47 シナリオマスター消失

文字数 3,010文字

ここでーす。

前にアリスが階下にダンジョンを作った場所から、廊下をさらに進むと、見慣れた緑色の光がトライブたちの目に飛び込んできた。

その光は、決して強くなるわけではなく、またトライブたちに迫ってくるわけでもない。アリスが言っていた通り、常にその場所に置かれた転送装置に他ならなかった。

すっげぇな、これ……。

本当にいつでもオメガピースの城と行き来できるってわけじゃん。

リオン、行きましょ。

私たちに時間はないわ。

トライブは、リオンの目を軽く見て、すぐに転送装置に向けて歩き出した。

リオンも慌てて付いて行く。

私はお留守番してますねー。

行ってらっしゃ~い。

アリスの声を背後で聞いたトライブたちは、既に緑色の光に包まれ、その視界から徐々にエクアニア城の景色が消えていくところだった。



そして、気が付くとその光の中から、オレンジと茶色の薄暗い空間がこぼれてきた。

オメガピースに着いたようね。

あぁ。


常に行き来できるってことは、転送装置の前に立ってる兵士から先に攻められることもありそうだな。

そうね。

トライブとリオンは、体の移動が止まるか止まらないかのうちに、剣を手に持ち相手の出方をうかがった。


だが、二人の着いた場所に誰もいなかった。

トライブが先に転送装置から降りるが、その場所にはトライブの足音以外全く聞こえる音がなかったのだ。

なんか不気味……。


さっき、モノクロの私がいた祭壇の間なのに、もう誰もいないのね。

後を追って転送装置から降り立ったリオンが、トライブの横に立つ。

リオンもトライブと同じように周囲を見渡し、それからトライブの表情を伺いながら言う。

俺がこの場所に来たときも、祭壇の間に兵士はいなかったし、誰もいなくなると静かになってた。
じゃあ、ここにはほとんど兵士が現れないということ?

転送装置があるし、前にもここからエクアニア城に飛ばされたから、出撃とかあったらこの場所を使うんじゃないかな。


それに、ほら。壁の向こうは兵士たちのたまり場みたくなってるんだから。

そう言うと、リオンは隠し扉になっている壁にまっすぐ手を伸ばし、場所を指し示した。

その隠し扉に向かって兵士が近づいてくる様子はないが、トライブは反射的にその隠し扉に体を向けた。

ここで騒いでたら、狙われるわね。

だな……。


でも、このまま何も出てこないんじゃ、物語は進まないけどさ。

リオンがその言葉を言い終えるか言い終えないかのうちに、トライブはリオンの肩を軽く叩き、そして耳を澄ませた。

リオン、何かが聞こえる……。
俺も、何か聞こえた気がする。

トライブとリオンは、ヒソヒソと言葉を交わすと、すぐに黙ってその声を聞いた。


どうやら、隠し扉とは反対側の壁からその声が聞こえてくるようだ。

いったいどうなっているのか、と私は聞いている。

この物語は、もうすぐ終わるはずです。

もう少し待って下さい。

もう我慢がならん。


トライブが尖塔から突き落とされて死に、物語が終わったと思ったら終わらない。

だから私は、もう一人のトライブを目の前で死に追いやった。

それでも、我がオメガピースの支配する世界が訪れない。


こっちの怒りは、限界に達している。

オルティスとソフィアね。

あぁ。

しかも、シナリオマスターのほうのソフィアだ。

二人が、壁の向こうにいる人物を察している間も、会話は続く。

オルティスと思われる人物の声が、時間が経つにつれ大きくなっていくのだった。

もう一度聞こう。


お前が作った、この物語が終わる条件を。

トライブが敵に敗れて死ぬ。


それ以外に、何の条件もつけませんでした。

本当にそれだけか?


まだ隠してるとしか思えない。

隠していません。信じて下さい。

オルティスと思われる人物の怒りは、最高潮に達していた。


その足が壁を強く蹴る音が、トライブとリオンにも鮮明に伝わった。


そして、その振動が収まると、代わりにゆったりとした足音が響いてきた。

やめて!
オルティスが、ソフィアの手を取った!
こっちに迫ってくる!

リオンは、すぐに物陰に隠れ、そこから壁の方を見た。

逆にトライブは、アルフェイオスを壁に向けたまま、迫る足音だけを頼りに体の向きを変えていた。

トライブ。

見つかったら、今度こそ俺たち処刑されるぞ。

隠れた方がいい。

リオン。


ソフィアが狙われているのよ。

私が引き下がるわけにいかないじゃない。

でも――……。


分かった、トライブ。

俺は知らないからな。

トライブの耳にはっきりと聞こえるようなリオンの声がしたと同時に、トライブは真上にオルティスの気配を感じた。

壁の向こうにいると思われていたオルティスとソフィアが、壁伝いに階段を上り、祭壇の間のやや高い場所に移っていたのだった。



トライブは、下から見上げて様子を伺う。

トライブの目に、オルティスとソフィアの姿がはっきりと映っているが、少なくともオルティスの目からトライブは気付かれていないようだ。

シナリオを思い通り進められないシナリオマスターは、もはやオメガピースにとって不要だ。


ここまで、物語を作ってきたことは認める。

だが、シナリオが行き詰まったいま、もはやシナリオマスターなど目障りだ。

まさか……、私をここで殺すというわけ?

お察しの通りだ。


シナリオマスターが死ねば、私は無秩序となった世界の中で、灰の神をも超越した、文字通り世界の支配者となれる。

今度は、その筋書きにお前が協力する番だ。

灰の神を……、超えるだって……!?

トライブが息を飲み込み、リオンの声が裏返る。

そんな中、オルティスが刀を抜き、その先をソフィアに向けた。


ソフィアもストリームエッジをまっすぐ構えているが、完全に怯えているような形相だった。

そんなの嫌……。


どうして私が、ここまでされなきゃいけないの……。

それが、シナリオマスターの責任だ。


潔く、死ぬがよい!

オルティスは、足を一気に前に出すと同時に、刀を一気に振り上げ、ソフィアが構えていたストリームエッジをそのまま叩きつけた。


全く跳ね返すことができないソフィアが、次の攻撃に向けてストリームエッジを突きだそうとするが、オルティスは相当のスピードで刀をストリームエッジに叩きつけ、そのままソフィアの手から引き離した。


そして、すぐにソフィアの体目掛けて、オルティスの刀が振り下ろされた。

ぐはっ……!
ソフィア!

ソフィアが首の近くから斬られたのを見て、トライブはついに叫んだ。

ほぼ同時に、力と意識を失ったソフィアの体が祭壇の間へと落ち、トライブは反射的に駆け寄った。

ソフィア、しっかり!

首の付け根すれすれのところから切り裂かれた跡が、トライブの目にはっきりと分かった。


トライブはソフィアに向けて、トライブは呼びかけるように叫ぶ。

二回、三回とソフィアの体を揺さぶり、さらにもう一度体に触れようとしたその時、ソフィアの目がやや小さく開いた。

トライ……ブ……。


来てくれたんだ……。

私がソフィアを守るしかないじゃない。

ソードマスターとして。

トライブは、死の淵を彷徨うようなソフィアの姿を、この時はっきりと目に焼き付けた。


だが、トライブはその背後に血の臭いを感じた。

刀からこぼれる、血の臭い……。

オルティス……。

まさか、お前が生きているとはな……。


今度こそ、死あるのみだ。

オルティスの声に誘われるように、トライブは体の向きを変え、アルフェイオスの剣先を強くオルティスに向ける。


「クィーン・オブ・ソード」の闘争心が、一気に燃え上がった。

いま、まさに勝負の瞬間を迎えようとしていた。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

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