34 やってしまったアリス
文字数 2,632文字
トライブとリオンは、ほぼ同時に剣を天井に向けた。
天井にはわずかな切れ目があったため、そこから何か落ちてくるのは明らかだった。
10秒も経たないうちに、その切れ目が音を立てて割れ、その切れ目の奥から大量の虫がその目を覗かせた。
ライトニングセイバーを力強く握っていたリオンは、天井から落ちてくるのがかわいらしいカタツムリと分かった瞬間、へなへなとその場に崩れてしまった。ほぼ同時に、トライブも安堵の表情を浮かべそうになった。
何よこれ……。
明らかに2階から誰かが落としたとしか思えないわ。
だいたい20匹ほど落ちてきただろうか、その後は天井から何も降ってくる気配はなかった。
天井は開きっぱなしだった。それを見て、トライブは思わずうなずいた。
リオン。
もしかしたら、ここから私たちが出られるかも知れない。
出られるって、天井に開いた穴だろ?
さっきのハシゴをかけても、高さが足りないと思うよ。
普通は、そう思っちゃうのよ。
でも、ここまでダンジョンを進んできて、気になったのよ。
最初、アリスの部屋で見つけた穴は、どこにつながっているのか。
たしかに……。
普通なら、落とされた場所のすぐ近くにつながっているわけだよな。
リオンは、そこまで言って、トライブの指差す天井を軽く見つめ、小さくうなずいた。
普通なら、リオンの言う通りよ。
でも、その場所で私たちが見たのは、配水管から落ちてくる水だった。
だから、最初に見た穴は、どこかで折れ曲がって、ここに通じているわけよ。
それは私にだって分からないけど、おそらく1階から2階にかけての高さの半分くらいよ。
ハシゴでも届くと思うわ。
とりあえず、私が試してみる。
トライブは、そう言って先程使ったハシゴを持ってきて、天井にかけた。
幸い、ハシゴは天井の高さよりも長かったので、トライブは難なく穴の向こうにハシゴを引っかけることができた。
ゆっくりとハシゴを登っていった先には、一本の通路が見えた。
カタツムリが通っていった通路であるだけに、少し傾斜が付いているものの、人間がしゃがめば通れそうだった。
トライブは通路からリオンを手招きし、リオンもすぐにハシゴを登った。
通路の先には、トライブが予想していた通り、明るい光が差し込んでいた。
二人は懸命に通路をよじ登り、ついにもう一つのハシゴに手を伸ばした。
トライブとリオンは、アリスの部屋にかかっていたハシゴを同時に持ち上げ、穴から顔を出した。
召使いのアリスが、その音にすぐ気が付いたようで、顔を真っ青にしながら穴に向かって走ってくるのが、トライブの目に見えた。
勿論じゃないですか。
この物語は、私がドッキリをやるために、いろんなことを考えてるんですから!
リオンがそう言うと、アリスは思わず息を飲み込んだ。図星を言われたようだ。
その表情に、トライブがさらに突っ込む。
アリス。
仕掛けといい、巨大なアリやカタツムリが落ちてくる設定といい、城の中にすごいダンジョンを作ったのはいいけど……、別の意味で怖かったわ。
えっ?別の意味でですか?
カタツムリに震え上がったんじゃなくてですか?
アリス、怖いダンジョンを作ろうとして、配水管に穴を開けたでしょ。
後で修理してもらわなきゃいけないじゃない。
まぁ、リオンも人のこと言えないけど。
あ……。
も、もしかして水槽から溢れちゃいましたか?
私が何とかしたわ。
とにかく、私たちがクリアしたんだから、後で城を元に戻しなさい。
女王の命令よ。
アリスが、ややうつむきながらトライブに返事をする。
だが、その後数秒だけ沈黙を続けた後、アリスが再びトライブに口を開いた。
そうです、そうです。
ダンジョンの中に、食べ物になりそうなものをいっぱい仕掛けたんですが、それをここに持ってきてくれると、私のごはんの足しになりますー!
アリス。そんなの最初に言われてないから、持ってきてないわよ……。
その瞬間、トライブの目にガックリと肩を落とすアリスの姿が飛び込んだ。
水槽の中にウナギを入れたし、柱の奥に大根やにんじんを置いたし、廊下のところどころにお菓子を置いといたし、最後のカタツムリなんか完全に食用だったのに……。
みーんな持ってきてないんですね……。
アリスが作ったんだから、食べ物を置きたい気持ちは分かる。
でも、お菓子はたぶんアリにたかられたと思うし、ウナギは暗かったから泳いでいるのも見えなかったわ。
その時、召使いのアリスが発した力ない言葉が、その奥にいるモノクロのアリスの耳に届いた。
召使いのアリスが、後ろを振り返って、軽く息を飲み込む。
もしかして、もうこの部屋にごはんがないってことですか?
もしかして、私たちが下にいる間に、この部屋のケーキとかお菓子とか食べ尽くしたの?
勿論です。
二人も私がいたら、それは結構な量になっちゃいます。
というわけで、ソードマスター、スペシャルフードを本当に持ってきてないんですね。
トライブの短い一言に、モノクロのアリスが軽くうなずいた。
そして、次の瞬間、モノクロのアリスがおもむろに体の向きを変え、召使いのアリスに詰め寄った。
食べさせてくれると思ったのに……、この部屋には幻滅しました。
モノクロのアリスが、ついにたまらなくなって、召使いのアリスに手を伸ばした。
その瞬間、トライブは反射的に二人のアリスを止めようと動いた。
だが、トライブの制止を振り切って、モノクロのアリスが召使いのアリスのほっぺを両側からギューッとつまんだ。
トライブが二人のアリスの間に立ったときには、既に召使いのアリスが痛そうな表情を浮かべていた。それと同時に、召使いのアリスの全身に湧き上がるような力が働いた。
そして、どこからともなく声が聞こえる。
トライブは、懸命に叫んだ。だが、変わり始めた召使いを止めることはできなかった。
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