02 「登場人物」のアリス

文字数 3,286文字

パラレルタブレットの中に入ったトライブが連れて行かれた場所は、小高い丘の上だった。

白く輝くエクアニア城が、遠くに見える。


風が優しくそよぐ中、トライブは城を見つめた。

あの城が、私の目指す最終目的地ね。

アッシュがどんなシナリオを用意しているかは分からないけど、とりあえず行くしかないわ。

トライブは、やや早足で丘を駆け下りる。


この場所は、トライブの生まれた街・ノーツァからそう近い場所ではなかったが、エクアニアの雄大な景色を見られる場所として、家族旅行で訪れた記憶が、トライブにはあった。

あのときは、ちょうど13歳。まだトライブが剣を持つことを許される前のことだ。


はしゃぎながら丘を一気に駆け下りた記憶が蘇る。

あの時と、同じ感じね……。

トライブは、あの時と同じように丘を駆け下りていく。

エクアニア城の見える方角を頼りにして。



しかし、トライブの足が100回地面を撫でたとき、トライブの足は突然感覚を失った。

……っ!

ズボッという鋭い音が、トライブの耳を切り裂く。

はるかに急な角度の傾斜で、下へ下へと引っ張られていく。


落とし穴だ。


ところどころ露出したトライブの肌が、たちまち生臭い土で覆われ、金色に輝くトライブの髪にもぱらぱらと降りかかる。

あいたた……。


何なのよ、これ……。

こんな傾いたところに落とし穴なんて、誰が作ったのよいったい……。

ドッキリカメラ、大成功~!

テッテレ~ッ♪

どっきりなの、これ?

いきなりひどいシナリオね。


って、なんでアリスがいるの?

トライブは、半ば悔し紛れに首を横に振った。

髪や肌についてしまった土を振り払いながら、トライブは落とし穴から這い上がる。

落とし穴の上から見つめていたのは、トライブがさっきまで見ていたのと同じ服装の、アリスだった。

ただの旅行ですー!


そんなこと言ったら、ソードマスターこそ、なんで落とし穴にハマってるんですか?

どうして、って何も、落とし穴を作ったのはどう考えてもアリスよね……?

まぁ、ドッキリ用に作りましたからねー。


でも、すごく気になるんですけど、どうしてソードマスターが私の後を追いかけてきたんですか?

「オメガピース」のマスターたち全員で、南国のベリル島にバカンスに行ったと聞いたんですが……。

アリスは、徐々に首をかしげる。

トライブと全く歯車が合わないようだ。


これが、平行世界。

トライブは、その瞬間にピンと察した。

アリス。言うね。


私は、この世界に送られて、あるミッションをクリアしなきゃいけない身。

見た目はトライブ・ランスロットだけど、アリスの知っているトライブ・ランスロットでない。

別の世界の人間だと思っていいのよ。

じゃあ、今この世界にソードマスターが二人いるってことなんですか?

ベリル島に本物の私がいるんだから、いると思うわ。

出会うこともありそうな予感はする。

それはどうかな、トライブ。

低く冷たい声が丘を切り裂き、トライブは後ろを振り返った。

アッシュだった。

わーい、ライフルマスターまでここにやって来たんですね!

いや、俺はこの世界でのトライブのシナリオを作っただけの存在だ。


トライブ、ここは平行世界だ。この世界に生活しているお前も、そして俺自身もいる。

だが、安心しろ。シナリオ上、本物のお前とは出会わないようになっている。

出会えないのね。なんか期待していたのにショックよ。

あぁ。このエクアニアから出ることは考えていないからな。


それと、一つだけ言っておく。この平行世界で、もしその世界のお前と出会えたとしても、お前の目からは白黒でしか見えなくなっているからな。

白黒って、なんか邪悪ね。

それなら出会わずにミッションをクリアしたほうがいいわ。

あのー、ライフルマスター。

私は普通の存在ってことでいいですよね?

勿論、お前も俺のシナリオの登場人物にすぎない。

初級兵なのに、こんな「オメガピース」から海を隔てた場所に一人で出歩けるわけがないからな。

アッシュ。

アリスだけは、この世界の人間だと思ったのに……。


ここにいるアリスもまた、登場人物だなんて思わなかったわ。

じゃあ、本物の私も、この世界では白黒という扱いなんですね。
あぁ。そう思って間違いないだろう。俺がこの物語のために置いた存在、ということだ。

アッシュは、やや小さくうなずいた。

そして、アリスを一瞬だけ細い目で見つめた。

じゃあ、私は登場人物なりにキャラ振りまくので、この後どこかで出会ったらよろしくお願いしまーす!

アリスはそう言うと、急いで丘を駆け下りていった。


アリスの姿が見えなくなると、アッシュはトライブの手を取り、一度小さくうなずいた。

面倒なキャラを置いてしまったようだ。

俺が思っている以上に、アリスは何かやらかしそうな気がする。

たしかに、あなたが落とし穴という設定を考えるわけないわ。

この世界にいる別人格のアリスが、もしかしたら別人格というのをいいことに、やりたい放題やっている感じがするの。


ところでアッシュ、ちょっと確認したいことがあるけどいい?

どうしたんだ、トライブ。
アリスは、タブレットで転送されたわけじゃないわよね。
パラレルタブレットで夢の世界に行けるのは、主人公とシナリオを書いた人だけだ。それ以外の奴は、いくらタブレットを覗き込んだとしても、この世界には行かない。
つまり、アリスとか、これから出会う人間とかは、この世界にいるキャラとしてアッシュが作ったものなのね。

まぁ、そういうことだ。


アリス以外にも、お前の前に知っている人物が出てくるから楽しみにして欲しい。分かったな。

えぇ……。

なら、俺はここでまたいなくなる。

シナリオマスターの俺があまりでしゃばるのも、お前の夢にとっては望ましいものではないからな。

必要以外には、今後手を貸さない。

そう言うと、アッシュは丘を駆け上がり、たちまちトライブの視界から消えていった。

落とし穴に落ちたときに感じた、ガクガクとした膝の感触が、一人になって思い出されたように蘇ってきた。

アリスったら……。

トライブは体の向きを変えて、再びエクアニア城に目線を向け、ゆっくりと歩き出した。

今度は落とし穴に気を付けながら、一歩一歩確認しながら進んでいく。

幸い、それ以上落とし穴はなく、トライブは丘を降りきって、エクアニア城下町の外壁の前に辿り着いた。

ここが、エクアニア城……。

この場所で、このシナリオに何が起こるのかしら……。

そう言いながら、トライブは記憶を頼りに、城下町の門を目指す。

エクアニア城下町は、深い堀と竹林に囲まれ、門は南側の一ヵ所しかなかった。


やがて、トライブの視界に城下に通じる門が現れた。

門番がいる……!

かつて家族旅行で訪れたエクアニア城下町は、平時だからか門番はおらず、誰もが城下の外と中を行き来できた。

しかし、この時トライブの目に飛び込んできたのは、剣を持った複数の兵士たちが門の前にずらりと並ぶ光景だった。


城や国に何かがある。トライブは、このシナリオのきっかけになった夢をすぐに思い出した。



トライブは、門の前に立ち、中央にいる兵士長らしき中年男性に声を掛けた。

私は、剣士トライブ・ランスロット。

エクアニア出身よ。

剣を持ってるけど、決してこの城下町に危害を与えたりはしない。城下に入れて欲しいの。

「剣の女王」トライブの名前をかたる、新手のスパイだ!

引っ捕らえろ!

トライブは私よ。

偽者なんかじゃない!

その時、トライブを捕えようとしていた数名の兵士を、兵士長らしき人物が動きを止めた。兵士長は、突然トライブに顔を近づけると、やや声を落ち着かせて言った。

お前が、本物のトライブであるとすれば、エクアニア城兵屈指の剣の実力を持つ、この女にたやすく勝つことができるはずだ。


もしお前の方が負けるのなら、お前はトライブの名と面を借りた、ただの剣士に過ぎない。

城兵屈指の剣士と戦うわけね。

それだけでワクワクするわ。

トライブがそう言うと、兵士長が城下へとつながる扉を小さく開けた。

その瞬間、扉の向こうに見えてきた女剣士の姿に、トライブはかすかに息を飲み込んだ。

もしそこにいるのがトライブなら、私は今日こそ、今日こそマスターの座から引きずり下ろす!
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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