18 もう一人のアッシュ

文字数 2,655文字

もう、オーラが消えてから20分経つけど、アッシュは、帰ってくるのかなぁ……。

アッシュが、モノクロのアッシュと出会っていることなど全く知ることもなく、リオンはトライブに話しかけた。

トライブは、「オメガピース」の城が降り立った方角を見つめたまま、静かに首を横に振った。

きっと帰ってくるわ。

これまで、何度となく自分で物事を解決してきたアッシュだもの。


もし、あの城でバトルになったとしても、アッシュの銃の腕に並ぶような相手はいないはずよ。

それは、俺だってそう思いたいよ。


でも、俺も気になっているんだ。アッシュがどうしてあそこに転送されてしまったのか。

それこそ、難しい謎よ。


一つは、アッシュがもうシナリオマスターではないということを見せたかった。

もう一つは、私ではなくアッシュに物語の真実を告げなければならない理由があった。


このどちらかじゃない。

あるいは、その両方。


それか……

リオンは、そこまで言いかけて口を閉じた。

言いかけの言葉は、トライブにもはっきりと聞こえていた。

本当の黒幕はアッシュで、アッシュはオメガピースとエクアニアを行き来している……と言いたいんでしょ。

まぁ、それに近いこと。


シナリオマスターの座が奪われたと、俺たちには嘘を言っておいて、実はアッシュが今も全てを動かしている。

で、転送装置が無理やりやってきたのも、全てアッシュのシナリオ通り、ということ。


それが真実だとしたら、笑えねぇけどな……。

どうなのかしらね……。


ただ、リオン。

まだ確かじゃないけど、ソフィアはこうも言ってたのよ。


黒幕はアッシュと聞いている。


さすがに、本人を目の前にしてそれは言えなかった。

けれど、ここまで来ると、その言葉を信じるしか他に道はないのかも知れない。

黒幕がアッシュか……。


シナリオマスターで黒幕なんて、そんなのありかよ。

リオンのため息が、転送装置の戻ってこない大通りを駆け抜けていった。



一方、「オメガピース」の城ではモノクロのアッシュの手が、アッシュを立て続けに触り続ける。

目を覚ませ!灰の神よ!
やめろ!壊れたく……ない!

それでもアッシュは、時間が経つにつれて、何かがおかしいことに気が付くようになった。

体に何も起こらない。

腕も足も、顔の形も、そして魂でもさえも、今はまだ正気だった。


マインド・デストラクションと呼ばれる現象は、何も起こっていないようだ。

お前……っ!
マインド・デストラクションが起こらないと気付いたモノクロのアッシュは、ついにその手をアッシュから離した。そして、何かを考えるような表情を浮かべ、アッシュを見つめる。
どうした。もうやらないのか。

やっても無駄だ。

この世界の俺と接触しても、何も起こらない。


その時点で、お前がどういう存在であるかどうか証明できた。

つまり、どういう存在だ。

お前は、灰の神ではない。その主張は、これで認めざるを得なくなった。


ただ、お前はそれどころか、登場人物ですらない。

この物語には、本来不必要な存在なのだ。

不必要だと?


俺は、シナリオマスターとして、物語をこのままにしておくわけにはいかない。

そこまで言うか。


なら、俺より上の奴に出てきてもらった方がいいな。

モノクロのアッシュは、そう言うと、鋭い目で右斜め後ろを睨んだ。

目の合図と同時に、とうてい扉と思えないような、分厚い黄金の壁がスルスルと動き、その中から赤い髪の剣士が現れた。

元シナリオマスターのアッシュよ。

どういうことか、私が教えてやろう。

元……。


それはどういうことだ、オルティス。

オルティスは刀を持つことなく、ゆっくりとアッシュに近づく。

アッシュは銃を構えようとしたが、その動作をすぐに止め、オルティスの言葉を待った。

トライブを主人公にしたお前のシナリオは、途中で終わった。


そして、この世界でトライブを主人公にした物語が、もう一つ始まった。

やはり、そういうことだったか。

なら、今の俺はどういう存在なのだ。

モノクロのアッシュが言った、登場人物ですらない、という言葉がアッシュの脳裏には未だに残っていた。その強い記憶を呼び覚ますように、オルティスは静かに口を開く。

今のお前か?そんなの簡単だ。


シナリオが終わっても帰れなかった、普通の青年だ。

そして、シナリオマスターが他のアッシュを作り出し、お前はこの物語の登場人物にもなれなかった。

俺と、ここにいるモノクロのアッシュ。それ以外に、もう一人のアッシュがいるというのか。

アッシュは、オルティスをやや睨み付けるような表情で言った。

しかし、オルティスはその表情を一蹴するように、軽く笑ってみせた。

あぁ、そういうことだ。


その3人目のアッシュというのが、灰の神。

バーニングブレードの名のもとに、この世界を我々オメガピースのものにする、唯一絶対の存在なのだ。



もっとも、登場人物でないお前に、そんなことを語っても、意味はないが。

なら、どうして俺にイベントが回ってきた。

登場人物ですらなければ、俺をここに送る意味もない。

これは、物語の本質に関わるようなイベントではない。


お前の不安を取り除くため、全てを説明しなければならなかった。

そうか……。


だが、何故同じ運命にあるトライブを一緒に呼び出さなかった。

この物語でも、主人公ではないのか。

それは分かっている。


だが、トライブの運命はシナリオマスターの手に委ねられている。

いま本人に、私の口からその運命を伝えるわけにはいかない。

それを言ってくれ。


俺には、トライブをもとの世界に連れて帰る義務がある!

それは無理な話だ。


そもそも、この物語を終わらせるための条件が……。

オルティスは、アッシュにだけ聞こえるよう、小さい声で言葉を続けた。

時折、薄笑いを浮かべながら。

そんなの、終わり方として最低だ。

そのシナリオ通りにはさせない。

ほう。そう言うか。


だが、物語が終わればお前も帰れるんだ。

そのどこに文句がある!

ふざけんな。


俺は、必ずシナリオマスターを見つけ出し、殺す。

それはお門違いというものだ。


シナリオマスターが死ねば、この物語は永遠に未完となる。

そして、誰もその先を作れない、無秩序な世界が広がるだけだ。

アッシュは、モノクロのアッシュに言われた瞬間、唇をギュッとかみしめた。



その時、アッシュの目の前に緑色のオーラを発する転送装置が現れてきた。

そして、ゆっくりとアッシュに近づき、その身を包み込んでいく。

アッシュよ。

今、私が言ったことを、絶対にトライブには告げるな。


物語が、大きくゆがんでしまう。

約束はできない。
アッシュは、そう言い残してオメガピースの城から姿を消した。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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