30 鋭すぎた洞察力

文字数 3,183文字

リオンを相手にしたときと違い、モノクロのアッシュが最初から剣を手にトライブに迫る。トライブも、アッシュの迫るスピードを見計らいながら、アルフェイオスをやや左に傾けた。
はっ!
無駄だ……!

トライブは、アッシュの剣にアルフェイオスを叩きつけるも、ほぼ同時にアッシュもアルフェイオス目掛けて猛烈なスピードで剣を振る。


激しい金切り音と、相手の剣から繰り出される風を感じたトライブは、そのわずか1秒もしないうちに、アルフェイオスを持つ手に相当の衝撃を感じた。前にモノクロのアッシュと戦ったときのように、アッシュがアルフェイオスの重心を正確に捕えている。

トライブは、じりじりと相手の剣を押しやりたくても、剣と剣がぶつかったところで勢いを止められてしまった。

さっそく本気で来たようね!
わずかの時間続いた均衡状態を打ち砕くように、モノクロのアッシュが今度は下からトライブの剣に叩きつけようとする。それを察したトライブは、アルフェイオスを強く握りしめ、迫り来る相手の剣に向けて一気に振り下ろした。
はあああっ!

今度は、トライブがアッシュの剣の勢いを止めた。


だが、勢いよく振りかざしたアルフェイオスが命中したのはは、相手の剣の重心よりもやや外れた場所だった。モノクロのアッシュが、ほんのわずかの時間で、トライブの一撃をうまくかわしたのだ。


その剣が、軽く突き上げられたと同時に、モノクロのアッシュが薄笑いを浮かべた。やや力を入れたトライブの一撃が、アッシュの手にはほとんどダメージを与えていないかのように。

お遊びはここまでだ、トライブ。
……っ1

モノクロのアッシュが、剣を下から一気に突き上げ、勢いの止まったアルフェイオスをトライブの手前まで押し返す。そして、剣をすぐさま左右から次々とアルフェイオスに叩きつけた。

最初の一撃を何とか食い止めたトライブだったが、すぐに反対側から攻撃を仕掛けられる。モノクロのアッシュが、トライブの動きが止まりかけた瞬間を見計らって、攻撃の方向を変えていたのだ。

何……、このスピード……!

トライブは、矢継ぎ早に繰り出されるアッシュの攻撃を受け止めるのがやっとだ。だが、それもトライブには隙と思えない時間で切り返されていく。

気が付くと、トライブの足は一歩、また一歩と退いては、体の重心を取り戻すしかなかった。

この状況を……、打ち破るしかない!

アッシュの素早い攻撃に耐え続けたトライブは、左からの攻撃が見えた瞬間、思わず右にジャンプした。すぐさまアルフェイオスを力強く握る。


「クィーン・オブ・ソード」の手が、本気の一撃を繰り出そうとしていた。

はああああああっ!

トライブは、全身のパワーを剣に集め、左から容赦なく叩きつけようとするアッシュの剣目掛けて、アルフェイオスを一気に振り下ろした。


だが、その瞬間アッシュの目の動きがアルフェイオスを捕える。

甘いっ!

モノクロのアッシュが、猛烈な勢いで剣を突き上げ、トライブの一撃を止めた。アルフェイオスが、ほんのわずかアッシュの剣を押すだけで、それ以上押せない。


トライブの表情が、焦りの色に染まり出した。

決められない……っ!
お前の本気も、その程度か!

すぐさまアッシュの剣が、下からアルフェイオスを叩きつけた。剣を一気に上に持ち上げられたトライブは、正面のガードすらままならない状況だ。


そこに、アッシュのとどめの一撃が襲いかかる。

レベルアップした俺の……力だ!
勝負を決められてしまう!

トライブの胸目掛けて、アッシュの一撃が正面から襲いかかる。剣を突き上げられたトライブは、何とか胸の高さまでアルフェイオスを戻し、手に力を入れて食らいついた。


だが、序盤から力勝負に持ち込まれた女王に、もはや序盤のようなパワーは残されていなかった。体力を消耗し、アッシュの攻撃に耐えるのがやっとだった。


もがき苦しむトライブをよそに、モノクロのアッシュが次の一手に出る。

終わりだ!
だっ……!

正面からの攻撃を次々耐えたアルフェイオスに、アッシュの剣が右から襲いかかった。風を切るような強烈な一撃が、アルフェイオスの重心を一気に叩きつけ、トライブは剣を持ったまま左へとよろめいた。


「クィーン・オブ・ソード」は、もはやボロボロだった。

アッシュが……、私の動きを完全に捕えている……。

洞察力が鋭すぎる……。

トライブは、それでも細い目でモノクロのアッシュを見続けた。


圧倒的な洞察力で、完璧と言えるほどに相手に打ち勝ってきたスナイパーは、剣を持ったことでより鋭さが増していた。パワーもさることながら、トライブの攻撃に全く動じず、絶妙なタイミングで攻撃を止める。

それが今のアッシュであることを、トライブは認めるしかなかった。


しかし、同時にトライブは、突き上げられるような想いを胸に感じた。

それでも……、剣で戦った回数だけは、私の方がはるかに上……。

剣で勝負して、私が負けるわけにはいかないのよ!

トライブは体の向きを立て直し、再び正面から迫るアッシュに、残された力で立ち向かうしかなかった。パワーの衰えた女王に残されたチャンスはほとんどないが、それでもトライブはそのわずかのチャンスに懸けることにした。


アッシュが解き放つ激しい一撃を、トライブは今度も食い止める。その瞬間、アッシュの剣がわずかながら軽くなったように思えた。

はあっ!

トライブは、ここでアルフェイオスをアッシュの剣に激しく叩きつけた。

相手がほんのわずかに見せた隙を、女王の目は逃さない。

目の前にいるモノクロのアッシュよりも、トライブがほんのわずか冷静になった瞬間だった。


次の瞬間、トライブは全身の神経を集中させ、アルフェイオスを真上から振り下ろした。

はああああああっ!
く……っ!

轟くような音と共に、アルフェイオスがアッシュの剣の重心を捕える。アッシュが手の力を強めるよりも早く、その手から剣を引き離した。


王室の床に落ちる、アッシュの剣。

冷静すぎる相手に、「剣の女王」は屈することも怯えることもなかった。

その余韻が、バトルを終えた二人の間で響き渡っていた。

俺の負けだ……。底力が強すぎる……。

そんなことないわ。

アッシュだって、想像以上に強かった。


最後は、ほんの少しの差でしかなかった。

激しく呼吸をしながら、トライブはモノクロのアッシュに言葉を返した。

そして、右手をゆっくりと差し出すと、モノクロのアッシュもそれに応えるように右手を差し出し、握手した。

トライブ。

性格からして、お前は俺ともう一度戦いたいと思っているはずだ。

だが、おそらくお前の前には、俺を上回る相手が送られるだろう。

もう、現れないわけ?

シナリオマスターがどう判断するかだな。

できれば、この世界にやってきた「俺」を送り出すところまではいたかった。

オメガピースが乗っ取られているうちに、それはないだろう。

俺は、トライブが灰の神をも打ち倒すと信じている。

私だって、灰の神と戦いたい。

そして、勝ちたいのよ。物語関係なく。

そうか……。


なら、トライブ。俺が灰の神を呼ぶ。

じきにこの城にミッションが与えられるだろう。

そう言うと、モノクロのアッシュはゆっくりと体の向きを変え、王室の出口へと向かった。出口のドアを開くと、そこには緑色の光に包まれた転送装置が、いつの間にか置かれていた。


その中に、モノクロのアッシュが吸い込まれていく。

トライブは、灰の神を呼ぶという言葉を信じて、ここは転送装置を追おうとはしなかった。

さっすがだなー、トライブ。

やっぱり女王だよ……。

リオン、傷は大丈夫?

もし痛そうなら、召使いに救急道具持ってくるよう頼むけど。

別に大丈夫だよ。


そんなことより、トライブ。

今度のミッション、俺も手伝うよ。

ありがとう。

トライブは、リオンの目を見つめながら、軽く微笑んだ。

まだ整わない呼吸を浮かべながら、トライブは来たるべき灰の神とのバトルを思い浮かべてみた。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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