52 アリスのタイムリーエラー
文字数 3,061文字
リオンの力強い一撃によって、床に投げ出されたアッシュ・デストラが、トライブの横目に映った。
トライブは、やや目を細めながら、手に持ったままのアルフェイオスの先をアッシュ・デストラに向け、小さくため息をついた。
そのすぐ前から、「灰の神」との決着をつけたリオンが近づき、トライブの表情を伺う。
リオンもそう思ってるのね。
バーニングブレードの力は、強すぎる。
その剣自体に破壊力があるし、持つ者の力を増幅させていると思う。
でも、私たち二人の力で、何とかそれを止めることができた。
ちょっと悔しいけど。
そう言いながら、トライブは床に目をやる。
そこには、敗れてバーニングブレードの力を失った、もう「灰の神」ではないアッシュの姿があった。
何も言わず、じっと二人を見つめているだけだった。
リオンから次の標的を告げられると、トライブは体の向きを転送装置に向けた。
そして、「灰の神」だったアッシュに目をやり、一歩を踏み出した。
その時、再び転送装置に人のシルエットが現れた。
トライブとリオンは、転送装置の前まで進み、そこで中から出てくる人物の登場を待った。
しばらくしないうちに、二人の目にはそのシルエットだけで誰かを当てることができた。
リオンが尋ねると、アリスは両手を広げて、手の中を見せた。
その中に何も入っていないようだ。
アリスは、トライブの言葉を聞いた瞬間、思わず息を飲み込んで、肩をすぼめて下を向いた。
普段、元気そうな声を上げるアリスが、沈んだような表情になっていた。
あの……、さっき行ったとき、入口でオルティスさんと会ったんです。
で、チップを見せたらすごく喜んでて……、そのまま一緒にパラレルタブレットを探したんです。
で、チップに合ったタブレットが見つかるまで探しました。
リオンが、半分怒鳴るような声で告げると、召使いのアリスは力なく廊下に崩れた。
両手で手を塞ぎ、その手の中から大粒の涙がこぼれ落ちた。
その時だった。
アリスの強く謝る声に混ざって、何度か耳にした低い声が転送装置からうっすらと聞こえてきた。
トライブは、アルフェイオスを転送装置に向け、やがて体の向きをも転送装置に向けた。
トライブがそう言うが早いか、転送装置から大股でオルティスが姿を現した。
既に刀を正面に突き出しており、オルティスは立ちながら首を左右に傾け、標的の姿を追った。
すると、たちまちオルティスは、ようやく床から立ち上がろうとしているアッシュを目掛けて一直線に迫ってきた。
トライブとリオンは、その間もオルティスに剣を向けていたが、オルティスはその二人から遠回りし、先程までバーニングブレードを手にしていたアッシュの前に立った。
二人の足が、オルティスに向けて同時に動き出す。
だが、オルティスは右手を大きく広げて、剣士たちの足を止めた。
そう言った瞬間、オルティスはおもむろにパラレルタブレットを取り出し、アリスから「返された」チップを差し込んだ。
そして、そのまま中腰になり、タブレットを勢いよく元「灰の神」のアッシュに見せた。
オルティスの持っていたパラレルタブレットから、白い光が解き放たれ、画面をはっきりと見てしまったアッシュが光の中に吸い込まれていった。
その数秒後に、シナリオを作ったはずのオルティスもパラレルタブレットに飛び込んだ。
そして、二人の姿が見えなくなると、廊下の中を冷たい風が吹き抜けていった。
その時だった。
わずか30秒のブランクを置いて、パラレルタブレットから白い光が解き放たれ、中からオルティスのシルエットが映し出された。
やや遅れて、横たわったアッシュの姿も映し出される。
トライブとリオンは、同時に息を飲み込んだ。
しかし、事態はリオンの予想していたものよりも、さらに斜め上を行っていた。
タブレットから解き放たれる白い光の中から、時折赤い光が差し込んだのだ。
そして、白い光が輝きを失うとともに、燃えるような赤い剣が、トライブたちの目に現れた。
トライブとリオンは、半ば立ち竦んだ状態で、今にも中から飛び出してくる、「バーニングブレードの力を手に入れた」オルティスを、じっと見つめるしかなかった。
真の最終決戦が、始まろうとしていた。