32 アリスの不思議なダンジョン

文字数 2,586文字

トライブとリオンは、モノクロのアリスに先導されるように王室の前の通路を進み、最も西側の階段から下の階に降りていく。


モノクロのアリスが、両手を頭の後ろに回しながら、陽気に歌う。

おっかし、おっかし、あっさごっはん~♪

アリス、早朝よ。

寝てる兵士もいるんだし、騒がない方がいいわ。


それに、そんな歩き方をして、転んだら大変よ。

う~ん……。


でも、楽しくないですか?お城の中がダンジョンになってるの。

まぁ、楽しいというかユニークだよな。

俺も滅多に見たことがないけどさ。

私は、普通の城がダンジョンになってるの、見たことないのよね。

既にモンスターに支配された城なら、何度か入ったことがあるけど。

えー、ソードマスターが未経験なんて意外です!

そうなの……。そう思うと、逆にワクワクしてくるわ。


本当に召使いのアリスが考えたダンジョンだとしたら、アリスが何をやるか考えた方がいいわ。


例えば、落とし穴とか……。

トライブ、また穴って言ってるよ。

よほど悔しかったんだろうな。

く……、悔しいに決まってるじゃない!

トライブは、いつの間にかトーンを抑えることなく笑っていた。


気が付くと、三人は2階まで降りてきていて、モノクロのアリスがそこで突然進路を変えた。

ここ?
そうです。私が巨大なレストランを見たのは、ここです。

トライブは、2階の廊下に立つと、すぐに何か食べ物の匂いを感じた。

それは、数日前、トライブがアリスの探偵ごっこに付き合わされた時のエクアニア城の比ではなかった。


明らかに、今どこかでシェフが料理を作っている。そんな感じだ。

アリスが好きそうな匂いだよな、これ。

巨大レストランまで辿り着きたいだろ。

勿論です!


でも、もう一人の私が考えたダンジョンは、たぶん難しいんじゃないかって、ここまできて思うんです。

難しくなんかないよ。

俺たちがついてるって。

私なら、食べ物を独り占めしたいから、もう一人の……召使いのほうのアリスは、ほとんどクリアできないような難しい仕掛けをたくさん入れてくると思います。

でも、作った張本人が通れるようにするのが普通だよな……。

だから、探せば道は絶対出てくるよ。

リオンの言う通りよ。

解けないダンジョンなんて存在しない!

トライブがそう言った瞬間、突然モノクロのアリスの足が止まった。

そして、ドアが開けっ放しになっている空き部屋に、右腕をまっすぐ伸ばす。

私がさっき言ってたレストランって、これなんです。
は……!?

トライブとリオンは、思わず息を飲み込むどころか、ガックリと肩を落としかけた。


ドアから8mほど穴が開いていて、その奥にケーキやお菓子がいっぱい載ったテーブルが置かれていた。

テーブルの横には、早朝の光に照らされながら、召使いのアリスがいびきをかきながら寝ていたのだ。

これだけなの、私たちが行こうとしているダンジョンは……。

はい、そうなんです。


でも、テーブルのケーキを食べたいんです。

アリスさ……。


世界はそれを、期待外れと呼ぶんだぜ。

でも、ジャンプで何とかできるような距離じゃないです。

8mぐらいの穴を飛び越えられる人なんていません。

モノクロのアリスが、そう言いながら軽くトライブを見つめる。

私……?


たしかにバスターウイングという、剣の力で舞い上がる技は持ってるけど……、ここじゃ天井が低すぎるわ。

だよなぁ……。


でも、ハシゴとかかければ終わりそうだし、俺たちが出る幕じゃないね。

リオン、戻るわ。

トライブは、真っ先にモノクロのアリスに背を向け、元来た道を引き返した。


その時、モノクロのアリスがやや叫ぶようにトライブに告げた。

そこ危ないです!


床が落とし穴ぽいですもの!

えっ……?

そう言うが早いか、トライブは右足が吸い込まれるような感触を感じた。

落ちるっ!

トライブは、そのまま落とし穴の中に吸い込まれていった。

深さはだいたい天井ほどまであるだろうか、先程まではっきりと見えていたリオンも、すぐに頭上へと消えていった。

だ、大丈夫か!トライブ。

大丈夫よ。

この落とし穴、いたるところにわらが埋め込まれてるから、全身わらだらけだけど。

トライブは、頭上を映ったリオンに、軽く笑った。


だが、次の瞬間トライブの目に飛び込んできたのは、全く予想すらしなかった人物――召使いのアリス――の顔だった。

テッテレ~ッ♪

アリス……!


ど、どうしてこんなところにいるのよ!

ほら、ドッキリの仕掛け人が最後その場に出てくるってお約束じゃないですか!
まぁ、たしかにお約束だけど……、アリス、どうやって穴のこっち側に来れたのよ。

んーっ?

それは、さっきソードマスターたちが話してませんでしたか?

ハシゴだろ?

さっきの穴に、ちゃっかりハシゴがかかってるんだけど。

ギクッ……!


ま、まぁ、私があの部屋の奥に行ければいいだけの話なので、あれは私専用です。

お願い、アリス。

そのハシゴで、私をここから出して。


勿論、穴を脱出できても、アリスのお菓子には手を出さないわ。

やでーす!


だって、ここから先が私の作ったダンジョンだから、誰も通らないのつまんないです。

アリスは、召使いと女王の関係であるにもかかわらず、トライブにあかんべえをして、そのまま立ち去った。
あとのみんなは、ハシゴを通って私の部屋に行けまーす!
わーい!お菓子お菓子~っ!
……俺は、お菓子なんか欲しくないから、トライブの後を追うよ。

リオンはそう言うと、トライブが落ちた穴へとジャンプして飛び込んだ。

わらの中から必死に通路を探し出そうとしていたトライブは、リオンが着地した瞬間、思わずリオンに振り返り、小さくうなずいた。

そういうわけで、約束通り俺もトライブに付いていくよ。

ありがとう。


私も、さっき抜け道を見つけたから、一緒に出ましょ。

わらの埋められている穴の四方八方はほとんど壁だったが、一ヵ所だけドアノブがついているのをトライブは手探りで感じた。


そして、ドアノブをゆっくり回すと、ドアが音を立てて開き、わらの埋められていない通路に出ることができた。

トライブ……。

もしかして、この部屋の小ささと言い、少しにおうような空間と言い、ここはトイレだよな、きっと。

きっと……、そうね。


そうなると、ここの部屋も、もしかしたら元々城の一部屋だったのかも知れない。

じゃあ、そんな大がかりじゃないかもな。

リオンはそう言うと、手にしたライトニングセイバーを白く輝かせ、二人の行く道をかすかな光で照らした。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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