45 ソフィア、真実を語る。

文字数 2,690文字

突然、城の中から現れたソフィア――この物語のシナリオマスター――に、城兵たち全ての視線が注がれる。

武器を持つ者は、トライブたちに向けていた武器を下に向け、細めていた目も徐々に開けようとしていた。


その中で、ソフィアがトライブの前にまで近づき、そこで止まった。

負けてくれないって、どういうことよ。

散々、この物語の登場人物が言ってるじゃない。


トライブが負けて死ねば、この物語は終わるの。

あと少しのところで何とか生き残っているけど、物語はもうすぐ終わりになる。

ソフィア。


私がそんなこと言われて、死ぬと思うの?

負けると思うの?


悔しくて、生き残りたいと思いたくなるわよ。

トライブは、アルフェイオスをソフィアに向けることなく、ソフィアに言葉を投げかける。


それでも、その相手は、親友としてのソフィアではなかった。

ただ、物語の中で自らを殺そうとする存在が相手だった。

やっぱり、トライブはそう強がるのね。

ソフィアの後ろから、かすかな風が吹いてきて、その茶色い髪を揺らす。


しばらく沈黙が続いた後、先にトライブの声が沈黙を破った。

ソフィア。今だから、聞かせて欲しい。


いや、いつかソフィアの口から言ってくれると思ってたけど……、もう待てないのよ。



どうして、私が死ぬというシナリオにしたのよ。

トライブは、決して声を荒げることもなく、しかも決してソフィアに向けて表情を緩めることもなかった。

ただ、一人の大人として対応をしようとしていた。


トライブは、ソフィアの返事を待った。

それは、予想していた時間よりもだいぶ短いタイムラグで訪れた。

簡単よ。


物語の世界でトライブが死ねば、現実の世界で私が次のソードマスターになる。

これほど単純な理由はないじゃない。

だろうな、と思ったよ。

リオンがぼそりと呟くと、トライブは一瞬だけリオンに目を向け、そしてすぐに視線を戻して、ソフィアをじっと見つめた。

ソードマスターになるって……。


私を倒さなければ、ソードマスターになんてなれないって、ソフィアが一番分かっているはずなのに。

それくらい、分かってる。


でも、トライブがあまりにも強すぎて、何度戦っても私が負けるじゃない。


もう、我慢できなかった……。

それで、物語の世界で、私を倒そうと思ったのね。


しかも、私よりずっと強い設定のキャラを出してまで。

そうするしかないじゃない。


そうでもしないと、物語の中で誰もトライブを倒す人がいなくなっちゃうんだから。

なるほどね……。

アルフェイオスを軽く握るトライブの手は、小刻みに震えていた。



これまで、トライブにとってソフィアは、「オメガピース」の中でともに成長してきた仲間であり、親友であり、そして互いが最大のライバルとなる関係だった。


「オメガピース」に入隊したのも同時。

初級兵から中級兵に上がるのも、中級兵から上級兵に上がるのも同時。

しかし、「オメガピース」の中でただ一人しかなれないソードマスターに上がるとき、初めて二人の実力の差が目に見える形となってしまった。


17代ソードマスターになったその日、「おめでとう」と言ったソフィアの表情の奥に、悔しがる気持ちが表れているのを、トライブは今でも忘れていなかった。


それから、ソフィアは何度もトライブに立ち向かっていった。

それでも、その度にソフィアは敗北を重ねていった。



それらを全て、ほんのわずかな時間で思い返したトライブは、いま目の前でそう語るソフィアが、まるで別人のような存在にしか見えなかった。

ソフィア……。

トライブは、無意識のうちにその足を一歩前に出した。

それに合わせるように、ソフィアの体がわずかながら後ろに傾いた。


トライブは、その目に小さな涙をにじませていた。

そして、その涙を振り切るように、ソフィアに言った。

そんなの、逃げじゃない!

現実から……、逃げてるだけじゃない!

逃げるしか……、他に道はないじゃない。

少なくとも、ソフィアだけは絶対に逃げることのないライバルだと思ってた。

だから何回でも、何十回でも……、私は本気になれたのよ。


そんなソフィアが、物語の世界を操れる身になったら、簡単に私に背を向けてしまうのよ。

トライブの目は、まるで強敵を相手にするかのように細くなっていた。

そこまで鋭い目を、トライブはこれまでソフィアにだけは、見せてこなかった。

あなたのシナリオは、誰も嬉しくなんかさせない。

現実に、物語の世界での私がシナリオの犠牲になってるのよ……。



こんな世界が続くの、ソフィアにとっても、すごく空しいことだと、私は思うわよ。


私が死んだら、たぶん、ソフィアはこれ以上、強くなんてなれないのに!

トライブ……。


トライブの言ってることは、決して間違ってなんかない……。

私は、ソフィアがソフィアに戻って欲しいのよ……。


だからここまで、強く言ってるじゃない。

そう思っているのは、私にもはっきりと伝わるわ。

ソフィアは、ここで初めてトライブに小さくうなずいた。


だが、次の瞬間、ソフィアは下を向き、小さな声とともに再び口を開いた。

でも、物語はもう戻れない……。



トライブが、この物語の最後まで生き残れない。

少しずつ、そんな感じがしている……。

私は、どんな強敵を相手にしても、生き残るわよ。


あの灰の神に再び出会ったとしても。

トライブらしいけど……、物語はもう終わろうとしている。


いや、物語自体が完全に暴走を始めたのかもしれないけど……。

ソフィアは、そこでかすかにトライブから目を離した。

首を何度か横に振り、その度に目線を下に落とした。


トライブの目には、シナリオマスターがシナリオマスターに見えなかった。

ソフィア。


私は、強敵と戦って、勝ってこの物語を終わりにしたい。

でも、ソフィアがその展開に協力しなかったら、ソフィアは目の前で最大のライバルを失うのよ。


ここまで私を追い詰めたソフィアに、残された道はほとんどないわ。

トライブ……。

そう言うと、ソフィアはゆっくりと体の向きを変え、それ以上トライブに顔を合わせることはしなかった。

トライブの細い目が、ソフィアを追い続ける。

私は、これからすべきことを……考える。

どちらの道が、私にとって、みんなにとって幸せになれるのかを。

ソフィアはやや早足になって、エクアニア城の中に消えていった。

後には、何も動かない城兵たちと、立ち竦むトライブとリオンだけが残された。

なんか……、怒ることもできなくて……、単にすごく悲しい……。

俺も、トライブ見ててそう思った。


なぁ、涙を拭きなよ。

リオンは、再び流したトライブの涙に、ハンカチを差し出した。


ぐっしょりになったトライブの目の先に、リオンがわずかな希望を感じたのは、それとほぼ同時だった。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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