50 物語はエンディングへと近づく

文字数 2,935文字

緑色の光の外に、エクアニア城の廊下が見えてきた。

「オメガピース」の城へと向かうときに乗った転送装置と、やはり同じ場所に辿り着いた。

トライブ。

なんか、同じ所に突っ立っている転送装置だと、どこに飛ばされるか分かっちゃってつまらないな。

私は、別にそんなこと感じないわよ。


……で、見た感じ、城は荒れ果ててないようね。

トライブがアッシュ・デストラに投げ落とされたときは、城兵たちも「オメガピース」に従ってしまったが、いまトライブの目に映る光景は、廊下を見守るように城兵が立っている、ごくありふれた光景だった。


それを見て、トライブは小さく息をついた。

オルティスがこっちに来たわけじゃないようね。

どこか、別のところに転送されたんだろうな。


まぁ、いずれ見つけて決着をつけなきゃいけない相手だから、どこにいるか分からないのも逆に嫌だけどさ。

私だって、半分そう思ってる。

トライブは、ソフィアを抱えるようにして、転送装置から一歩足を踏み出す。

すぐ目の前に、使われていない部屋を見つけ、そこでソフィアを寝かせることにした。

治癒の魔術が使えそうな人を連れてくるわ。


ソフィア、もうちょっと待ってて。

分かった……。

トライブ。


いい人が近づいてきた!

リオンの声で気付いたトライブは、思わず部屋の外に目をやった。


ちょうど見慣れた茶髪の少女が、スキップしながら廊下を通り過ぎていくところだった。

アリス、ちょっと仕事があるんだけど、いい?
いらっしゃいませ、ご主人様。

アリス、今はメイドなんてやってる暇ないから。


なんというか、ほら、召使いぽい仕事なんだけど……。

リオンは、アリスに顔を向けながら、ソフィアに右腕を伸ばす。


だが、アリスは横になっているソフィアの姿を見た瞬間、思わず一歩後ずさりした。

ゾ、ゾンビ……!


死体が動いてるーーっ!

アリス。

私、まだゾンビじゃないし……。

すかさずソフィアが言葉を返すと、トライブはやや間を置いてアリスに告げた。

あのね、アリス。


ソフィア、さっきオルティスから相当なダメージを受けて、まだ一人じゃ歩けないわ。

だから、アリスの魔術で治して欲しいのよ。

え……?


魔術ですか……?

魔術よ。


元の世界では、銃よりもむしろ魔術のほうが熱心になっているように見えるわ、

トライブは、アリスを必死に説得するも、アリスはその度に首を横に振る。


しばらくして、再びソフィアの声がトライブの耳に届いた。

トライブ。


悪いんだけど……、登場人物のアリスに、魔術設定はつけなかった……。

もしかして、召使いというポジションしかないのね……。

すいません……。

私、召使いでしかないんです。


魔術だって、ほら、何一つ使えないんです。

ごめん、アリス。


分かってたら、呼び止めなかったのに、本当にごめん。

トライブが小さく頭を下げると、アリスは右手を震わせて謝り返す。

べ、別に謝ってもらう必要なんてないですから……。


というか、いいこと聞いちゃいましたから。

いいことって何だよ。
あの転送装置の奥に、オルティスがいるんですよね!

アリス、急に何を言い出すかと思ったら……。


エクアニア城の召使いなのに、どうしてオルティスに用事があるのよ。

えへへっ!秘密で~す!



聞~いちゃった~聞いちゃった~♪

ま、待ちなさいよ!

トライブの呼び止めも空しく、アリスはスキップしながら転送装置に足を踏み入れていた。

トライブが足を動かそうとしたときには、既にアリスが全身緑色の光に包まれていて、手遅れになってしまったのだ。



それから数秒経って、リオンが背後からトライブに近づき、肩をポンポンと叩いた。

トライブは振り返ってリオンの顔を見たが、その表情は真っ青だった。

今、アリスが手に持ってたの、見たか?
見えなかったわ。

そうかな……。


見間違いならいいんだけど、何かチップみたいなものを持っていたような……。

チップ……?


全然見えなかった。

その時トライブは、遠目にもう一人のアリスの姿を見た。

モノクロの見えるアリスは、小走りに何かを探している様子だった。

ソ……、ソードマスター!大変です!

召使いのほうの私が、どこに行ったか知りませんか!

もう転送装置の中よ。

何があったの?

あの……、さっき私、タブレットをもう一人のアリスに渡したって言ったじゃないですか。
たしかに、その話は聞いたわ。

その時に、私、間違ったチップまで一緒に渡しちゃったんです!


召使いのほうが、間違ったチップを入れちゃったらまずいと思って、探してたんですけど……。

転送装置に乗って行っちゃいましたか……。

な……、なんだって……!?



話がつながってしまいそうだぞ……。

リオンがそう言った瞬間、トライブとソフィアがほぼ同時に息を飲み込んだ。

あのチップ、オメガピースの城からアッシュが取ってきたものだったはずよ。


まさか、召使いのほうのアリスが、律儀にそれを返しに行くとか……。

あり得る……。


というか、この展開、私でも想定していなかった……。

ソフィアの作った登場人物の行動が、完全に収拾つかなくなってきたわけか……。

そうね……。


でも、ソフィア。それにリオン。

そんな絶望的になることはないのかも知れないわ。

どうしてだ?

あのチップに対応するタブレットは、オルティスだって見つけていないはずよ。

逆に、見つけていたら、今すぐにでもここを攻めに来るわ。

しかし、口ではそう言ったトライブの脳裏には、この世界でパラレルタブレットを見たときに交わした会話が、この時はっきりと思い浮かんでいた。

オルティスは、血も涙もない剣士だ。

それに、一度は俺に撃たれているわけだから、俺に対して復讐をしようとしているに違いない。


だから、俺はあのチップを拾わなければいけなかった。

やっぱり、召使いのアリスとオルティスを止めに行った方がいいと思う。

あのチップのシナリオマスターがオルティスだということが、あまりにも危険すぎる。

そうね。


私たちは、行くしかないわ。


アリス。元々この世界にいるほうなんだから、魔術は使えると思うの。

悪いけど、深い傷を負ったソフィアに魔術かけておいてくれない?

その間に、召使いのアリスを止めに行くわ。

分かりましたー!

モノクロのアリスはそう言うと、すぐに部屋に入り、ソフィアに右腕を伸ばし、魔術の詠唱を始めた。


それを見て、トライブとリオンは転送装置に向き直る。

その時、ふとリオンがトライブにささやいた。

俺さ……。

どうしたのよ、急に。

もうすぐ、この物語も終わりそうな気がするんだ。

勿論、俺たちがオメガピースの二大巨頭に勝って。


で、それが終わったらさ……、「あの時」言えなかったことを……、トライブに言おうと思うんだ。

「あの時」……。


何となく、分かった。

私と会ったとき、悪魔の闇が去ったら愛の告白をしようと思っていたのに、それができないまま、リオンは……。



それ以上、言わないわ。

やっぱり、覚えてたんだね。


でも、今回は大丈夫。

ソードマスターが二人で立ち向かうんだもの!

えぇ。



行きましょ、リオン。

そう言って、トライブとリオンは転送装置に向かってゆっくりと近づいていった。


だが、転送装置に足を踏み入れようとした瞬間、その転送装置から解き放たれる緑色の光の先に、見覚えのあるシルエットがくっきりと浮かんでいるのが、トライブの目に見えた。

誰かやって来るわ!
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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