15 シナリオマスターは譲れない
文字数 2,588文字
トライブの足は、再びエクアニア城の尖塔を踏みしめていた。
そこには、「オメガピース」に向かった時と同じく、リオンの姿があった。
あまりにもすぐ帰ってきたから、そう思われても仕方ないかも。
転送は失敗してない。
ちゃんとこの世界のソフィアと戦ってきたわ。
だって、ほんの10分だったじゃん。
ここから空を眺めていたら、消えたはずの転送装置がまた現れてきて、びっくりしちゃったよ。
そう言いながらも、リオンはやや首をかしげて、トライブの目をじっと見る。
ところで、トライブ。
そのソフィアは、この世界にいるソフィアだったのか。
えぇ。モノクロだった。
残念だけど、門のところにいたソフィアじゃなかった。
でも、モノクロのソフィアが奇妙なことを言ってたわ。
奇妙なこと……?
もしよかったら、俺にも聞かせてくれないかな。
トライブから見えるリオンの目が、丸くなっていた。
尖塔の上を駆ける風が、二人の間を優しく吹き抜ける。
本当に奇妙な言葉よ。
世界は、私の手の中にある。そう言ってた。
なーるほどね。
つまり、ソフィアは自分の世界を作りたいってことだったんだ。
何となく気付いていたけど、そういう意図だったわけだ。
本当にそうなのかしら……。
もし、ソフィアがそう思っていたなら、ソフィアを倒したら本当に物語が終わるはずなのに……。
終わるための条件は、また別にあるんじゃない?
それとも、実はなかったり……。
リオンは、軽く笑ってみせた。
明らかに冗談だったという表情を浮かべ、トライブにその表情を向ける。
縁起でもないこと言わないでちょうだい。
パラレルタブレットには、絶対その条件を入れたと思うわ。
冗談、冗談!
入れてないと、物語が始まらないんじゃない?
ほら、上空の城はまだそのままだから、次はオメガピースによる総攻撃、というシナリオがあると思うよ、きっと。
トライブは、リオンの声で目線をやや上に傾けた。
ちょうど、「オメガピース」がトライブを影にしていた。
この物語、まだ続きそうね……。
あの高さじゃ、バスターウイングでも届かないから、転送装置が現れない限り今のところ難しいわ。
だよな……。
それにしても、アッシュは本当にこのシナリオをどう考えているんだろう。
アッシュ……!
もしかして、柱の陰で私たちの話を聞いていたってわけ?
突然、アッシュが尖塔の入口から姿を現し、トライブたちに向かってゆっくりと近づいてきた。
その表情は、トライブの予想外に落ち着いていた。
あぁ。
ちょっと、お前たちに言わなければならないこともあって、ここに来た。
やっぱり、これは俺のシナリオじゃない。
それどころか、俺のシナリオの続きですらない可能性が高い。
もしかして、アッシュ。
俺が出る前には、既にシナリオが書き換えられていたってことか。
おそらくそうだろう。
登場人物として、俺がリオンを置いた記憶がないからな。
トライブの目には、リオンがそこで安心感を浮かべているように見えた。
やはり、と思った。
嫌な予感とともに、トライブは何かを口にしようとした。
だが、一足早くアッシュの口が開いた。
それはそうと、トライブ。
お前の一言で、俺の仮説はほぼ間違いないことになった。
あぁ。
可能性としては、ソフィアの意思が強いためシナリオが動いた可能性もあるが、ほぼ十中八九ソフィアがシナリオマスターを乗っ取ったと見ていい。
シナリオマスターになってしまったのなら、ソフィア本人が登場人物として出てこなくなるのは当然のことだ。
そう考えると、全部うまくつながってしまうわ。
でも、一つだけ疑問が残るのよ。
パラレルタブレットに入れたシナリオを、他の人が差し替えることはできるの?
だって、私とアッシュはパラレルタブレットに入っても、元の世界の時間は動かないじゃない。
出かける前に、アリスがそう言ってたわ。
それこそ、アリスのドジというか、アリスのヘマなんじゃない?
いくらアリスでも、そこを間違えるわけないわよ。
パラレルタブレットのことは、アリスのほうがよく知ってるわけだし。
というか、仮に何かあっても、アリスがタブレットを見張っているわ。
召使いは召使いらしく振る舞うのですー。
ね~~ぇ、お風呂にするぅ?ごはんにするぅ?
そこまで言い終えたアリスの右手を、リオンは右手できつく締め付ける。
アリス。
いま、私たちはそんなふざけた話をしているわけじゃないのよ。
もしこの場所にいるのなら、私とアッシュがどうやったら元の世界に戻れるか考えなさい。
そう言うと、アリスは少し考えながら、逃げるようにその場から立ち去った。
その時、会話を黙って見ていたアッシュが一歩だけトライブに迫った。
アリスは、意外と根本的なところが抜けているのかもしれないな。
たしかに、いろんなところでドジをしていると言われるが、ドジというより根本的なところで何か勘違いしているような気がする。
根本的なところで間違っている……ね。
言われてみれば、そうなのかもしれないけど、うまくは説明できないわね。
そのとき、アッシュは何かを思い出したように顔を軽く引き締めた。
今のアリスの態度で気付いた。
もう一つの可能性があるかもしれない。
ちょっと調べなきゃいけないな。
トライブには確信があった。ソフィアが言っていた通り、本当の黒幕はアッシュなのだと。
そして、わざわざアッシュがもう一つの可能性を示唆するあたり、トライブには嫌な予感しか出てこない。
だが、同時にトライブには、アッシュがそこまで重大な何かを隠しているように見えなかった。
もう少し判断を待とう。
そうトライブは思った。
そのトライブに向けて、アッシュは一言だけこう言い残す。
トライブ。
たとえ、誰かがこのシナリオを動かしたとしても、俺は俺自身の創ったこのシナリオに最後まで責任を持つ。
シナリオマスターは、譲らない。
分かったわ。
何が起こっているか、アッシュは引き続き調べてちょうだい。
トライブの目には、アッシュのいつも通りの落ち着いた後ろ姿が見えた。
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