12 モノクロの兵士に注意せよ
文字数 3,018文字
「白水晶の洞窟」から出たトライブは、普段と変わらない青空を眺めながら、ふぅと息をついた。
「オメガピース」がやってきたような痕跡もなく、ただひたすら流れている穏やかな空気は、まさに嵐の前の静けさだった。特にモンスターが凶暴化していることもなければ、エクアニアの土の上を「オメガピース」の兵士が歩いていることもなかった。
しばらく歩いたとき、トライブは後ろを振り返った。
トライブやリオンからは灰色に見えるアリスも、二人について行くようだ。
トライブは、アリスに軽く微笑みながら、城へと急いだ。
だが、口には出さなかったが、トライブには一つだけ気になることがあった。
この世界では、必要な時にシナリオマスターとしての立場でアッシュが現れ、ある意味神出鬼没に思われた存在だったにも関わらず、この時だけは何故か出てこない。
アリスが登場人物ではない方だから、ということもあるかも知れないが、この時のトライブには奇妙でならなかった。
やがて、トライブたちの目にエクアニア城が飛び込んできた。
だが、城下へ続く門をくぐろうとしたとき、トライブは一人の兵士に呼び止められた。
女王。
このお連れの少女は、何者なんですか!
アリスと言えば、女王の召使いじゃないですか!
それが、実はスパイだったと……。
その時、トライブと兵士の間に、アリス本人が割って入ってきた。
トライブが右手で近づけないようなしぐさをするが、それでもアリスは口を開いた。
そうではない。
先程、この門を通った者から、ある重大な情報を聞いてしまったからだ。
今度は、王子のリオンがアリスの横に立つ。
アリスは、一連の会話を聞いて体を小刻みに震わせているようだ。
白黒の世界の兵士たちが、世界を混乱に陥れている、とな。
そう言ってた。
だから、この門でも白黒に見える人間は捕えなければならない!
そう言うと、兵士は右手を挙げて数人の城兵を呼び、アリスの左右の腕を力ずくで掴んだ。
アリスが、懸命にもがき続ける。
どうやら、城兵は登場人物で、元々この世界にいる方のアリスが白黒に見えるようだ。
突然、アリスは大きな声を上げた。
トライブがそう言うと、アリスの腕を掴んでいた兵士は次々と立ち去っていった。
最初に呼び止めた兵士も、諦めた表情でトライブに言う。
そこまでおっしゃるのでしたら、解放しましょう。
その代わり、エクアニアに魔の手が忍び寄っていることは、決して誤りではないでしょう。
そう言うと、トライブは城下町の大通りをやや早足で歩く。
だが、その城下の雰囲気が、城を出たときと比べると明らかにおかしい。
城下を歩くトライブの耳に、時折人々から祈るような声が響いてきた。
女王様、助けてください!
エクアニアを、そして世界を救ってください!
女王の剣の力、私たちは信じています!
あなただけが、私たちの最後のよりどころです!
エクアニアの希望は、剣の女王に全てかかっています!
どうか、国民からこの希望の炎を消さないでください……。
トライブは、違和感を覚えながらも、城下で呼びかけられる声の一つ一つに優しい口調で返した。
この先何が起こるか分からない中、人々の不安を少しでも和らげるために、エクアニアを守る女王は、城下で行き交う言葉の一つ一つに耳を傾けたのだった。
そして、坂を上ってトライブは城の中に入った。
そこにはアッシュが待っていた。
淡々と話すアッシュに、トライブは何度か息を呑みかけた。
アッシュの言っていることが正しければ、この世界のオメガピースは、相当な勢いで世界制圧を進めていることになる。
その時、トライブは遠くの方にアリスの姿を見つけた。
白黒ではない、召使いとして登場するアリスだ。
突然、モノクロのアリスの息を飲み込む音が、その場に響く。
興味半分で駆け寄ってくる、召使いの足の音……。
不意に、アッシュが顔の向きを変え、力強く言った。
アッシュは、モノクロのアリスの前に仁王立ちし、アリスどうしを近寄らせないように止めた。
トライブとリオンは、何が起きているか分からず、顔を見合わせるだけだった。