46 オメガピースの城は常時接続

文字数 2,600文字

城兵が、あっさり謝ってくるとは思わなかったわ……。

そうだな……。

なんか、ソフィアが来てから拍子抜けしたみたいに立ち去っていったような気がするよ。

シナリオマスターのソフィアが立ち去った後、女王と王子に武器を向けていた城兵たちが何事もなかったかのように頭を下げ、再び持ち場に戻っていった。

エクアニア城に、再び穏やかな時が訪れた。


全て、ソフィアが作ったシナリオ通り、城兵たちが動いた結果かも知れないが。



だが、立て続けに涙を流すことになったトライブの表情は、決して晴れることがなかった。

王室に戻り、ドアが閉まった瞬間、トライブはわずかに天井を仰ぎ、深いため息とともに首の角度を元に戻した。

まだ、ソフィアのことが気になるんだ。

当然よ。


あの場では言えなかったけど、ソフィアがいなかったら、たぶん今の私の強さはなかったと思う。

それくらい、大事なライバルだった……。


それが、チップを手に入れただけで、簡単に変わってしまうと思うと……。

考えすぎだよ、トライブ。

いつものように、ポジティブにいこう。

今度は、リオンがハンカチを渡すことなく、ただじっとトライブの表情を見つめているだけだった。


その中で、トライブは小さくうなずいた。

そうね……。



リオン、立ち上がる前に……、これだけは言っていい?

どうした?

パラレルタブレットで、夢の世界を物語のように冒険できる。

今まで、それは楽しいことだと思っていたわ。


でも、人が人を動かすとき、そこには思い入れや、時に憎しみだって入ってしまう。

パラレルタブレットの世界は、本当は怖いところなのかも知れない。

トライブは、何度か首を横に振り、声に力を入れて言う。

リオンがうなずいているのが、トライブにもはっきりと分かった。

物語は、読む人が見れば面白い。


でも、作り手しか知らない世界を経験することになる私たちは、常に恐怖の中で物語の世界に居続けないといけない。


私は、さっきからそう思っている。

そうだね。


確かに、次に何が仕掛けられているのか分からなくて、俺だって恐怖に思うよ。

そうでしょ。


だから、決めたの。

早くこの場所を出たいって。

この物語を、本当の意味で終わりにしたいって。


そう思うと、本当は恐怖になんか負けていられないのよ。

トライブ……。


立ち直ったようだね。

完全じゃないけどね……。


でも、剣で戦えるぐらいには戻っているわ。

その時だった。

突然、王室のドアをうるさく叩きつける音が、二人の耳に響いた。

お届け物で~す!

もう誰だか分かったよ。

アリスだろ?

リオンがゆっくりとドアに向かい、扉を開くと、そこに立っていたのはモノクロのアリスだった。


モノクロのアリスは、手に何も持っていない状態でリオンを見つめていた。

届け物……って、何にも持ってないじゃん。

あ、ごめんなさい。

ホットドッグの差し入れを持ってきたつもりなんですが……、城下からこっちに来るまでに食べちゃいました。

アリスらしいわね……。


でも、ここまで来るということは、それ以外に何か言いたいことがあるんでしょ?

ギクッ!
モノクロのアリスの動きが、トライブの一言で止まり、すぐに取り繕うかのように口を開いた。
えっと……、エクアニア城にとんでもないアトラクションができたんです!

アトラクション?


それは、食べ物に関することじゃなくて?

違いますよ~!


私、2階の廊下で偶然見つけちゃったんです。

そのアトラクションを。

アリス。


悪いけど、今はそんなアトラクションを楽しむ余裕ないわよ。

どうせ、また変な部屋でも作ったんでしょ?

ソードマスターまで……、そんなこと言うんですね。


でも、これを言ったら、絶対ソードマスターはアトラクションに入ると思うんです。

モノクロのアリスは、そう言うと大きく息を吸い込んで、声を溜めた。

そして、トライブとリオンの目が同時にアリスを見つめた瞬間、声を吐き出した。

オメガピースの城への転送装置です!

転送装置?


あの、緑色の光がどこからともなく出てきて吸い込まれるんじゃなくて?

それが違うんですよ。

ず――っと、転送装置が残っているんですよ。


今まで、シナリオマスターの気まぐれみたいな感じで、ソードマスターがここからオメガピースの城に送られたじゃないですか。それが、好きな時に転送装置に乗って行けるってことなんです!

それは、すごいことじゃない!


アリスは行ってきたの?

はい。一瞬だけ、オメガピースの城に行ってました。


でも、居場所がなかったんですぐに帰ってきちゃいましたけど……。

モノクロのアリスは、右手で軽く頭を撫でながら、「オメガピース」の城に入った自慢話を始めようとした。

だが、ほぼ同時にトライブは首をかしげ、すぐに口を開いた。

アリス。


ここに常時接続の転送装置があるとしたら、向こうにそれがあってもおかしくないわよね。

そうですね。


というか、さっきソフィアさんとすれ違ったんで、話を聞いたんです。

これは、エクアニア城に向けて、常に兵士を転送できるように作ったものみたいなんです。

やっぱりね……。
小さくため息をついたトライブは、リオンの横に立って目を合わせた。

リオン。


この城は、いつオメガピース兵に乗っ取られてもおかしくないところまできているわ。

私たちは、ぐずぐずしてる時間なんてない。

だな。
トライブとリオンは、同時にうなずくと、そのまま剣を携えてアリスの正面に立った。

アリス。


私たちは、これからオメガピースの城に行かなきゃいけないわ。

さっき言ってた転送装置がどこにあるか、教えてちょうだい。

はい、分かりましたー。

珍しく一発で動き出したアリスの後ろを、トライブとリオンがやや大股で付いて行く。

だが、案の定アリスは、すぐに歩くスピードを緩め、トライブに声をかける。

あ、そう言えば言わなきゃいけないこと、もう一つありました!

言わなきゃいけないこと?


まだ何かあるの?

この前見せたパラレルタブレット、飽きたんでもう一人のアリスに渡しちゃいました。

だって、シナリオ書くの難しいんですもの。

そうね……。


私だって、シナリオを自分で作るのは苦手よ。

それなら、予測のできない世界を自分自身の手で切り開いてく方が好き。

たしかに、トライブぽい答えだな、それは。

リオンがそう言うと、モノクロのアリスは軽く笑った。



だが、このほんのわずかな会話が、まだエンディングを迎えていないトライブの物語に、致命傷とも言える傷をつけていたことを、少なくともこの時のトライブには気付かなかった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳

女剣士。トライブの最大の親友で、最大のライバル。ソードマスターになるため、実力で上回るトライブに常に対抗心を燃やす。富豪の令嬢で、クラシックをはじめとした音楽が好き。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。ソードマスターの時に謎の失踪を遂げた、とされているようだが……。

アリス・ガーデンス


15歳

「オメガピース」ではトライブのルームメイトで、銃使い兼魔術師。お菓子ばかり食べ、何かとお騒がせなことをやってしまうドジっ娘。

アッシュ・ミッドフィル


23歳/ライフルマスター

冷静な判断力と圧倒的な銃の腕を持つ、絶対の銃使い。自らの誤射で家族と家を失い、モンスターの潜む森で1年間生き抜いた過去を持つ。トライブが送られたパラレルワールドのシナリオを作った張本人。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色