26 理由も言わずに

文字数 2,515文字

トライブの目に、茶髪をなびかせる女剣士の姿が飛び込んできた。


その姿が少しずつ大きくなり、やがてトライブにはその表情、顔つき、そしてその全てがソフィアだと分かった。


トライブは、ソフィアの目を見る。その視線の先で、ソフィアは静かに言った。

今までずっと隠れていたけど、ここまで分かってしまったら私が出ないわけにはいかないようね。

ソフィア。


やっぱり、あなたがシナリオマスターだったのね。

そうよ。


トライブには、ちょっと簡単すぎたかも知れないけど……。

ソフィアがシナリオマスターだって話は、いろんな人から聞いているわよ。


そして、この物語が終わるための条件も聞いたわ。

トライブは、リオンを横目に見ながら言った。

リオンが、ソフィアに見えるようにかすかにうなずく。

それは、いま私の口からトライブに言おうとしていたはずなのに、登場人物に先を越されたわけね。

そうよ。


私は、既にアッシュとリオンからその話を聞いているわ。

すると、リオンが二人に向かってゆっくりと近づき、手と手がギリギリ触れそうなところで止まった。

俺はただ、トライブに運命を伝えなきゃって思っただけだよ。

悲劇という名の運命をね。

リオンが、そんなことするとは思わなかった。

私が言うまでは、ずっとどこかにしまっておくと思った。

オメガピースの城であんなこと言われたら、俺は絶対にトライブを守りたくなるもの。
そう……。
そう言うと、ソフィアはリオンの手を勢いよく取り、ポケットからライトを取り出すと、その光をリオンの体に当てた。
な、何をするんだ!

リオン。


あなたは「オメガピース」に忠誠を誓ったんじゃないの?

そのために、最後にスプレーをかけたでしょ?

ライトの光に照らされながら、リオンの体がところどころ白く輝く。

無色透明で、見た目には分からなかったはずのスプレーが、くっきりと映し出されたのだ。

この物語の設定上、無色透明のスプレーはオメガピースの技術じゃないと作れない、ということになっているの。


そして、オメガピースに入隊した人はみんなそのスプレーを浴びている。

つまり、リオン。あなたはオメガピースの一員ということ。

違う!俺は、エクアニアの王子だ!


女王を守らなきゃいけない立場なんだ!

そうなの。


私のシナリオでは、リオンは最後にエクアニアの王になって、エンディングになるはずね。

そのエンディングは、私が認めない。
トライブ。急に入ってこないでよ。

トライブは、ソフィアに体を向け、やや細い目でソフィアをじっと見た。

だが、ソフィアも落ち着いた表情でトライブに返す。

ソフィア。


どうして、私が死ななきゃいけないのよ!

そんなの、まだ言いたくない。

まだ言う段階じゃない。

待ちなさいよ、ソフィア。


私は本気で言ってるのよ!

私だって、生きて元の世界に帰りたいのよ!

トライブの言う通りだよ、ソフィア。

リオンが口を挟んだが、ソフィアは全く後ずさりしない。

そして、ソフィアは首を横に振り、しばらく間を置いた後に、静かに言葉を返した。

私の物語に、干渉しないで。


これ以上干渉するなら……っ!

ソフィアは、そこまで言うと回れ右して、トライブたちの前から立ち去った。

二人は懸命にソフィアを呼び止めようとするが、その言葉に振り向かない。

ソフィア、答えなさいよ!

私、これからずっと勝ち続けなきゃいけないのに!

……行っちゃったね。

えぇ……。


言いたいことの1割も言えないまま、シナリオマスターは自由に出入りできる。

アッシュもそうだけど、このシステム自体がちょっと酷いわ。

たしかに酷いと思うけど……。


で、俺、今の会話ですごく気になったところがあるんだけど、トライブに言っていい?

どこが気になったの?

まぁ、大したことじゃないんだけどさ……。


まだ言う段階じゃない、ってソフィアが言ってたということは、きっとどこかで言う予定になっているってことだと思うんだ。俺は。

私は、それはないかも知れないと思っている。

きっと、私が負けて死にそうになったとき、ソフィアが最後に現れて言いそうな気がする。

トライブは、小さいため息をつき、リオンに向けて静かに言う。

その時、リオンが何かを思い出したようにトライブに尋ねる。

ちょっと聞いていい?
どうしたの?
ソフィアって、トライブの友達?それとも、ライバル?

両方よ。


だからこそ、私はいま、ソフィアに対してやりきれなくなってる。

ソフィアは、登場人物じゃなく、元の世界からパラレルタブレットに乗って転送されてきたからね……。


トライブがソフィアを信じたいのに、信じられなくなるのも分かるよ。

そう言うと、リオンはトライブの肩に手を当て、かすかにうなずいた。

でも、一つだけ言えるのは、この物語を本当の意味で動かせるのは、ソフィアだけなのかも知れない。


だから、ソフィアとはこの世界で一緒に歩んでいかなきゃ行けないんだ。

そうね……。

トライブは、そう一言だけ言い残し、王室に足を向けた。

朝の光が差し込んでいたはずのエクアニアの空には、今にも雨が降りそうな薄暗い雲が広がっていた。



トライブとリオンがほぼ同時に王室に入ると、モノクロのアリスがその中にいた。

……げ。
アリス、こっそり私たちの部屋に入って何をしているの?

入ってくるのに気が付いたのか、モノクロのアリスが慌てて何かを赤い絨毯の下に何かを隠したのが、トライブの目には見えた。


すぐに、モノクロのアリスのもとへと歩み寄った。

げげげ、どーしよー。

アリス。


隠したものを見せなさい。


遠くから見る限り、お菓子じゃなさそうね。

これは見て欲しくないです……。


たまたま部屋から出てきただけなんですから……。

アリスがおどおどしながら、赤い絨毯の上に倒れ込んで、その下に置いたものを懸命に隠していた。


それでも、トライブとリオンは両手両足を掴んで持ち上げ、その隙に赤い絨毯をバッと持ち上げた。



その瞬間、トライブの背筋が凍った。

アリス……。いったい何よ、これは……。

トライブは、絨毯の下からタブレットを取り出した。


ただのタブレットではなかった。

トライブが元の世界で見たようなデザインのパラレルタブレットだったのだ。


トライブの手がかすかに震えた。

トライブ……。

これが、パラレルタブレット……?

残念だけど、そのようね……。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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