52 アリスのタイムリーエラー

文字数 3,061文字

リオンの力強い一撃によって、床に投げ出されたアッシュ・デストラが、トライブの横目に映った。

トライブは、やや目を細めながら、手に持ったままのアルフェイオスの先をアッシュ・デストラに向け、小さくため息をついた。


そのすぐ前から、「灰の神」との決着をつけたリオンが近づき、トライブの表情を伺う。

結構ダメージ受けてたみたいだけど、大丈夫だった?

えぇ。

傷はついてないから、たぶん大丈夫だと思う。

トライブは、そこまで言うと首を左右に振って、再びリオンを見つめた。

やっぱり私、アッシュ・デストラには、まだまだ追いついてないわ。

リオンがいなかったら、かなり苦戦してた。

俺だって、それは同じだよ。

トライブがいなかったら、たぶんアッシュ・デストラの一撃に俺の方が翻弄されてた。

リオンもそう思ってるのね。


バーニングブレードの力は、強すぎる。

その剣自体に破壊力があるし、持つ者の力を増幅させていると思う。


でも、私たち二人の力で、何とかそれを止めることができた。

ちょっと悔しいけど。

トライブ。

もし、今度アッシュ・デストラと戦うのなら、一人で勝ちたいだろ?

勿論よ。

そう言いながら、トライブは床に目をやる。

そこには、敗れてバーニングブレードの力を失った、もう「灰の神」ではないアッシュの姿があった。


何も言わず、じっと二人を見つめているだけだった。

後は、オルティスか……。

リオンから次の標的を告げられると、トライブは体の向きを転送装置に向けた。

そして、「灰の神」だったアッシュに目をやり、一歩を踏み出した。



その時、再び転送装置に人のシルエットが現れた。

また誰か来るわ。

トライブとリオンは、転送装置の前まで進み、そこで中から出てくる人物の登場を待った。

しばらくしないうちに、二人の目にはそのシルエットだけで誰かを当てることができた。

これは、アリスが戻ってきたな。


……とりあえず、事実確認だけして説教だ。

リオンが両手の拳を胸の前でたたき合わせたとき、そのシルエットから召使いのアリスの姿が飛び出してきた。
は~い、ただいまで~す!

アリス。


怒ってないから、ちょっと来なさい。

この言い方、絶対怒ってるじゃないですかぁ~!


なんですか~?

アリス、さっきオメガピースの城に行ったと思うんだけど、その時にパラレルタブレットのチップを持ち出さなかった?

リオンが尋ねると、アリスは両手を広げて、手の中を見せた。

その中に何も入っていないようだ。

はい、ちゃんとオメガピースに返しましたよ。


だって、もともとオメガピースの城にあったものじゃないですか?

あれは危ないから、アッシュがこっちに持ってきたものじゃない。

戻したくなる気持ちも分かるけど、もし何かがあったらいけないから、戻して欲しくなかったわ。

トライブがそう言い聞かせるものの、アリスがキョトンとした顔でトライブの目を見る。その表情は、まるで何一つ知らされていない様子だった。

えーっ……。


譲られたときに、そんな話を聞いていないですよ。

アリスさ……、あれはちょっと危ないシナリオが入ってるんだよ。

アッシュが主人公で、シナリオマスターがオルティスという、ちょっと危ないシナリオが待っているかも知れないし。

だから、危ないんですね……。


でも、もう遅いです。

遅くはないわよ。


今からオメガピースの城でオルティスを見つけて、倒せばいいんだから。

もしチップのことがなかったとしても、オメガピースを止めるには、最後にオルティスを倒さないといけないんだし。

そ、そうじゃなくて……。


あの――。

アリスは、トライブの言葉を聞いた瞬間、思わず息を飲み込んで、肩をすぼめて下を向いた。


普段、元気そうな声を上げるアリスが、沈んだような表情になっていた。

言ってみなさい。

あの……、さっき行ったとき、入口でオルティスさんと会ったんです。

で、チップを見せたらすごく喜んでて……、そのまま一緒にパラレルタブレットを探したんです。


で、チップに合ったタブレットが見つかるまで探しました。

は……?


アリス、チップを返したどころか、そのチップに合うタブレットを探すの手伝ったのか……。

はい……。


もしかして、やっちゃいけなかったですか?

当たり前だろ!

あー……。

リオンが、半分怒鳴るような声で告げると、召使いのアリスは力なく廊下に崩れた。

両手で手を塞ぎ、その手の中から大粒の涙がこぼれ落ちた。

タブレットとチップが揃ったということは、オルティスが何をするか分からないわ。

とんでもない人物に、危険なアイテムを持たせてしまったな。


アリス、何やってるんだよ!

ご、ごめんなさーい!

その時だった。


アリスの強く謝る声に混ざって、何度か耳にした低い声が転送装置からうっすらと聞こえてきた。

トライブは、アルフェイオスを転送装置に向け、やがて体の向きをも転送装置に向けた。

シルエットからして、パラレルタブレットを持ってるわ。

トライブがそう言うが早いか、転送装置から大股でオルティスが姿を現した。

既に刀を正面に突き出しており、オルティスは立ちながら首を左右に傾け、標的の姿を追った。



すると、たちまちオルティスは、ようやく床から立ち上がろうとしているアッシュを目掛けて一直線に迫ってきた。

トライブとリオンは、その間もオルティスに剣を向けていたが、オルティスはその二人から遠回りし、先程までバーニングブレードを手にしていたアッシュの前に立った。

な、何が始まろうとしているんだ……?

二人の足が、オルティスに向けて同時に動き出す。

だが、オルティスは右手を大きく広げて、剣士たちの足を止めた。

今は、お前たちに用はない。

私の最後の戦略だからな、

そう言った瞬間、オルティスはおもむろにパラレルタブレットを取り出し、アリスから「返された」チップを差し込んだ。

そして、そのまま中腰になり、タブレットを勢いよく元「灰の神」のアッシュに見せた。

や……、やめろ……!
あれは……!

オルティスの持っていたパラレルタブレットから、白い光が解き放たれ、画面をはっきりと見てしまったアッシュが光の中に吸い込まれていった。


その数秒後に、シナリオを作ったはずのオルティスもパラレルタブレットに飛び込んだ。


そして、二人の姿が見えなくなると、廊下の中を冷たい風が吹き抜けていった。

やっちゃったか……。


灰の神が、オルティスのシナリオに連れて行かれた……。

エラーとか出ていないし、これどうするのよ……。

俺にも分からないよ。


元シナリオマスターのほうのアッシュなら、できるかも知れないけど。

その時だった。


わずか30秒のブランクを置いて、パラレルタブレットから白い光が解き放たれ、中からオルティスのシルエットが映し出された。

やや遅れて、横たわったアッシュの姿も映し出される。


トライブとリオンは、同時に息を飲み込んだ。

アッシュ……!


まさか、あのシナリオの中で死んだとか?

その可能性が高いわ……。


オルティスが、アッシュの死ぬシナリオを考えたのよ。

現実になっちまったな。

恐れていたことが。

しかし、事態はリオンの予想していたものよりも、さらに斜め上を行っていた。


タブレットから解き放たれる白い光の中から、時折赤い光が差し込んだのだ。

そして、白い光が輝きを失うとともに、燃えるような赤い剣が、トライブたちの目に現れた。

まさか……、バーニングブレードを持ってる!?
どういうことよ……。

トライブとリオンは、半ば立ち竦んだ状態で、今にも中から飛び出してくる、「バーニングブレードの力を手に入れた」オルティスを、じっと見つめるしかなかった。


真の最終決戦が、始まろうとしていた。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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