37 剣の女王、散る!
文字数 2,629文字
アッシュ・デストラの足が石造りの尖塔を力強く蹴り、赤々と輝くバーニングブレードをトライブに突き出しながら駆ける。
トライブも、アルフェイオスを軽く上げながら、アッシュ・デストラに向けて走る。
狭い尖塔の中、両者の剣はたちまち激しく交錯した。
トライブは、剣先が交わった瞬間、アルフェイオスを振り下ろし、バーニングブレードを叩きつける。
だが、アッシュ・デストラも全く動じることなく、叩きつけたアルフェイオスを突き上げるように弾き返す。そして、瞬く間にバーニングブレードをアルフェイオスに叩き返し、アルフェイオスを垂直に傾けた。
トライブは、すぐにアルフェイオスを強く握りしめ、迫ってくるバーニングブレードをものともせず、激しくぶつけた。
だがトライブは、その瞬間、剣を握る右手にじわじわと力を感じた。明らかにアルフェイオスを握る力ではない、相手から自らに流れてくる衝撃だった。
その衝撃にバイアスをかけるように、バーニングブレードが一気にアルフェイオスを押し戻す。
次の瞬間、アッシュ・デストラが右足を踏み込み、さらにトライブに迫った。そして、バーニングブレードをかなりのスピードで、トライブの剣にぶつけてきた。
右から、左から、そしてそれらの残像が残る中で、さらに正面から、その動きをトライブの目でほとんど見ることすらできない攻撃が、一気に繰り出される。
トライブは、そのスピードに付いて行くのがやっとだ。
アッシュ・デストラの攻撃が、全くとどまる気配を見せない。
バーニングブレードのパワーが、アルフェイオスを握るトライブの手に、剣が交錯するたびに伝わる。
次の攻撃を考える余裕すら、トライブにはない。
相手の攻撃を受け止めるのに翻弄され、その重心は思うように定まらない。
狭い尖塔の中で、トライブの足は、徐々に意思を失っていた。
トライブは、一旦体勢を立て直そうと、バーニングブレードを下からかわす。
そして、アルフェイオスを握る力を一気に高め、その突き上げるようなパワーで、再びバーニングブレードを叩きつけようとした。
だが、振り上げたアルフェイオスを目掛けて、アッシュ・デストラがバーニングブレードを下から叩きつけた。
力を入れたはずのトライブの右手が、バーニングブレードの力に阻まれ、全く動かなくなってしまった。手だけではなく肩にも、相手の湧き上がるようなパワーが伝わってくる。
次の瞬間、アッシュ・デストラは、動きが止まったアルフェイオスに向けて剣を真上から叩きつけた。
まるで嵐の中にでもいるかのように、バーニングブレードがアルフェイオスをトライブの腰のあたりまで叩き降ろした。右腕と右手に激痛を感じたトライブは、自らの剣がなすすべもなく相手の意のままにされるのを、目を細めて見るしかなかった。
手に入れる力を、限界ギリギリまで高めたにもかかわらず、アッシュ・デストラの矢継ぎ早の攻撃を止めることすらできない。
肩で呼吸する「クィーン・オブ・ソード」が、その名とはかけ離れているかのように、どうすることもできなくなっていた。
トライブは、何も迷うことなく、抑えつけられたアルフェイオスをじわじわと戻していく。
歯を食いしばりながら戦い続ける。
これまで何度となく強敵を打ち破ってきた女王の本能であり、そして勇気だった。
その勇気は、力へと――
トライブの声は、もはやあえぐようになっていた。
パワーを高めようとしても、アッシュ・デストラの想像以上のパワーを前に、全身が疲弊している。
なされるがままに、「灰の神」の攻撃を受け続けるだけの「剣の女王」は、その場に立っているのがやっとだった。
強敵を倒し続けてきたトライブですら、アッシュ・デストラを止めることは――
それでもトライブは、残された力を最後まで使い果たそうと、アルフェイオスを三たびバーニングブレードに叩きつける。
女王の勇気が見せた、最後の力だった。
それでも、アッシュ・デストラの胸元までバーニングブレードを押すことはなかった。
トライブの攻撃はすぐにバーニングブレードの力に押さえ込まれ、再び立て続けに相手の攻撃を許してしまう。
そして、バーニングブレードの剣先が、ついにトライブの目の前に迫った。
アッシュ・デストラは、アルフェイオスを右に退けた後、トライブの正面でバーニングブレードを振り下ろした。
トライブは右肩に、相当のダメージを負ってしまった。
バーニングブレードの破壊力と、燃えるような熱。
剣を持つ手にも、否応なしにそれが伝わる。
苦しそうな呼吸をトライブが見せるたび、肩から来る痛みはアルフェイオスにまで伝わる。
「クィーン・オブ・ソード」のパワーは、もはや0のラインに触れようとしていた。
そこに、アッシュ・デストラの渾身の一撃が、アルフェイオス目掛けて右から繰り出される。
トライブは、足のバランスを失い、尖塔の床に叩き落とされた。手に持っていたアルフェイオスが、ほとんど意識のないトライブの手から引き離され、2回跳ねてアッシュ・デストラの足下で止まった。
アッシュ・デストラの右手が、トライブのボロボロになったマントを持ち上げる。
ほとんど目を閉じようとしているトライブを軽く見つめ、その体を持ち上げたまま尖塔の端に向かう。
トライブの目に、生まれ育ったエクアニアの大地がかすかに見える。
しかし、そこに自分の意思はなかった。
次の瞬間、アッシュ・デストラはトライブを尖塔から突き落とした。
風を切り裂くように、トライブは下へ下へと落ちていく。
ほぼ同時に尖塔から蹴り落とされたアルフェイオスとともに。
トライブの目が最後に見たのは、尖塔に立ったまま表情一つ変えない、赤いオーラに包まれたアッシュ・デストラの姿だった。
女王は、散った。
無残な姿で、エクアニアの空に散った。