43 私はまだ終わってなんかいない

文字数 2,659文字

……っ!……っ!
オルティスがガラスの向こうから姿を消し、何も言わないモノクロのトライブだけが祭壇の間に残されても、エクアニアの女王トライブは涙を流すのをやめなかった。
一度でいいから……、この世界の私に会いたかったのに……、どうしてこの物語は、こんなにも非情なのよ……っ!

両手で体重を支えているのに、手にも足にも力が入らない。

モノクロの自分自身の死を前に、立ち上がる気力すら失われていた。



その時、トライブの背後からゆっくりとした足音が聞こえた。

だが、今のトライブには、その足音の主が誰なのか、顔を上げて見ることもできなかった。

トライブ……。辛そうだね……。

そうよ……。

モノクロの私が目の前で死んでいくのに、私が何もできなかった……。

分かるよ、その気持ち。


でもさ、ここで止まってても、意味ないじゃん。

それに、普段のトライブだったら、こんなショックからすぐ立ち直れると思うよ。

そうね……。

私は、まだ生きてるんだから……。



って、誰よ……。

俺しかいないじゃん。

リオン……。

トライブは両手の力で立ち上がり、リオンの姿を確認する。

そのままリオンの体に、ばっと飛びついた。

リオン、辛かった……。

本当に、悪夢でも見ているような感じだった。

トライブはたまらず、目に残った涙をリオンの服に流した。

一人残された中でどうすることもできなかった、その悔しさをリオンに伝える、今のトライブができる数少ない手段だった。


そんなトライブに、リオンが小さく微笑む。

そうか。

俺だって、こんなの見せられたら辛いよ。


いくらトライブが、心の強い人だとしても、目の前で自分が息絶えてしまうのはね。

えぇ……。


リオンがこうして来てくれなかったら、私はずっと立ち上がれないかと思った。

トライブは、ようやくリオンから離れ、やや見上げるようにリオンの表情を見る。


目が合ったと同時に、リオンがゆっくりと口を開いた。

そうだよね。


でも、こういうショックから立ち直れるのも、またトライブの強さだと俺は思うよ。

いつまでも立ち上がれないなんて、俺は信じたくない。

ありがとう……。


リオンの言う通りよ。

私は、何度も立ち上がってこられたんだから……。


ショックに負けちゃいけないはずなのよ……。

そう。悔しい気持ちを力に変えるのが、トライブだと思うんだ。


泣きたかったら、心の中で泣きなよ。

いつか、その心の中の涙が、剣の女王の力になるんだから。

ありがとう、リオン。


このショック、私は決して無駄にはしない。

それに、その一言で私は決めたの。もう泣かないって。

さすが!
トライブは、リオンのその言葉が終わると同時に、静かにうなずいた。

そして、心の中で泣いているのを見せないようにして、そっとリオンに告げるのだった。

私は、まだ泣かないでいる。

終わったわけじゃないんだから。

終わりじゃないよ。うん。

俺だって、物語の最後までトライブを支える。

そう言ってくれると、嬉しい。


ところで、リオンもこの部屋に転送装置でやって来たの?

そうだよ。


なんか、さっきの部屋にもう一度ソフィアがやって来て、そろそろいい頃とか言って、俺を転送装置に乗せたんだ。

じゃあ、この部屋から脱出する方法とか、あの祭壇の間に行く方法とかは分からない訳ね。

リオンが小さくうなずくのを見て、トライブはガラスの向こうに見える祭壇の間をじっと見た。

灯は点されているが、動かなくなったモノクロのトライブの他は、誰もいなかった。


その時、不意にリオンがトライブに話し掛けた。

なぁ、トライブ。

こういうときにこそ、落とし穴が欲しいよな。

アリスがよく作るやつ?

まぁ、そういう感じ。

登場人物のアリスは、いろんな意味でイタズラ好きだし。

そうかも知れないけど……。

こんなオメガピースの城まで来て、穴掘りなんてできないと思う。

考えてみれば、そうだな……。



敵が近くにいるのに、俺たちではどうすることもできないってわけか……。

リオンもその言葉を口にした瞬間、四方八方を見渡したトライブは、見慣れた緑色の光がわずかに目に差し込んでくるのを感じた。
リオン、転送装置がやって来るようね。

俺も光が見えた。


でも、どこに連れて行かれるんだろう。

私にも分からない。


でも、この城の中だったら、灰の神たちと勝負できるじゃない。

それがいいよな。

緑色の光は徐々に大きくなり、二人の思った通りにその光が二人を包み込んだ。

ガラスの向こう側に見える景色が、徐々に光に閉じ込められていく。



そして、再びその光の先に見えた景色は……。

外……?
なんか、そのようね……。

トライブの目には、大きなトランポリンがうっすらと飛び込んできた。

緑色の光が混ざって、周辺の景色をはっきりと見ることはできないが、トライブの命を救ったと言っていいトランポリンだけは、鮮明に覚えていた。

おそらくここ、エクアニア城の入口よ。

さっき飛ばされた場所に戻ってきただけかも知れない。

トライブがそう言ったときには、緑色の光よりも、その周りの景色がはっきりと見えるようになった。

そして転送された場所は、トライブの言う通り、「オメガピース」の城に送られる前と全く同じ場所だった。

エクアニア城に戻されちゃったね……。

えぇ。


でも、ここにはオメガピースの息のかかった城兵がいるわ。

彼らをまた味方につければ、情報が得られるかも知れない。

強気だな、トライブ。


つまり、2対172の勝負をするわけだな。

そうするに決まってるじゃない。

私とリオンだったら、不可能じゃないわ。

トライブは、転送装置から大きな一歩を踏み出した。リオンもその後に続く。

そのままゆっくりと坂を上り、城の入口が見えるところまでやって来た。


城兵たちの目にトライブの姿が入った瞬間、城兵がみな一斉に剣をトライブたちに向ける。

それを見て、トライブはアルフェイオスを手にしたまま立ち止まる。

私は、エクアニアの女王。

ここを通しなさい。

だが、そう強く言ったトライブに対し、城兵が差し出した剣をさらに突き出す。

うるせぇ!

俺たちは、この世界を支配する強い者に従うだけだ!

待ちなさい。

きっとそれは、エクアニアを守るために戦うべき相手のはずよ。

エクアニアは、オメガピースに従ったんだ。

だから、城を壊されずに済んでるんだ!



これ以上言うと、女王と言えども命はない。

もっとも、灰の神に敗れた女王には、威厳なんて何一つないからな。

城兵たちは、いつの間にかトライブが存在するかのように話を進めていた。

だが、今のトライブにそれを気にする余裕はなかった。


2対172の勝負をしなければいけない。それだけだった。

リオン、戦うわ。
分かった!
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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