10 モノクロのアリス
文字数 2,900文字
ソフィアが身につけていたと思われるネックレスのプラチナは、トライブが知る限り、エクアニア城の北西にある、通称「白水晶の洞窟」でしか取れない。もしソフィアがその情報を手に入れれば、間違いなくソフィアはこの洞窟にやってくる。
トライブには、そのような勝算があった。
エクアニアの荒野を舞ういくつかのモンスターと遭遇するも、トライブとリオン、二人の「最強剣士」の前にそれらは敵ではなく、全く体力を消耗することなく、「白水晶の洞窟」の入口まで辿り着いた。
そう言って、トライブはまるで洞窟内全ての道を分かっているかのように、「白水晶の洞窟」に足を踏み入れた。
神殿のような外観とは中は裏腹に、中身は薄暗い。シャンデリアのような燭台に、ろうそくの炎が焚かれているのが、神殿のような外観と結びつける、数少ない装飾だった。
物語の世界とは言え、トライブが「オメガピース」に入隊して5年以上踏み入れていないその洞窟は、記憶していたものよりも地面がぬかるんでいた。トライブが足をつけるたびに、ピチャッ、ピチャッと足下で水がはねるような音がする。
幸い、歩きにくい泥とまではいかないが、トライブたちはゆっくりと進む。
そう言って、トライブは人一人ぶん幅しかない狭さの階段を降りていく。
その狭さもさることながら、トライブのように背の高い人間が通ると、思わず階段で天井に頭をぶつけてしまいそうな勢いだった。
仮にこのような場所でモンスターと遭遇すれば、剣を高くかざすこともままならず、相当苦戦する。トライブの足は、心なしか速くなっていた。
ズルッという音がトライブの耳に入ったと同時に、トライブは背後から猛烈な勢いの風を感じた。
ドドドドド……という音を上げて、リオンが尻をつきながら階段を転げ落ちていた。
トライブは、早く階段を降りきろうとしたが、リオンに押されるように階段の外に投げ出され、最後は膝から土の上に投げ出された。
そう言うと、トライブは多少膝の痛みを気にしながらも、洞窟のさらに奥深くまで進んだ。
一つ下の階には、ろうそくの周りに先程のようなシャンデリアはなく、また明かりの数がはっきりと減っている。
だが、それは洞窟の守るべきものが近いという証拠である。長年洞窟に挑んでいるトライブにもそれは分かっているし、きっとソフィアだって分かっているだろう。
トライブは確信した。ソフィアは、きっとそこにいると。
そう言うと、トライブは扉に耳を当て、その向こうで何が行われているか確かめた。
ギコギコ、と低い音がする。
それがプラチナを切る音かどうか、はっきりとした確証は持てないものの、中に誰かがいることだけはトライブにははっきりと分かった。
トライブは、勢いよく扉を開き、中に右足を踏み入れた。
中にモンスターがいる可能性もあったため、咄嗟にアルフェイオスを正面に向け、やや早足で奥へと向かった。
だが、10mほど奥に入ったとき、トライブは飛び込んできた光景に、突然目を押さえつけた。
トライブは、リオンに説明する程度の短い時間だけ、その先に見えた光景を、右の人差し指で差した。とてもこの世のものとは思えない色、とトライブはかすかに言った。
それを見たリオンも、思わず後ろに一歩下がる。
だが、トライブとリオンの声が筒抜けだったのか、二人の目の前に見えたその灰色の肌の人物は、二人と向かい合うように体の向きを変える。
ろうそくを手に取ろうとしたトライブの目にも、その灰色の肌が映る。
その瞬間、トライブは息を飲み込んだ。
トライブは、何度もその目で見てきた表情の少女に、壁から取ってきたろうそくをかざす。
表情も髪型も服装も、どう見てもアリスだった。
ただ一つ、見た目が白と黒だけで表現されていることだけを除けば……。
白黒の姿をしたアリスが、さっき城で召使いとして動いていたアリスと同一人物なのか、トライブには全く分からない。
トライブは、リオンをアリスに近寄らせ、トライブの目に飛び込んできた光景が間違いでないことを確かめる。
そうそう発しない力強い声でアリスがそう説明するも、トライブは未だに首を何度か横に振ろうとしていた。
アリスが「どういう」アリスなのかは分かった。だが、その存在理由がいまいち分からない。
トライブは、モノクロのアリスをじっと見つめた。
数十秒の沈黙が続いた後、アリスは一度うなずき、ゆっくりと口を開いた。