28 あの時最初の世界で起きた本当のこと
文字数 2,623文字
モノクロのアリスやリオンが、突然パラレルタブレットから響いてきた振動に驚く中、トライブはタブレットをゆっくりと床に置いた。
振動が王室の床を小刻みに揺らしている。
トライブは、もう一度タブレットに表示された警告文に目をやった。
私、ちょっと怖いです……。
どういうことですか……?
よく分からないわ。
けれど、たぶんこのチップを抜き取れば……。
トライブが、チップをタブレットから抜き取った瞬間、振動も警告文も余韻を残して消えていった。
トライブはタブレットから目を離し、リオンとモノクロのアリスの表情を伺いながら、一度うなずいた。
何となく、分かったような気がするわ。
このパラレルタブレット、必ず対になるチップが存在するということ。
そして、もし違うチップを差し込めば、しばらくして音とか鳴り出すということを。
なるほど……。
でも、すぐに音が鳴ったりしなかったな……。
あと、仮に音が鳴らなかったとしても、間違ったチップが刺さっていたら、主人公やシナリオマスターであっても入れないと考えのが普通だよ。
まだ朝だというのに、モノクロのアリスの体が小刻みに震えていた。
アリスに霊感はないと思っていたトライブにとっては、目を疑うような光景だった。
だが次の瞬間、トライブはアリスを見つめながら息を大きく飲み込んだ。
アリス……。いま、アリスを見て、嫌な予感がしてきたわ。
間違ったチップを差し込んだら、物語は始まらないし、ただ音とメッセージが出る。
さっき、私はそう思っていたわ。
でも、もしその二つがクリアできてしまったら……、アリスの言うように、怖くなるわけよ。
間違ったチップが刺さっている状態で、普通に平行世界の物語が始まってしまうことよ。
当然、タブレットが鳴り出すのはその後……。
じゃあ、差し込んだチップの通り、シナリオが進んでいくわけか……。
でも、それだと別のチップを差し込んでも関係なくないか?
リオンは、何度か目を下に向けながら、トライブに尋ねる。一方のトライブも、徐々に足下が竦んでいる気配を感じ、時々下に目線を向けていたのだった。
リオン。チップが関係ないなら、音は鳴らないわよ。
そして、シナリオも当たり前に終わるわ。
でも、私の最初のシナリオは、あそこで終わらなかった。
なんか、その裏には今言ったようなことが絡んでいると思うのよ。
おそらく、元の世界で起きてしまったのは、これだと思うの。
私とアッシュがこの世界にやって来たとき、間違ったチップにシナリオを書き込んで、そのまま差し込まれた。
でも、その後私たちが戻ってこず、タブレットから音が鳴った。
で、ソフィアが正しいチップでシナリオを書き込み、私とアッシュのいる世界で新しいシナリオを作った。
こう考えれば、新しい物語が始まったことも、うまく説明できると思うのよ。
そ……、そんなのありかよ……!
いくらパラレルタブレットに専用のチップがあると言っても、間違ったチップをシナリオマスターに渡すなんて、とんでもないじゃん。
リオンが唖然とした表情のままトライブに言うと、トライブは軽くうなずき、そのままモノクロのアリスを軽く見つめた。
もしかして……、とんでもない人間って私のことですか……?
モノクロのアリスのことじゃないわ。
元の世界にいるアリスのことよ。
元の世界のアリスって、そんなことやっちゃうんだ……。
そう。
元の世界にいるアリスは、本人は真面目にやっていると思っていても、何かを持っているかのようにドジを踏んでしまうのよ。
今回、シナリオマスターのアッシュに最初にお願いしたのもアリスだった。
そうなると、最初からアリスがドジをやっていると考えるのが、アリスには悪いけど自然なのよ。
モノクロのアリスが、突然王室の床の上で悔しがった。それをトライブはじっと見て、それから二人の顔を見ながらこう告げた。
リオン。ドジの自覚はないって、それは違うわよ。
アリスは、ドジをやりたくてやってるわけじゃないわ。
ちゃんと考えて、行動して、その結果がついてこなかっただけなのよ。
それは、みんなに言えるわ。
でも、そのドジで、アッシュの考えたシナリオがソフィアの考えたシナリオに差し替えられ、トライブが死ねば終わるみたいなことになってしまったわけじゃん。
これはもうドジのレベルじゃないし、俺なら許せないと思うよ。
リオン。私だってそう思う。
でも、今の私には、元の世界のアリスを恨んでいる時間なんてないわ。
そんな暇があったら、私の背負っている運命を折るほうが先よ。
その時、トライブは遠目にアッシュの姿を見た。
アッシュが、ゆっくりと近づいてくるようだ。
トライブ。
パラレルタブレットに何があったかは、もう分かったな。
えぇ……。
ひょっとして、タブレットの裏に間違ったチップを差し込んだのは、アッシュ?
あぁ。
元の世界で起こったことが、おそらくこれしかないと思ったからな。
モノクロのアリスが俺と添い寝し始めたのは、全くの幸運だった。
えぇ~っ!
私、そのために添い寝しているなんて思わなかったです~!
モノクロのアリスまで会話の中に入り交じる中、トライブは何かを思い出したようにアッシュに尋ねた。
アッシュ。
そう言えば、間違ったチップはどこで手に入れたの?
あぁ。
俺がオメガピース城に行ったとき、床に落ちていたものを拾った。
中身というか、主人公とシナリオマスターの組み合わせに不安を覚えたからな。
オルティスは、血も涙もない剣士だ。
それに、一度は俺に撃たれているわけだから、俺に対して復讐をしようとしているに違いない。
だから、俺はあのチップを拾わなければいけなかった。
つまり、正しい組み合わせのパラレルタブレットは、オメガピースの中にあるってことよね。
そういうことだ。
向こうの世界での俺が、オルティスの手によって不幸のシナリオに送られるのを見たくないからな。
トライブは、問題のチップを手に持ったまま、小さくうなずいた。
その瞬間、王室の玉座の裏に緑色の光が現れ、その中から転送装置が顔を覗かせた。
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