おうとしたその時、ソフィアがゆっくりと立ち上がり、トライブの真横までやって来るとトライブに耳打ちした。

トライブ。


リライト・ブレードは、物語を作ったときから考えてた。

100%脱出不可能のシナリオだと……、今まで一緒に戦ってきたトライブに申し訳なくて……。

ソフィア、もう大丈夫。

あの言葉は気にしてないし……、もうオルティスからリライト・ブレードを取り返すしかないんだから。

トライブは、ソフィアに向かって小さくうなずいた。


そして、すぐにリオンに体の向きを変えた。

リオン。なんか、嫌な予感がする。


オルティスはもっと強い武器があるとか言ってたから、さっきの転送装置でエクアニア城に行ってるかも知れない。

城兵たちを、またオメガピース方につけようとしているのかも。

それ、あるかも知れないな。


エクアニア城にオルティスが行ったとしたら、また城が乗っ取られるかもしれない。

行きましょ、リオン。

それに……、ソフィアもエクアニア城で体を休めた方がいいわ。

分かった。


でも、動けるようになったら、この物語を書き換えようとする人たちと戦いたい。

ここまでひどいことをされた以上、私はシナリオマスターとして、トライブに協力する。

ありがとう、ソフィア。
三人を乗せた転送装置は、緑色の光でその体を包みながら「オメガピース」の城からエクアニア城へと運んでいった。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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