12 モノクロの兵士に注意せよ

文字数 3,018文字

よかった。

何も変わってないわ……。

「白水晶の洞窟」から出たトライブは、普段と変わらない青空を眺めながら、ふぅと息をついた。


「オメガピース」がやってきたような痕跡もなく、ただひたすら流れている穏やかな空気は、まさに嵐の前の静けさだった。特にモンスターが凶暴化していることもなければ、エクアニアの土の上を「オメガピース」の兵士が歩いていることもなかった。



しばらく歩いたとき、トライブは後ろを振り返った。

トライブやリオンからは灰色に見えるアリスも、二人について行くようだ。

やっぱりアリスは、私たちに付いていくわけね。

はい……。

だって、オメガピースを追い出されちゃったし、あんな邪悪なライフルマスターになっちゃったら、戻ろうとも思えないですから。

ただでさえ冷たそうに見えるアッシュを邪悪と言うだけでも、なんかオメガピースの深刻さを物語っているわ。

そうです……。


だから、できればライフルマスターには元のライフルマスターに戻って欲しいなーって思ったり。カッコよくてイケメンで、私にとっての憧れの存在に戻ってくれたら、と思います!

アリス。

それなら、灰の神と何も関わりのないアッシュを紹介してあげるわ。

この物語のシナリオマスターなんだし、呼べば出てくるから。

それは嬉しいです!


でも、そのライフルマスターは、私の目には白黒にしか見えないですよね……。

それくらい我慢しなさい。


たぶん、いまオメガピースにいるアッシュより、ずっとアッシュらしいと思うわ。

トライブは、アリスに軽く微笑みながら、城へと急いだ。



だが、口には出さなかったが、トライブには一つだけ気になることがあった。

この世界では、必要な時にシナリオマスターとしての立場でアッシュが現れ、ある意味神出鬼没に思われた存在だったにも関わらず、この時だけは何故か出てこない。


アリスが登場人物ではない方だから、ということもあるかも知れないが、この時のトライブには奇妙でならなかった。



やがて、トライブたちの目にエクアニア城が飛び込んできた。

だが、城下へ続く門をくぐろうとしたとき、トライブは一人の兵士に呼び止められた。

女王。

このお連れの少女は、何者なんですか!

アリスよ。

洞窟でひとりぼっちだったから、連れてきたの。

アリスと言えば、女王の召使いじゃないですか!

それが、実はスパイだったと……。

スパイ……?


どうしてそうなるのよ。

その時、トライブと兵士の間に、アリス本人が割って入ってきた。

トライブが右手で近づけないようなしぐさをするが、それでもアリスは口を開いた。

スパイじゃないです。

だって、さっき私この門から入って、城まで行きましたもの!

もしかして、アリスが勝手に城まで入ったから、スパイって言ってるわけ?

そうではない。

先程、この門を通った者から、ある重大な情報を聞いてしまったからだ。

その重大な情報って、何だ……。

今度は、王子のリオンがアリスの横に立つ。

アリスは、一連の会話を聞いて体を小刻みに震わせているようだ。

白黒の世界の兵士たちが、世界を混乱に陥れている、とな。

白黒の世界の兵士たち……。

変わり果てたオメガピースのことかしら。

そう言ってた。

だから、この門でも白黒に見える人間は捕えなければならない!

そう言うと、兵士は右手を挙げて数人の城兵を呼び、アリスの左右の腕を力ずくで掴んだ。

アリスが、懸命にもがき続ける。


どうやら、城兵は登場人物で、元々この世界にいる方のアリスが白黒に見えるようだ。


突然、アリスは大きな声を上げた。

やめてくださいよーっ!

やめなさい!

アリスは何も悪くないわ。


いくらアリスが白黒に見えるからって、白黒の兵士全てが悪いことをするわけじゃない。

この少女は白黒だというのに、それでも女王はかばうつもりか。

えぇ。私はアリスを信じるわ。


今すぐ離しなさい。これは女王の命令よ。

トライブがそう言うと、アリスの腕を掴んでいた兵士は次々と立ち去っていった。

最初に呼び止めた兵士も、諦めた表情でトライブに言う。

そこまでおっしゃるのでしたら、解放しましょう。

その代わり、エクアニアに魔の手が忍び寄っていることは、決して誤りではないでしょう。

えぇ。分かったわ。

アリスのピンチを救うなんて、さすがだよ!

なんか、トライブがすごくカッコよく見えた。


何というか、文字通り、クィーン・オブ・ソードだと思うよ。

ありがとうございます……。ソードマスター。

えぇ……。

ここでアリスが疑られるのは、どう考えてもおかしいと思ったから、私は行動に出ただけよ。

そう言うと、トライブは城下町の大通りをやや早足で歩く。


だが、その城下の雰囲気が、城を出たときと比べると明らかにおかしい。

城下を歩くトライブの耳に、時折人々から祈るような声が響いてきた。

女王様、助けてください!

エクアニアを、そして世界を救ってください!

女王の剣の力、私たちは信じています!

あなただけが、私たちの最後のよりどころです!

エクアニアの希望は、剣の女王に全てかかっています!

どうか、国民からこの希望の炎を消さないでください……。

えぇ、分かったわ。

必ず、魔の手から世界を守ってみせる。

トライブは、違和感を覚えながらも、城下で呼びかけられる声の一つ一つに優しい口調で返した。

この先何が起こるか分からない中、人々の不安を少しでも和らげるために、エクアニアを守る女王は、城下で行き交う言葉の一つ一つに耳を傾けたのだった。



そして、坂を上ってトライブは城の中に入った。

そこにはアッシュが待っていた。

トライブ、やっと戻ってきたようだな。

ちょっと話がある。

だが、アッシュの姿を見た瞬間、トライブの後ろをついていたアリスが、思わずアッシュに向かって走り出し、トライブの制止を振り切ってアッシュに抱きつく。

やっと、まともなライフルマスターに出会えてよかったです!

これからも、よろしくお願いします!

アリス。いや……、モノクロのアリス。

今は、そうしている場合じゃない。

オメガピースのことなら、私がソードマスターにぜーんぶ話しちゃいましたよー!
もしかして、アッシュもそれを言いたかったの?

あぁ。


モノクロのアリスが言ったのなら、ほぼ俺が言いたかった情報は伝えているはずだ。

灰の神に、オメガピースが乗っ取られたという話をな。


アリス、それでいいだろ。

はい。

そして、奴らはもうオメガの大陸全てを乗っ取ったようだ。

じきに、海を渡ってエクアニアを制圧するかも知れない。


少なくとも、もう一人の俺やトライブがいるこの場所を制圧しないはずがない。

淡々と話すアッシュに、トライブは何度か息を呑みかけた。

アッシュの言っていることが正しければ、この世界のオメガピースは、相当な勢いで世界制圧を進めていることになる。

危機は、そこまで迫っているわけだな。

そのようね。

ここは、私たちが何とかしないといけないわ。

その時、トライブは遠くの方にアリスの姿を見つけた。

白黒ではない、召使いとして登場するアリスだ。


突然、モノクロのアリスの息を飲み込む音が、その場に響く。

興味半分で駆け寄ってくる、召使いの足の音……。



不意に、アッシュが顔の向きを変え、力強く言った。

アリス、近づくな!
どういうことよ……。
登場人物が、その世界で生きている本人に触れたら、登場人物の魂が崩壊してしまう。

アッシュは、モノクロのアリスの前に仁王立ちし、アリスどうしを近寄らせないように止めた。


トライブとリオンは、何が起きているか分からず、顔を見合わせるだけだった。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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