45 ソフィア、真実を語る。
文字数 2,690文字
突然、城の中から現れたソフィア――この物語のシナリオマスター――に、城兵たち全ての視線が注がれる。
武器を持つ者は、トライブたちに向けていた武器を下に向け、細めていた目も徐々に開けようとしていた。
その中で、ソフィアがトライブの前にまで近づき、そこで止まった。
トライブは、アルフェイオスをソフィアに向けることなく、ソフィアに言葉を投げかける。
それでも、その相手は、親友としてのソフィアではなかった。
ただ、物語の中で自らを殺そうとする存在が相手だった。
ソフィアの後ろから、かすかな風が吹いてきて、その茶色い髪を揺らす。
しばらく沈黙が続いた後、先にトライブの声が沈黙を破った。
トライブは、決して声を荒げることもなく、しかも決してソフィアに向けて表情を緩めることもなかった。
ただ、一人の大人として対応をしようとしていた。
トライブは、ソフィアの返事を待った。
それは、予想していた時間よりもだいぶ短いタイムラグで訪れた。
アルフェイオスを軽く握るトライブの手は、小刻みに震えていた。
これまで、トライブにとってソフィアは、「オメガピース」の中でともに成長してきた仲間であり、親友であり、そして互いが最大のライバルとなる関係だった。
「オメガピース」に入隊したのも同時。
初級兵から中級兵に上がるのも、中級兵から上級兵に上がるのも同時。
しかし、「オメガピース」の中でただ一人しかなれないソードマスターに上がるとき、初めて二人の実力の差が目に見える形となってしまった。
17代ソードマスターになったその日、「おめでとう」と言ったソフィアの表情の奥に、悔しがる気持ちが表れているのを、トライブは今でも忘れていなかった。
それから、ソフィアは何度もトライブに立ち向かっていった。
それでも、その度にソフィアは敗北を重ねていった。
それらを全て、ほんのわずかな時間で思い返したトライブは、いま目の前でそう語るソフィアが、まるで別人のような存在にしか見えなかった。
トライブは、無意識のうちにその足を一歩前に出した。
それに合わせるように、ソフィアの体がわずかながら後ろに傾いた。
トライブは、その目に小さな涙をにじませていた。
そして、その涙を振り切るように、ソフィアに言った。
少なくとも、ソフィアだけは絶対に逃げることのないライバルだと思ってた。
だから何回でも、何十回でも……、私は本気になれたのよ。
そんなソフィアが、物語の世界を操れる身になったら、簡単に私に背を向けてしまうのよ。
トライブの目は、まるで強敵を相手にするかのように細くなっていた。
そこまで鋭い目を、トライブはこれまでソフィアにだけは、見せてこなかった。
あなたのシナリオは、誰も嬉しくなんかさせない。
現実に、物語の世界での私がシナリオの犠牲になってるのよ……。
こんな世界が続くの、ソフィアにとっても、すごく空しいことだと、私は思うわよ。
私が死んだら、たぶん、ソフィアはこれ以上、強くなんてなれないのに!
ソフィアは、ここで初めてトライブに小さくうなずいた。
だが、次の瞬間、ソフィアは下を向き、小さな声とともに再び口を開いた。
ソフィアは、そこでかすかにトライブから目を離した。
首を何度か横に振り、その度に目線を下に落とした。
トライブの目には、シナリオマスターがシナリオマスターに見えなかった。
ソフィア。
私は、強敵と戦って、勝ってこの物語を終わりにしたい。
でも、ソフィアがその展開に協力しなかったら、ソフィアは目の前で最大のライバルを失うのよ。
ここまで私を追い詰めたソフィアに、残された道はほとんどないわ。
そう言うと、ソフィアはゆっくりと体の向きを変え、それ以上トライブに顔を合わせることはしなかった。
トライブの細い目が、ソフィアを追い続ける。
ソフィアはやや早足になって、エクアニア城の中に消えていった。
後には、何も動かない城兵たちと、立ち竦むトライブとリオンだけが残された。
リオンは、再び流したトライブの涙に、ハンカチを差し出した。
ぐっしょりになったトライブの目の先に、リオンがわずかな希望を感じたのは、それとほぼ同時だった。