21 隠し部屋のソフィア

文字数 2,785文字

トライブがようやく王室に戻ってきた時には、外も夕暮れになっていた。


パラレルタブレットでこの世界に送られてから、まだ1日と経っていないにもかかわらず、起きたイベントの数々を思い出すだけでも、トライブには時間がかかりそうだった。



だが、トライブは玉座に座った瞬間に、一人の剣士の名を口にした。

リオン……、オメガピースで何をしているんだろう……。

エクアニア、そしてトライブ自身を守るためのバトルには、概ね成功したと言ってよい。

だが、王子リオンが「オメガピース」の城に行ってしまったことだけは、トライブにとって心残りだった。



あの転送のされ方は、決して必然ではない。

トライブには、そう確信するしかなかった。


普段なら、アッシュの時のように転送装置が向こうからやってきて、「物語として」送りたい人物を転送する。だが、今回のリオンは、ギリギリ足を踏み入れたことでモノクロのアッシュと一緒になり、予定外の転送に成功したのだった。

物語が強い意思で動く。

もしかしたら、私はその現場を見ているのかも知れないわ。

広い王室の中は、トライブ一人きりになってしまうと、余計に広く感じる。


トライブは、玉座からゆっくりと窓に向かった。

そして、アリスが置きっぱなしにしたと思われる双眼鏡で、エクアニアの空に訪れる星の海を眺めた。

これが、故郷の空に映る星。


物語の世界とは言え、オメガピースから見る空よりもずっときれいね。

小さく見える星にも、そこには輝きがある。何かが動いている。


そう考えると、エクアニアもまだ輝いているように、トライブには思えた。

私は、一つの国を守る女王。


負けて死ぬわけにはいかない存在よ。

その時、トライブの耳に、王室のドアがゆっくりと開く音がかすかに響いた。
こーーーっそり♪

アリス。


本当に神出鬼没ね……。

そうは言っても、私は一応召使いという役じゃないですか。

だから、ソードマスターのお役に立てることはなーんでもしようかな、と思います。

ありがとう。


ところで、アリス。その手に何を持っているの?

トライブは、アリスの手に提げている袋に目をやった。

袋の外側には、ただ「エクアニア」としか書かれていない。

木の実としめじのパイ生地包み、カッコ失敗作カッコ閉じ、ですっ!

失敗作……?


もしかして、アリスが自分で作ったの?

そうです。

本当は、自分でこっそり5人前くらい食べようかと思って作ったんですが……、それだとソードマスターに怒られちゃうかなって。

それで私のために残したのね。


おなかも空いているし、失敗作でも食べられる部分は食べるわ。

アリスの手料理なんて、オメガピースでも何回かしか食べたことないし。

ありがとうございます。


あと、他にはパンと採れたて野菜のスティックとか入ってますので、ぜひ召し上がって下さい。

ではっ!

そう言うと、アリスは手提げ袋を玉座の目の前に置いて、王室から立ち去った。


トライブは見送るようにドアを見つめ、すぐに玉座に戻って手提げ袋を開いた。

中に入っていたのは、到底失敗作とは呼べない、見た目も匂いもおいしそうなパイ包みだった。

あれ……?

トライブが、不思議に思ってそのパイ包みを口に運ぶと、しめじの汁がほどよく口の中で溢れだした。とてもアリスとは言えないほど、味も申し分なかった。


その瞬間に、トライブの脳裏に普段のアリスがよくやりそうなことがよぎった。

もしかしてアリス、今頃本物の失敗作を食べることになっているのかしら……。
……あがっ!

エクアニア城の安らぎの空気とは裏腹に、リオンが転送されたオメガピースの城は夜になってさらに怪しさを増していた。



ミステリアスな祭壇のある間に送られたリオンは、モノクロのアッシュからやや遅れて転送装置から降り、すぐに物陰に隠れた。見つかれば、たちまち戦闘になってしまう可能性があるからだ。

だが、そこでモノクロのアッシュは何者かと何十分も会話をし、気が付くと夜になってしまったのだった。

よし、誰もいなくなったな。

リオンは、数ヵ所しかない薄暗いランプの光を頼りに、祭壇の間を壁伝いに歩く。

「オメガピース」が灰の神に乗っ取られた事件について、何かしら手がかりを見つけるために。


祭壇の近くまで行くと、リオンは突然、壁にかかる力が弱くなるのを感じた。

これは、もしかして……、隠し扉か……?

リオンは、その壁を軽く押してみた。

何かが動いたような手応えとともに、壁がゆっくりと回転を始めた。

……っ!

壁は、巨大な回転ドアになっており、リオンの目に明るい光が飛び込んできた。

中には剣を持った兵士が何人もいて、突然入り込んだリオンに気付いたのか、みな一斉に顔を向ける。


さらに都合の悪いことに、その中にはモノクロのソフィアもいた。

いらっしゃい。


私たちの知らない剣士ね。

どこから来たのかしら。

え、エクアニアから来た、リオンだ!


お、俺はただ……、オメガピースのことを調べようかと思って……。

リオンは、慌ててその場から逃げようと、回転ドアに手をかけようとした。

だが、ここがバトルをするような場所ではないのか、ソフィアをはじめ、誰一人として剣を構えていない。

それどころか、男女問わずリオンを物珍しそうな表情で見ている。

なんかすごくイケメンじゃーん!
どうしてこんな剣士を雇わなかったの?
俺、もしかして必要とされてる?

当然。


だって、見た感じ強そうだし、バーニングブレードの名のもとに新しい世の中を作るここには、なくてはならない存在に見えるし。

イケメンは認める。

けれど、俺はこのオメガピースに従うつもりなんて、全くない。


むしろ、俺はトライブを支える立場なんだ。

トライブ?


冗談を言わないで。

トライブは、私たちの敵。絶対に倒さなければならない存在。

モノクロのソフィアが嘲笑するのが、リオンの目に飛び込んできた。

リオンは懸命に首を横に振るが、ソフィアはそんなことおかまいなしという表情だ。

頼むから、それだけはやめてくれ。

さっきも、平和だった城下町に突然モノクロのアッシュが現れて、戦闘になったんだ。

オメガピースの野望を、何一つ分かっていないようね。


城下町なんてどうでもいいじゃない。

私たちがエクアニアを手に入れるのも、時間の問題なのだから。


そして、リオンがそれを止めようとするのなら、私たちはあなたを「異端者の奈落」に送るしかない。

ソフィアがそう言うと、それに重なるように周囲から声が上がった。
こんなイケメンを「異端者の奈落」送りにするの、すごくかわいそうだと思うけど……。
だが、誘いのようなその声を、リオンは首を横に振って振り切り、大股でモノクロのソフィアの前に立った。

むしろ、その「異端者の奈落」に行かせて欲しい。

俺が調べたいものは、むしろそこにあるのかも知れない。

分かった。


なら、あちら側の赤い扉に行くといいわ。

ありがとう。
リオンは、そう言うと剣士たちの間を縫って、部屋の隅にある赤い扉へと急いだ。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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